コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】日韓関係「再出発」の時、日本が兄貴分の時代は終わった

2020年11月18日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


|新政権の発足は
|外交関係修復のチャンス

 新政権の発足は新しい政策を展開する大きな機会だ。特に外交では首相交代期は、これまでの外交路線を吟味し、うまくいっていないと思われる政策について修正していく重要な契機になる。典型が中曽根首相の訪韓だった。1983年1月首相に就任した直後、中曽根首相は電撃的訪韓をし、歴史教科書問題や韓国に対する政府借款供与の問題で悪化していた日韓関係を劇的に改善させた。
 日韓関係は1965年の正常化以降最悪だといわれるが、日韓はともに東アジアで民主主義が根付き、米国との安全保障条約で結ばれている。日本にとって、韓国は18年連続で中国・米国に次ぐ第三の貿易相手国であり、また両国間の往来人数は1000万人を超える隣国だ。
最も重要な国の一つであることに疑問の余地はなく、菅政権の発足を日韓関係の再出発とする機会としなければならない。

|文政権と安倍政権の相克
|双方に信頼関係が欠落

 日韓関係がここまで悪化した原因は何なのか。最大の要因の一つは、文在寅政権と安倍晋三前政権の基本的な思想の違いだろう。特に文大統領の支持基盤といわれる「86世代」(80年代の民主化運動に携わった60年代生まれの年代)は、分断された南北朝鮮の統一への思い入れがあり親北朝鮮、反米・反日の傾向が強い。文政権はこのような世代の支持を受け、支持率が低下しても40%台の支持率を恒常的に確保している。
 一方、安倍政権は「戦後体制からの脱却」「美しい国日本」を首相が標榜した保守政権であり、歴史問題などでも日本も主張すべきは主張しようという傾向が強い。若い人々を中心に支持率は堅固で、選挙で勝ち続けた政権だった。いつの間にか、日韓ともにお互い、強い主張をぶつけるべき相手となっていた。

|個別案件が不信感に火を注いだ
|被害者意識が時に強い反発に

日韓首脳のイデオロギー上の相克はあったものの、日韓の信頼関係が決定的に崩れたのは、2015年以降の慰安婦合意とその事実上の破棄、徴用工問題での韓国大法院判決、そして日本による半導体材料の対韓輸出管理の厳格化、それを受けた韓国側のGSOMIA廃棄問題を巡ってだ。
 2015年の慰安婦合意については、日本国内では安倍首相の個人的な心情からすればよく踏み切ったものだという評価がされていたが、これが履行されず、事実上、崩壊することとなったことへの不満は強い。元徴用工への大法院判決についても、韓国政府が、司法権には介入できないと判決を受け入れるかのような姿勢をとっているだけではなく、これまで一貫して日韓基本条約・請求権協定で「解決済み」としてきた立場を翻したものだという批判が強い。日本政府内には、政府間の約束を守らずゴールポストを動かして条約の法的基礎を一方的に崩した韓国政府を相手にする必要はないという感情が充満した。国民世論のベースでも、韓国に「良くない」イメージを持つ国民は2015年以降ほぼ一定で高いレベルに達している。
 一方で韓国の対日感情も、もともと良くはなかったものの、2019年からこの1年間では急速に悪化の一途をたどっている。おそらく同年7月の日本による半導体材料の対韓輸出制限措置が、政府だけでなく国民世論ベースにも大きな影響を与えたということだろう。歴史的な経緯もあり、韓国では「“強い日本”からいじめられている」という意識があり、時にそれが日本に対する強い反発を生む。日本政府は韓国の輸出管理が十分でないことを輸出規制の根拠に挙げているが、徴用工問題を巡る日本の報復措置だという印象を多くの韓国国民に植え付けたといってよい。

|「プロフェッショナルな外交」見られず
|政権や一部勢力の反発を慮る

 外交当局の間でも相互不信は強まっている。韓国側の対応に起因することだと推察するが、日本の外務省ですらも韓国への嫌悪感を隠していない。『外交青書』上の韓国に対する表現も、長年にわたり「価値や戦略的利益を共有する重要な隣国」という趣旨が盛られていたものが、ここ数年は単なる「隣国」あるいは「重要な隣国」という表現に留められている。
 一方で、韓国側も「それなら我々は態度を改めよう」とはなっていない。むしろ現状では韓国側の日本に対する遺恨の念がますます深まってゆくことは想像に難くない。
 プロフェッショナルな外交とは、国内世論が喝采する主張を発することではなく、国益にかなう結果を作り出す作業だ。しかし残念ながら、今の日韓関係はそれぞれ外交当局が国内の反発などを慮り、いわば国内事情を人質にとられている状況で関係改善の動きがとられていない状況だ。
大統領制の韓国で大統領が持つ権威は大きいが、前述したように86世代を支持基盤にする文政権は日本に歴史問題で少しでも譲歩するような姿を示すことに抵抗が強い。近年、政策決定プロセスにおける青瓦台(大統領官邸)の力は外交問題でも圧倒的となっており、外交通商部によるプロフェッショナルな意見具申は通りにくく、国内政治的な力学が強く働くと言ってもよいだろう。
 議院内閣制の日本でも、近年、官邸の力が強まり、霞が関の幹部人事も差配されるようになっている。そういう状況である以上、外務省は官邸と異なる意見を具申することには臆病にならざるを得ないということなのだろうか。それだけではなく、官邸の方針を忖度する結果、関係改善のため知恵を出して動くといった姿勢も感じられない。

|日韓共同世論調査では
|関係改善を求める声が多数

 ところが興味深いのは、2020年の言論NPOと韓国東アジア研究院の共同世論調査では、韓国国民の82%、日本は約48%が「日韓関係は重要だ」としていることだ。「重要でない」とするのは韓国の13%、日本の21%に過ぎず、関係改善に努力すべきという声が多数を占めている。
 このことから思うのは、むしろ青瓦台や首相官邸が関係改善に向けて動くことは国内支持率を下げてしまうという思い込みが強すぎるのでは、ということだ。あるいは世論全体の雰囲気というより、韓国の左派勢力、日本の保守勢力を慮るゆえに、両国政府が動くのに躊躇しているのではないか。

|等身大で相手を見なければならない
|協力の可能性を示す「Nizi Project」

 私が外務省のアジア大洋州局長だった2002年に韓国はGDP(国内総生産)で日本の7分の1だったが、今はその差が3分の1程度まで縮小し、1人当たり国民所得では肩を並べる存在となった。企業も、例えばサムスンやLG、現代自動車といった韓国の大手企業は高い競争力を持つ世界のグローバル企業に育っている。従来のように日本がほぼすべての経済指標で優位に立ち、「兄貴分」として振る舞った時代は終わったのだ。
 経済で言えば、今、求められる日韓関係とは双方がしのぎを削って競争するという図式ではなく、相互を補完し協力してグローバルに進出していくという図式なのだろう。実際に日韓の第三国における共同プロジェクトは近年、飛躍的に増え、日本の精緻な素材生産技術と韓国の優れた商品化能力は協力し合い世界的トップの製品を生み出している。また韓国の大企業はグローバルに展開する際、日本の銀行からも融資を受け日本の信用力を支えにしている。
 エンターテインメントの世界でも日韓協力の可能性を示すプロジェクトが始まっている。韓国の世界的な歌手・ダンサーであるJ.Y. Park氏らが企画した「Nizi Project」は日本各地でおよそ1万人の応募者の中から13人を選抜し、韓国で6カ月間の研修を実施し、最終的に9人のガールズ・グループをデビューさせるというプロジェクトだ。日本の集団として“和”を重視する傾向と、徹底して“個”を磨こうとする韓国のアプローチが相互に作用し、世界に通用するグループを育成できるというわけだ。
 韓国は国内マーケットが必ずしも十分大きいわけではないので、最初から世界に通用する人材を育てようとするし、日本はそれなりに大きな国内マーケットなので、むしろ和を乱さない人材を育成しようとする。そうした日韓のマーケットや文化性の違いから、これまでのアーティストとは違う二国の良さを取り入れた新グループ“NiziU(ニジュー)”として、12月にメジャーデビューするという。今後このグループが日韓双方で、また世界でどう評価されるのかは楽しみだ。

|日韓関係を再出発させる時期が来た
|コロナでの協力や東京五輪開催を契機に

 日韓が信頼関係をとり戻すには、まずは相手を等身大で見て、日韓双方が相手の粗探しをするのではなく、優れた点を評価する姿勢を持つことだ。新型コロナウイルス感染拡大でも韓国は早期の感染防止に成功したといわれ、日本も欧米などに比べれば感染者・死者ともに圧倒的に少ない。両国ともコロナ感染防止をしつつ経済回復を図るという難しい局面に来ているが、もし日韓がこの難しいプロセスを加速化するための協力ができれば、おそらく国際社会からは、その日韓関係を新たな「東アジアの奇跡」と評されることになるのだろう。
 コロナだけでなく、2021年夏に開催される東京オリンピック・パラリンピックもそうした日韓の信頼関係回復の機会になり得る。考えてみれば、1988年ソウル五輪、2018年平昌(ピョンチャン)冬季五輪はいずれも世界史に残る五輪になった。ソウル五輪は韓国を国際社会の中の揺るぎない存在とするきっかけとなったし、平昌冬季五輪は南北首脳会談、米朝首脳会談に道を開いた。ソウル五輪の時に私は外務省の担当課長として日韓のテロ対策チームを立ち上げ、金大中拉致事件以降関係を断っていた日韓の治安当局の協力が実現したことが思い出される。来年の東京五輪が、日韓両国政府の協力関係再出発の契機となることを心から期待したい。
 年内中の開催がいわれている韓国での日中韓サミットに菅首相は参加するべきだし、首脳レベルでの日韓関係の重要性・将来に向けての揺るぎない協力関係の再確認ができれば、個々の懸案解決は決して難しいことではない。双方の外交当局もお互いを満足させるような解決策を導き出す知恵を持っているはずだ。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/254601
国際戦略研究所
国際戦略研究所トップ