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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】「中国の夢」実現の折り返し点…中国は変わるのか、変えられるのか

2020年10月21日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 共産党一党独裁体制で大きく台頭してきた中国は日本にとって脅威に映る。中国がこの地域で覇権を求めるようなことにはあらがわざるを得ない。中国は軍事力も飛躍的に拡大し、日本一国で抗することはできず、米国との同盟関係が今後とも不可欠となる。しかし日本の経済の今後を展望すれば、中国は貿易・投資・観光などで最大のパートナーであることは変わらないだろう。中国との相互依存関係の維持は不可欠だ。
 他方で中国自身も今、大きな岐路にある。中国がコロナ後の国際関係の中でどこへ向かうかは、国際社会にとっても日本にとっても最大の問題であり、今、何をするかが、30年後の世界を決めるということを認識するべきだ。

|「超大国」としての復活が
|中国ナショナリズムの原点

 習近平総書記は「中国の夢」を掲げ、中華人民共和国建国100周年に当たる2049年には「社会主義現代化強国」として豊かな国になる路線(恐らく超大国米国と肩を並べることを意味しているのだろう)を鮮明にしている。それは中国のナショナリズムを充足させる夢でもある。中国にとって歴史の屈辱(アヘン戦争で英国に敗れ日清戦争で日本に敗れて、香港や台湾などを失い、大国の座から滑り落ちていったこと)を晴らすことは、ナショナリズムの原点だ。
 「中国の夢」を実現させるために必要なのは、第一に国力を充実させることであり、第二に中国が中心に位置する世界を作ることだ。

|2049年の建国百周年に向け
|「中国の夢」は実現されてきた

 現代中国の礎を築いた故鄧小平氏は経済成長を促進することが先決と考え、改革開放路線の下、資本主義を導入し、国際社会との無用な摩擦を避けるため「大きくなるまで角を矯(た)める」という姿勢(韜光養晦)をとった。中国は2010年にGDPで日本を追い越し世界第二の経済大国に躍り出た。
 コロナ後を想定した推計では、中国のGDPは2021年には米国の75%に達し、2030年までに米国を追い越し世界最大の経済大国となるのではないかといわれる。すでに2016年の時点で、フォーチュングローバル500のトップ10企業に米国企業が4社入っているのに対し、中国企業は3社が入り企業の規模レベルでも米企業に肉薄する。軍事能力でも2035年ぐらいまでには米国と並ぶ能力を持つと予想する向きがある。

|中国中心の国際秩序の構築
|中間地点で大きな岐路に

 そして第二の条件である中国が中心に位置する国際秩序の構築も進んできた。中国は第二の経済大国となったことで、自信は深まり、低姿勢でいる必要はなくなった。そこから積極的に対外関係に打って出た。「一帯一路」構想の推進や「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」の創設、環境やエネルギー面での国際協力への積極的参画などで、国際的影響力は飛躍的に高まった。
 同時に中国周辺での海洋活動は活発化し、時に攻撃的となった。東シナ海では尖閣諸島周辺での公船の活動を活発化させ、また南シナ海での埋め立て・軍事拠点化の動きは近隣諸国との大きな摩擦要因となった。
さらに香港問題では中国は自らで秩序を作る姿勢を鮮明にした。本来であれば2047年まで「一国二制度」の基本が維持されるはずだった。しかし香港の民主化を求めるデモが一向に収まらない事態に、限度を超えたと判断したようだ。全人代常務委員会が香港の国家安全維持法を立法化し、2020年6月30日より香港に押し付けた。法の適用が恣意的に行われることが危惧され、香港市民の自由が大きく制約される結果となるのだろう。

|「夢」実現を阻む深刻な悪循環
|成長減速が共産党統治への不満強める

 共産党一党独裁のまま「夢」をかなえようとする中国は国内、国外双方で深刻な悪循環に逢着している。共産党政権は強権的な統治をする一方で、高成長を実現しそのパイを国民に享受させることで政治的な不満を抑えてきた。だが経済大国化するほど強権政治との齟齬が生まれ、それを強権的に抑えようとするほど経済や社会が不安定化することになりかねない。
 豊かになるにつれ、成長速度が落ちていくのは必然だが、失業問題が深刻化すれば若年層を中心に不満が蓄積され政府批判につながり得る。習近平政権は国民の批判を強権で抑え込み、強固な監視社会を構築している。また反腐敗闘争によって共産党内の権力闘争の芽も摘んでいるようにみえる。
 また2018年に国家主席の任期を撤廃して以降、習近平総書記に対する権力の集中が図られるとともに、2016年の共産党中央委員会第6回総会(6中全会)で「党の核心」と位置付けられた権威をさらに高める動きも最近、急である。経済の分野においても共産党による企業運営への介入が強化されるのだろう。だが他方で共産党への権威・権力の集中に対する国民の不満が一層蓄積され、また企業活動が制約を受けることで成長速度が一層鈍るという悪循環が始まるのではないだろうか。

|国際社会への影響力拡大とともに
|「戦狼外交」への懸念と反発

 国際社会における悪循環も深刻となっている。中国外交は四面楚歌にあるといわれる。コロナを巡る初動の誤りがもたらした国際社会の反発や「債務の罠」といわれる中国の途上国支援政策への懸念だけでなく、中印国境紛争や南シナ海でASEANとの紛争が起き、香港・台湾問題などを巡って欧州も対中政策の戦略的見直しを始めている。
 中国が習近平政権下で対外的に攻勢をかけた結果、確かに中国の資金や中国市場に対する諸国の依存度が高まり、中国の国際的影響力は拡大された。だがそれが故に中国に対する懸念も強くなった。中国の好戦的な「戦狼外交」は国際社会での中国の立場を大きく損ね始めている。
 香港における強権的行動は国際金融センターとしての香港の地位を揺るがす。台湾についてもこれまで中国が示してきた「一国二制度」の台湾への適用は考えられないとして、蔡英文政権は、独立の方向性を強めるだろう。こうした不安定化は中国の「戦狼外交」に起因するところが大きい。
 米国のピュー・リサーチ・センターの最近の世論調査によれば、先進国ではおしなべて中国に対し消極的評価が急伸しており中国への見方は厳しい(米、英、独、加においておよそ75%前後が中国に好感を持たないとする。日本ではその数字は86%に上り、先進国中最も中国への評価が低い)。

|米中対立はエスカレート
|軍事的衝突の可能性否定できず

 そして「中国の夢」実現にとって、決定的な要因となるのは米中対立の今後だ。中国の輸出攻勢に対抗すべくトランプ大統領が中国からの輸入に25%の関税を付加したことに始まった米中貿易摩擦は、貿易摩擦の域を超えハイテク摩擦へと拡大した。米国によるファーウェイ関連の排除措置や知的所有権の盗窃を理由にした中国の在ヒューストン総領事館の閉鎖、人的交流の制限に加え、ポンペオ国務長官は、7月23日には共産党体制自体を批判の俎上に載せて厳しい中国批判演説を行った。
 大統領選挙キャンペーンとしての対中強硬論の色彩が強いとはいえ、根底には構造的対立がある。米国は一党独裁体制にある中国が米国に代わる覇権国となることを許さないだろうし、中国が路線修正をしない限り、対立は厳しさを増し、究極的には軍事的対立に至る可能性も否定できない。中国は現段階で米国と正面から対峙して米国を凌駕できるとは考えておらず、全面的な対立は避けようとするのだろう。そこに中国が態度を変える余地が出てくるのかどうかだ。

|米国の政権交代は変化もたらすか
|G7協調で国際的包囲網作りに

 米国大統領選挙では、このまま進めばバイデン民主党政権が誕生するのだろう。トランプ大統領は選挙結果を受け入れないだろうといわれており、相当期間、混乱が続くことになるかもしれないが、選挙結果が覆されることはないだろう。
 バイデン政権のもとで対中関係は大きく変化するのだろうか。バイデン大統領はまず多国間協力への復帰を明確にするだろう。パリ協定やイラン核合意、ひいてはWHOへの復帰だけでなく、対中政策についても一方的な関税や制裁措置の導入よりも多国間協調体制に立ち戻ろうとすると考えられる。しかし米中対立の構造的側面が消えてなくなるわけではない。むしろもともと民主党は香港や新疆ウイグル、チベットでの人権問題には厳しい姿勢を持ち、貿易不均衡問題でも、中国からの輸入超過は失業を生むとしてバランス是正のため管理貿易的な手法を導入しがちだ。
 中国が国力で米国を凌駕するという事態は、民主・共和党を問わず米国のDNAからすれば受け入れられるとも思われない。問題は方法論である。トランプ政権の姿勢は「アメリカ・ファースト」をかざし独自に行動した。バイデン政権はG7の協調体制を作ろうとするだろう。香港問題の改善や台湾への中国の圧力の軽減、そしてハイテクについての国家資本主義的行動や知的所有権の盗窃について国際的な包囲網を作ろうとすると考えられる。
 主要先進国の間で中国に対する好感度が著しく低下し、中国に対して戦略的に対応する重要性が認識されている中で、必要な範囲内で中国をエンゲージしつつ、同時並行的に戦略的課題についてしっかりとした国際的包囲網を作ることが恐らく中国を変える唯一の解なのだろう。

|中国を変えるには
|関与政策と圧力のメリハリ必要

 ポンペオ国務長官は7月23日の演説で、オバマ政権時代の対中エンゲージメント政策はみじめに失敗し、中国を変えることができなかったと述べた。確かに、今後も中国を国際社会として受け入れながら変化を促すというエンゲージメント政策だけで中国を変えることができるとは思われない。肝心の米国自身が近年、国際協調体制から一方的に撤退し、国際的リーダーシップを自ら放棄しているようにもみられている。
 国際社会で気候変動や新型コロナ対策に旗を振る中国の方が米国との対比ではより建設的だとみられている節もある。中国自身も米国のリーダーシップからの撤退を機に、自らの影響力を強める機会と考えているような行動に出ており、現実に途上国を中心に中国寄りの国も増えている。
 さらにファーウェイの排除をはじめ中国の経済圏を分離しようとする米国の「デカップリング」政策に対応するため、外需によらず内需主導の成長、特にハイテクについても必要な部品を海外に頼らず自国で生産するという方針を打ち出している。こうした状況では、主要先進諸国は結束して中国の戦略的脅威についての認識を共有し、そのうえで中国に対してエンゲージメントと圧力というメリハリのある政策をとっていかねばならない。
 環境やエネルギー、貿易投資などについてのルール順守を中国に求めて中国により大きな責任を負わせることは重要だ。同時に香港や南シナ海問題、さらに知的所有権盗窃やハイテク分野における国家資本主義的なやり方を改善させていくためには先進諸国で一致した国際的圧力がどうしても必要だ。そうしたメリハリのある政策をとることによって、中国は変わらざるを得なくなるのではないか。
 グローバリゼーションの恩恵を享受できるのは、国際的な相互依存体制があるからで、そのことは中国も十分にわかっているはずだ。実際に、2060年までにCO2排出を実質ゼロにするという習近平主席の国連演説での約束をはじめ、新型コロナのワクチン配布についてのWHOへの協力姿勢や途上国の債務救済への前向きな態度は中国の変化だと論じる人もいる。

|最悪は「第二の冷戦」
|どの国の利益にもならない

 もちろん中国には国内の強いナショナリズムがあり、国際社会の圧力に屈することをよしとせず、先進民主主義国との相互依存関係から離れて新興国や途上国との連携を目指すことも、今後の中国の選択肢としてはあるのだろう。しかし、それこそは米国ブロックと中国ブロックが対峙する「第二の冷戦」だ。
 しかもこの冷戦はイデオロギーというより利益相反に根付くものであるとともに、台湾などの「ホット・スポット」での軍事的衝突があり得るという意味で米ソ冷戦とは異なる性格を持つ。この選択肢は世界を縮小均衡に導くという意味で、どの国の利益にもならない。
 米中対立の影響を最も大きく受ける日本は、同時に米国と中国双方に強力な働きかけができる立場にある国だ。日本の外交が今後、30年の国際社会を決めるといっても過言ではない。外交当局者にはその認識を十分に持ってもらいたい。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/251780
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