コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【朝日新聞・論座】新政権に望む~「権力維持の罠」にかかった政治から脱却を!

2020年09月16日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 筆者は今日の日本のありように深刻な懸念を持つ。それは日本が繁栄した国であり続けるために進めなければいけない施策を先送りしてきたことへの懸念だ。新政権が発足するこの時をとらえて、率直な想いを述べたい。

深刻な日本の危機
 まず、日本が置かれている危機の大きさについて明確に認識してもらいたい。
 コロナ以前にも少子高齢化、労働力減少、膨大な公的債務の累積、潜在的成長力の低さ、地方の停滞、教育国際化の遅れといった基本問題に十分な解をもたらすことが出来なかった。むしろ、これら課題に正面から向き合ってもこなかった。その間、生産性や国民所得水準、ひいては「国民の幸福度」といった多様な国際比較統計でも日本は先進国の低位に甘んじる結果となっている。
 また、コロナ危機は日本の医療体制の不十分さ、医療・教育などあらゆる面でのIT活用の遅れを白日の下にさらけ出した。東日本大震災や累次の天然災害、コロナパンデミックなど緊急の手当てを擁する事象が多かったことは事実だし、膨大な財政資金が災害からの復興のために使われたことも事実である。然しながら、本来であれば短期的な施策とあわせ深刻な国家の基本課題を改善すべく中長期的な戦略投資を行っておく必要があったのにもかかわらず、累次の自民党政権、民主党政権はそれを怠った。
 アベノミクスも超低金利政策と財政政策により株価を上げ、輸出企業をはじめ大企業の収益を増やしたことは間違いがない。しかし、結果として資金は民間の手に有り余るに留まり、一方で日本の基本問題解決のために具体的な行動はとられたわけでもなかった。

権力維持の罠にかかってはならぬ
 短期的視野でしか行動できなかった最大の理由は、多くの政権が「権力維持の罠」にかかったからだ。
 民主党政権の誕生という政権交代の経験も、自民党に選挙で敗北することへの現実的な恐怖を抱かせ、選挙で勝つために国民の人気を意識した施策へ走らせた。日本が抱える基本問題に取り組むには、いずれも短期的には国民に犠牲を強いざるを得ないが、それを求める政治は棚上げされ、「権力維持」が目的化してしまった。
 新政権には権力維持を目的とするのではなく、日本が抱える問題を真正面から見て取り組むという迫力を見せてもらいたい。日本に今必要なのは、人気を得るため表面を取り繕うタイプの指導者ではなく、問題の本質を見て思い切った行動をとろうとするタイプの指導者なのだ。
 今日、永田町では一気にそのモードになりつつあると言われている「秋の総選挙」という考えに新政権が組みすることがないよう切に願う。未だコロナ禍が収まらない状況の中、安倍首相の辞任表明により自民党の支持率が上がったというだけの理由で選挙を打つというのは、まさに権力維持のための政治に他ならない。
 新政権が国民に信を問うというならば一定の実績を残してからにしてほしい。当面はコロナ感染に終止符を打つことに尽力すべきだし、経済回復のスピードを速めるべきである。
 コロナ感染拡大防止対策についてはもうメニューは出揃っているはずだ。臨機応変な自粛規制の導入、医療機関向け支援の抜本的拡大、ワクチン・特効薬開発への投資など都道府県と波長を合わせて措置がとられればよい。
 政府による経済回復のための投資は中長期的な視野でIT・医療・教育への抜本的投資を行うことも念頭においてほしい。
 そして明年の東京オリンピック・パラリンピックについては適時に開催可否についての判断を行ってほしい。勿論開催されることを切望したいが、オリンピックは日本だけではなく世界に開かれたものであり、慎重な判断が必要だ。

対外関係で必要な精緻な戦略
 対外関係についても戦略的判断を行うべき時期にきた。
 戦後今日に至るまで、基本的な前提は日本と米国の利害はほぼ一致し、文字通り「日米関係は日本外交の基軸」ということで良かった。超大国米国と同盟関係にあることにより日本の安全は担保されてきたし、米国にとって同盟国日本の存在感も大きかった。
 ところがトランプ政権の米国の行動を見ると「日米の利害は一致する」とは言いきれない状況となっているのが現状だ。トランプ大統領の多国間協力からの撤退は日本の利益に反するし、それだけではない。
 本年11月の大統領選挙でトランプ大統領が再選されても(その可能性は低いと見られているが)、バイデン民主党候補が勝利しても、米中対立の基調は続くだろう。それは共和党、民主党の党派を超え、中国の統治体制に起因する構造的な問題があるからだ。
 米中の国力が近づいてきた時、自由民主主義体制の下にある米国と、共産党一党独裁体制の中国は相いれないことは明らかである。ただしグローバリゼーションによってこれだけ相互依存関係が深まった時、果たして米中は、米ソ冷戦時のように相手との経済社会関係を断ち切ることが出来るかという問題が立ちはだかる。
 中国経済と深い相互依存関係にあり、中国を最大の市場としている東アジアの諸国とも深い相互依存関係にある日本が、米国と同じように行動できるのか。安全保障は米国に依存し経済的には中国との相互依存関係が深まってきた日本の立場は複雑だ。米国一辺倒という訳にはいくまい。緻密な戦略を必要とする。

政権だけの課題ではない
 日本の将来の繁栄を担保するうえで克服していかなければならない大きな課題は、時の政権だけに課されている課題ではない。公明党や野党にも、そしてメディアや有識者などに等しくのしかかっている課題だ。
 特に私たちが認識しなければならないのは、政権を短期的思考に走らせる背景に強いポピュリズムの潮流があるということだ。
 30数パーセントしかなかった政権支持率も安倍首相が持病の悪化を理由として首相辞任の発表をしたことによって、突然20パーセントも上がるという激流である。これは熟考した結論ではなく、SNSを通じた瞬時のコミュニケーションが極めて短絡的な結論を生んでしまうという傾向のなせる業だと思う。
 テレビのワイドショー的報道番組を見ていても、限られた情報で一定の方向に向けて刷り込みが行われている。本来報道番組たるもの異なる意見を持つ人をゲストに迎え、議論が一方的にならないように差配するべきなのではないか。
 メディアの使命とは、一定の見方を刷り込むことではなく、異なる意見を紹介して客観的真実に近づくことを目指すものであろう。
 日本が抱えている深刻な長期的課題を考える時、日本社会がこのようなポピュリズムに流されていくのは何としてでも止めたい。ポピュリズムに抗していくプロフェッショナリズムの回帰をはかりたい。
 日本の未来のために思い切った施策をとっていくためには社会各層で深い議論が喚起されねばならない。政府内でも国会でも、メディアでも知的社会でも、そしてデジタル空間でも。安倍政権で言われたような「異論を封じる」とか「官僚の忖度」といった強い権力に伴った傾向が続いてはならない。官僚は堂々と省の知見を述べなければいけないし、自民党内国会議員の意見の違いはあって当然だし、野党は政権批判を行うだけが役割ではない。

正しい官邸主導を
 官邸主導が悪いわけではない。
 官邸主導の概念は過去累次の行政改革で常に意識されてきたことだ。即ち各省庁が(縦割り行政などの)セクショナリズムに走って国益よりも省益を重んじる弊害を解消する目的のために、官邸が省庁の枠組みを超えた包括的なアプローチをする体制が作られてきた。
 それ自体に問題があろうはずがない。最終的な政策判断は政治が行い、責任は政治がとるのは民主主義の大原則であるが、一方で同時にそこに至るまでには多様な意見が戦わせられてしかるべきだ。
 問題は安倍政権下において、選挙に勝ち続け、自民党や国会との関係であまりにも強い権力が官邸に集中したために権力の自制がきかなくなったということだろう。これによって官僚が官邸と異なる意見を述べることや、党内からの異論が出にくい環境が生まれてしまった。
 忖度を生む官邸への忠誠度を基準としたような内閣人事局の人事は、実績と能力を重視する明確なガイドラインの下での人事運営へと変えていかねばならない。
 しかし、より重要な問題は指導者の認識であり、指導者の認識の結果が作られている雰囲気だ。指導者が先頭に立って、開かれた社会を作る、幅広い議論を重視することを明確にしてこそ制度も生きるのだ。
 新政権に対する期待はおおきい。だからこそ今、日本は深刻な課題を棚上げすることが出来ない「待ったなし」の状況にあることを、新政権には良く認識してもらいたいものだと思う。

朝日新聞・論座
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020091400004.html

国際戦略研究所
国際戦略研究所トップ