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国際戦略研究所 研究員レポート

【中国情勢月報】中国・EU首脳会議から考える中国・欧州関係

2020年10月06日 副理事長 高橋邦夫


9月14日、習近平・国家主席がテレビ会議方式での欧州連合(EU)首脳との会談に臨んだ。EU側から出席したのは、今年後半のEU議長国であるドイツのメルケル首相、ミシェル欧州理事会議長、フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長の3名であった。また、この首脳会議は、当初は議長国ドイツのライプツィヒで9月14日に開催される予定であったが、新型コロナウイルス感染拡大を受けて、今年6月初めには延期が決まったものの、その後の調整の結果、テレビ会議方式で開催された経緯がある。
事前の報道では、中国から見た場合の今回の首脳会談の目的は、最近香港問題やファーウェイ問題などで中国に対する態度を硬化させているEUとの関係を良好に保ち、また交渉の最終段階にあると言われる中国・EU投資協定交渉を促進させ、年内の妥結を目指すことにあったと言われていた。
首脳会議では、投資協定交渉の年内妥結を目指すことで合意したものの、EU側が重大な懸念を示した香港問題などについて中国は内政問題であり他国の干渉は許さないと強く反発し、人権問題に対する批判に対してもEUにも人権問題はあろう等と批判を一蹴した。
本小論では、今回の首脳会議から見た中国・EU関係を中心に、中国と欧州との関係を概観してみたい。

1.中国・欧州関係の全体像

現在の中国にとって、様々な問題を抱える米国との関係をカウンター・バランスする上での重要な要素の1つが、欧州と良好な関係が築けるか否かであろう。現在の中国と欧州諸国との関係を大別すると、以下の3つに分けられよう。第1は、中国・EU関係。第2は、当初「1+16」と称され、その後ギリシャの加盟により「1+17」と称されている中国と中東欧諸国との関係、そしてこれら2つのグループから外れている中国・英国関係、あるいは中国・ノルウェー関係などの2国間の関係、の3つである。

2.中国・EU関係

中国と欧州との関係の中で最も重要なのは、EUとの関係であるということは、異論ないであろう。BREXITにより英国が抜けたものの、フランス・ドイツを中心にEUは国際政治において重要な役割を引き続き果たし、また経済面でもEUは(英国脱退前の2018年の統計ではあるが)世界の約2割のGDPを生み出してきている。こうしたEUと、中国は従来から中国・EU首脳会議を毎年開催し経済面を中心に緊密な関係を築いてきているが、今年になり、これまで李克強首相が対応してきた首脳会議に加えて、新たな動きが明らかになった。即ち、当初3月30日・31日の両日中国において開催することが決まっていた第22回中国・ EU首脳会議に加えて、9月14日には習近平国家主席が訪独して今年後半のEU議長国であるドイツのライプツィヒにおいてEU首脳との会議を行うとされた。結果的には、3月に予定されていた首脳会議は新型コロナウイルス感染拡大の影響で開催されなかったが、当初筆者は、この2つの首脳会議が共に開催された場合、それぞれの目的をどう分けるのだろうかなどと思案したものである。
ちなみに、これも結果的には開催されなかったが、当初は4月に北京において中東欧諸国との「1+17」首脳会議も開催が予定されていた。香港紙報道によれば、この首脳会議についてもこれまでは李克強首相が担当していたが、今年については、中東欧諸国首脳への会議招待状が習近平主席名で出されたことから、様々な憶測を呼んだ経緯がある。
いずれにせよ、習近平主席自らが乗り出してきたことは、対米摩擦の高まりを踏まえて、中国がEUを含む欧州各国との関係を今まで以上に重視し始めたことの反映であると言えよう。

3.中国・EU首脳会議

(1)なぜ、この時期の開催となったか
習近平国家主席自身が参加するとされた9月14日の中国・EU首脳会議も、開催に至るまでには紆余曲折があった。6月初めの段階で主催国ドイツのメルケル首相は新型コロナウイルス感染拡大を受けて、いったん開催の延期を発表した。その後、どのような経緯があったかは不明であるが、開催方法をテレビ会議方式に変えて、当初の予定通り9月14日に開催することとなった。
筆者は、以下に述べる2つの理由ないしは思惑で、中国はこの時期にEUとの首脳会議を開催したいとの強い希望があったものと推測している。

【考えられる中国側の思惑】
① 特に今年になって、香港問題、新疆ウイグル自治区での少数民族抑圧問題、更にはファーウェイ問題などで今まで以上に中国に対する態度を硬化させているEUとの関係を改善していきたいとの事情、また6年にわたる交渉が最終段階にあると言われる中国・EU投資条約を年内には妥結したいとの思惑。
② 今年後半のEU議長国がドイツであり、かつそのドイツの首相でこれまで中国との関係が緊密であったメルケル首相が来年にも辞任する可能性があるため、メルケル首相の下のドイツがEU議長国であるこの時期に、出来るだけ中国に有利な形で、EUとの関係を進め、また投資協定交渉を取りまとめたいとの思惑。

(2)周到な事前の準備
この首脳会談に向けた事前の準備も特別なものであった。通常、習近平主席が外国訪問をする際には、重要な訪問であればあるほど、王毅・国務委員兼外交部長が相手国を事前に訪問して「下準備」や「根回し」を行っている。今回はテレビ会議方式での首脳会議であったものの、王毅国務委員が8月25日から9月1日までEU加盟国であるイタリア・オランダ・フランス・ドイツ(及びそれらに加えてノルウェー)を訪問した。
今回の首脳会談の準備で異例であったのは、 王毅国務委員と入れ替わるように、今度は楊潔篪・中央政治局委員(党中央外事工作委員会弁公室主任)が9月3日にスペインを、4日にギリシャを訪問したことである。中国外交の責任者ナンバー1(楊潔篪政治局委員)とナンバー2(王毅国務委員)が立て続けに同一地域を訪問したことは例がなく、中国が習近平主席の参加する中国・EU首脳会議を如何に重視しているかをいみじくも示す結果となった。(注1)

(3)首脳会議の結果
こうした用意周到な準備を経て、9月14日にテレビ会議方式で、中国・EU首脳会議が開催され、冒頭紹介した通り、中国からは習近平・国家主席が、EU側からは議長国ドイツのメルケル首相、ミシェル欧州理事会議長、フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長が参加した。
中国側の発表によれば、双方は今後協力の重点分野を確定し、一連の政治日程を成功裏に進め、相互信頼を深化させ、ウィンウィンを実現し、多国間主義を守って、中国・EU関係を更に高いレベルに押し上げることで合意した。具体的には、双方は、「中国・EU地理的表示協定」(注:「地理的表示」とは、商品の品質などが、地理的原産地に由来する場合、その原産地を表示すること。知的財産権の1つとして条約などで保護されるもの)を署名することを宣言し、「中国・EU投資協定」交渉を加速化させて年内の妥結を目指すことになった。更に、双方は、「環境・気候問題に関するハイレベル対話」と「デジタル分野のハイレベル対話」という新たな枠組みを設置し、「中国・EUグリーン協力パートナーシップ」と「デジタル協力パートナーシップ」を打ち立てることとなった。
習近平主席は、中国とEUは全面的戦略的パートナーシップ関係を健全かつ安定的に発展させるために、「平和共存を堅持」、「開放的協力を堅持」、「多国間主義を堅持」、「対話・協議を堅持」の「4つの堅持」を行う必要があると述べた。
因みに、「開放的協力の堅持」を説明する際に、習近平主席は、来年から始まる「第14次5カ年計画」の議論の中で最近しばしば論じられている「双循環」(注:「国内の大循環を主体として、国内・国際の2つの循環(双循環)が相互に促進する新たな発展の構造」のこと。トランプ政権の「デカップリグ」の方針に対抗するために、中国側が考え出したものと言われている)の形成を徐々に進めていくと紹介したことは、注目される。
こうした協力増進の側面があった一方、本邦メディアや香港紙の報道によれば、EU側は最近の香港問題、新疆ウイグル自治区での少数派に対する人権抑圧の問題などに対して、重大な懸念を表明したとのことである。これに対し、中国側の発表によれば、習近平国家主席は、「香港問題・新疆ウイグル問題は中国の内政であり、他の国々が干渉することに反対する」と述べるとともに、人権問題に関しては、人権保障には「“Best”というものはなく、“Better”があるだけである」、「各国はまず自らの問題を解決すべきであり、EU側にも人権問題があるということを理解するべきである」、「中国は人権について“教師面”をされることを受け入れないし、“ダブルスタンダード”にも反対である」と強い表現で反論している。
中国は、当然のことながら、今回の首脳会議の成果、なかんずく年内に投資協定交渉を妥結することになったことを評価しているが、EU側は「なお、するべきことが多々ある」と発表しており、今後の双方の交渉の行方を引き続き見ていく必要があろう。

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