国際戦略研究所 田中均「考」
【ダイヤモンド・オンライン】菅外交が早々に迫られるいくつかの「重要な選択」
2020年09月16日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長
菅新政権が16⽇、発⾜するが、向き合っていかなければならない外交課題も数多い。コロナ危機により国際構造の変化は加速され、また、11⽉の⽶国⼤統領選挙ではトランプ⼤統領の再選可能性が低くなってきている。単純に「安倍外交を継承する」では済まされない重要な選択を、早々に迫られることになる。⽇本の国益を守るには⼤局観に基づく判断と精緻な戦略が必要だ。
|対⽶アプローチは⾒直し必要|
|「是々非々」でものを⾔う関係に|
安倍外交に対する⾼い評価の⼀つはトランプ政権と盤⽯の関係を築いたことだ。もちろん、そのためにトランプ⼤統領を喜ばせる⾏動に出たことも事実だろう。ステルス戦闘機F-35の⼤量購⼊や、断念することにはなったが新型迎撃ミサイルシステム・イージス・アショアの配備などの膨⼤な武器の購⼊、⽶国がTPPから撤退した後、迅速に⽇⽶で貿易合意を締結したことなどについて、⽶国は安倍⾸相の努⼒と配慮を⾼く評価した。
しかしトランプ政権の対外政策の多くが⽇本の利益に合致していたわけではない。TPPだけではなく、気候変動に関するパリ合意やイラン核合意など多国間協⼒からの撤退や「アメリカ・ファースト」 を掲げる⼀⽅的⾏動は決して⽇本を利するものではない。現在の情勢から⾒れば11⽉の⼤統領選挙でトランプ⼤統領が再選される可能性は低い。コロナ対応に対する国⺠の⼀般的評価は低く、経済の急速な回復も望めない。⼈種差別反対より治安維持に重点を置いたような⾔動も批判を受けている。2016年選挙でトランプ⽒が勝利した要因の⼀つは、既成の政治とは縁のない未知の⼈物に対する期待票だったが、今回の選挙では知り尽くされた⼈物に対する批判票に直⾯することになる。
⽶国内では、コロナ禍での郵便投票の拡⼤で開票が混乱する恐れのほか、トランプ⼤統領は郵便投票には不正が伴うとして選挙結果を容易には認めないのではないかとの懸念も強い。⽶国が⼤統領選挙結果を巡り混乱に陥ることは不可避かもしれない。
|⽶国中⼼の求⼼⼒は低下|
|⽶国の政策を修正する努⼒を|
トランプ⼤統領が再選されれば、これまでの⽇⽶蜜⽉的な雰囲気は継続されるだろうが、⽶国はさらに国際協調主義から遠のいていくだろうし、それは⽇本にとっても好ましいことではない。バイデン⼤統領が選出されれば、伝統的に⺠主党政権は共和党政権ほど同盟国を重視することはないが、トランプ⽒とは異なり、国際協⼒の道に⽴ち返るということになるのだろうか。トランプ⽒であれバイデン⽒であれ、コロナ後の世界は⽶国を中⼼とした⻄側世界の求⼼⼒が低下していく難しい世界となる。
⽇本の⽶国への向き合い⽅も、対⽶配慮⼀辺倒というわけにはいかず、コロナ後の新たな情勢の展開に合わせて⾒直していく必要がある。その基本は、⽇⽶同盟の中で安全保障⾯を含め⽇本の役割を増やしつつ、是々非々で⽶国にものを⾔い、⽶国の政策を修正する努⼒をするといったアプローチになるのではないか。中でも対中関係が最も重要だ。
|⽶中対⽴には精緻な戦略で|
|守るべき「3つの基本的国益」|
中国が新型コロナウイルスの最初の発⽣地でありながら感染防⽌にほぼ成功したと伝えられ、ほとんどの国で2020年は10%を超えるようなGDP(国内総⽣産)の落ち込みがある中で、唯⼀プラス成⻑を実現する可能性が⾼い。急速に縮まってきた⽶中の国⼒の差は⼀層、縮まることになり、⽶中間の対⽴はさらに激化する。⽶国の強硬な態度はトランプ再選戦略のための外交だと⾒る⼈も多いが、⽶中の対⽴は異なる体制間の覇権争いともいうべき構造的問題であり、対⽴は⻑く続く。このまま推移すると、おそらく習近平国家主席が「中国の夢」として世界で突出する強国の実現を目標とする2049年(中華⼈⺠共和国創設100周年)に向けて、厳しい⽶中対峙は続くことになる。バイデン⺠主党政権になればトランプ政権がとってきたハイテク分野での中国排除や中国との各種交流に対する制限をいったんは⾒直しするのだろうが、⾹港やウイグルでの⼈権問題に対する意識は⾼く、総じて対中姿勢が⼤きく変わることにはならないだろう。
⽇本にとっての守るべき基本的国益は次の三つだろう。
(1)⾃由⺠主主義体制を守るために、⽶国との同盟関係を通じ中国の覇権的⾏動を抑⽌する。
(2)貿易・投資・⼈の交流など中国との深い経済相互依存関係、並びに中国と密接な経済依存関係があるアジア諸国との経済相互依存体制は⽇本の繁栄のために失うことができない。
(3)この地域での⽶中軍事的衝突は⽇本に波及することは必⾄であり避けなければならない。軍事衝突の蓋然性が最も⾼いのは台湾を巡る問題だろう。
これら三つの基本的な国益が相互に⽭盾しないよう緻密な戦略がなければならない。
まず必要なことは⽇本が⽶、中両国との間断なき戦略対話を⾏うことだ。中国は⽶国との厳しい対⽴の継続を予想し⽇本との関係改善を望んでおり、例えば、⾹港問題では⽇本が静かに問題提起をし、中国の⾏動を変えさせていく余地はある。第⼆に⽶中に共通の戦略的利益を⾒出すことだ。⽶ソ冷戦時代に⻄側諸国と中国との関係が⽐較的、良好だったのはなぜか。中国はソ連と国境紛争などを巡り関係が悪化しており、対ソ包囲網を作るうえで中国の存在は⻄側を利した。
だが現在では⽶中間には⾹港、台湾、南シナ海を含め共通の戦略的利益が存在しないことが
対⽴激化の⼀つの理由だ。その中で「北朝鮮非核化」は⽶中だけでなく⽇・韓・ロの共通利益であり、北朝鮮非核化問題を前進させることが⽶中対⽴を緩和させることにもなる。
|戦略的なパートナーシップづくりで|
|「中国を変える」ことをめざす|
第三に、パートナーシップづくりだ。
⽇本はASEAN諸国、豪、印、EU諸国などとの戦略的パートナーシップを強化すべきとともに、東アジアサミットやASEANプラス3などの中国を巻き込んだ地域協⼒を活性化するべきだろう。もっともトランプ再選となれば⽶国は東アジアでの地域協⼒にも消極的な姿勢をとると思われる。
このように⽇本の戦略はやはり「中国を変える」ことを主目的にすることだ。中国の成⻑率は、経済の成熟化や⾼齢化で今後、低下していかざるを得ず、国際社会との相互依存関係が希薄となっていけば、ますます低下していくことは⾃明だ。そこに中国を変えていく鍵があるような気がする。そのことを考えても、関係国との間断なき協議とパートナーシップづくりを続けることが重要だ。
|拉致問題は包括的アプローチで|
|北朝鮮非核化と「⼀括解決」|
安倍⾸相が辞任会⾒で、解決できず「痛恨の極み」と述べた北朝鮮拉致問題や、「断腸の思い」と語ったロシアとの平和条約については改めて考え⽅を整理する必要がある。拉致問題については、安倍⾸相が初期の段階から強い想いを持ち続けた政治家の⼀⼈だし、政権のプライオリティとして取り組んできたのは間違いがない。しかし北朝鮮は諸外国との懸案を⾃国の⽣存と関連付けて考えており、⽇本が拉致問題を核やミサイルという他の重要問題と切り離して解決しようとしても難しい。⼀⽅で北朝鮮が望む経済協⼒や国交正常化も核やミサイル問題の解決なくしては実現できない。従って拉致問題に必要なのは「包括的アプローチ」であり、北朝鮮の非核化の過程の中で⼀括解決するというアプローチをとらざるを得ない。北朝鮮と恒常的な対話を⾏い包括的解決の糸⼝を⾒つけていかねばならないし、核問題解決のため⽇本は⾏動すべきだ。
また北朝鮮との問題を解決していくうえでも、韓国との関係は菅新政権のもとで「新たな出発」をしてもらいたいと思う。韓国内の⾰新と保守の分断の激しさや「歴史を巡る反⽇」が⽂在寅⼤統領ほかの⾰新派の原点的な意味合いを持つが故に、徴⽤⼯や慰安婦問題の解決を困難にしている。また⽂在寅政権は対北朝鮮融和に⾛り、⽇⽶韓の協⼒に熱⼼でない、あるいは中国との連携に⾛るという傾向がないわけではない。しかしながら朝鮮半島の安定は⽇本の死活的利益であり、そのためには韓国との協⼒を捨象できるものではない。
|ロシアとは距離をとる必要|
|領⼟問題では進展⾒込めず|
ロシアについては少し距離をとるアプローチが必要だ。ここ数年、⽇ロの緊密な⾸脳同⼠の関係とは裏腹に領⼟問題についてのロシアの態度は硬化していく⼀⽅であり、ロシア側から前向きの姿勢が⽰されない限り、従来同様のアプローチを続けていくことは再考すべきと思う。ロシアと欧⽶については サイバーによる選挙介⼊、ウクライナやベラルーシ問題 、プーチン⼤統領政敵の暗殺を意図したといわれる事件などを通じ、関係は悪化 する⼀⽅であり、国際社会における⽴場からいってもロシアにあまり寛容な態度をとるべきではない。
菅新政権はコロナ感染防⽌と経済回復、中⻑期的な経済財政構造、そして東京オリンピック・パラリンピック開催問題など⼭積する多様な国内課題に取り組まなければならないが、 対外関係についてもコロナ後の新しい政治経済構造の中で幾つかの重要な選択を⾏わなければならない。⼤局観をもって取り組んでもらいたいと思う。
ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/248724