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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【朝日新聞・論座】世界はどこへ行く、そして日本は?

2020年01月22日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 2020年の年初に起こったことはこれからの世界を暗示している。イラクで米軍によるイラン革命防衛隊「コッズ部隊」司令官の殺害、イラク米軍基地に対するイランの報復ミサイル攻撃、第一段階の米中貿易合意の署名、そして米上院のトランプ大統領弾劾裁判が始まる。
 大統領再選をかけたトランプ大統領が厳しい国内政情を克服するため対外関係で成果を上げるべく打って出ていると見るのは間違いか。今や米国発のリスクが世界を覆う。

30年前に予期したものとは違う世界になった
 およそ30年前、ジョージ・H・W・ブッシュ米大統領とミカエル・ゴルバチョフ・ソ連共産党書記長がマルタで会談し、東西冷戦の終了を宣言した時、我々は何を思ったか――。自由民主主義は勝利した、これで世界各国の民主主義的改革が進むに違いない、もう冷戦中のような国防予算は必要がない、平和の配当を享受しよう、と。しかし世界は期待したようには動かなかった。今日、米国をはじめとする先進民主主義諸国では国内の分断は深刻で、おしなべてポピュリズムが跋扈し、民主主義の姿が変わりつつある。
 一方、ロシアや中国では民主義的改革は地につかず、専制体制が強化されてきた。中国の習近平総書記の下、国家主席の任期は撤廃され、ロシアでもプーチン大統領は2024年の大統領任期を超えて実権を維持するのではないかと報じられる。同時にグローバリゼーションは新興国の急速な経済成長を可能にし、先進民主主義国との相対的国力の差を縮めた。
米国と中国・ロシアは第二の冷戦の道を歩んでいると議論する向きもあるが、冷戦とは異なる様相を呈している。冷戦時代になかった経済の相互依存関係は圧倒的に大きい。米中の貿易合意は今後2年間で米国の対中輸入を2000億ドル増やすという。それだけ相互に依存する関係を冷戦とは言わない。
 しかし一方で、米国などの自由民主主義体制・市場主義体制と中国を筆頭とする専制体制・国家資本主義体制が戦略的対立を深めていくことも明らかなのかもしれない。両者の信頼関係は大きく損なわれている。これから世界はどこへ行くのだろう。政治体制も経済体制も異なる二つのブロックに分断され、対峙し、究極的には衝突していくのか。しかし現存している経済的な相互依存関係を壊すと世界経済が失速することは明らかであろうし、それを各国は望むのか。衝突に至る前に各々の体制変化が生まれることもあるのではないだろうか。

米国の行方
 米国はどうだろう。考えてみれば8年間のブッシュ政権下では中東の戦争で甚大な人命の犠牲と財政の負担を生み、8年のオバマ政権では極めてリベラルな政策が保守層の強い反感に繋がり、リーマンショックは米国内の極端な貧富の格差を浮き彫りにした。
米国の政治の変化は米国内に蓄積された大きな不満とそれに基づく分断が既成の政治勢力でも大企業出身でもない一匹狼的なトランプ氏を大統領に押し上げたということだろう。トランプ大統領が掲げる「アメリカ・ファースト」は米国が国際社会のために持ち出しをするのはもう嫌だ、ということだ。
 世界の安定といった迂遠なアプローチよりも短期的な米国の利益を優先する、米国は力が強いから、力で相手を押さえつけられる二国間のアプローチをとる、ということだ。新NAFTA、日米通商合意、米中貿易合意などトランプ大統領にして見れば偉大な成果というわけだ。中国との合意で貿易数値目標を作り人為的に輸入を増やすというのは管理貿易であり自由貿易の原則に反する、といった議論も虚ろに響く。スレイマニ司令官の殺害についても、公人を第三国で一方的に殺害する行為は国際法の認めるところではないといっても、トランプ大統領は、スレイマニ司令官が国際的テロリストだから、と殺害を正当化する。
 民主主義国では選挙が体制の変化を可能にする。11月の大統領選挙でトランプ大統領が再選されるのはそんなに簡単なことではない。しかしトランプ大統領が再選されれば、今日の米国の傾向には拍車がかかる。米国は世界の指導者として信頼されることはなくなっていくのだろう。ルールに基づく国際社会の秩序は崩れていくのだろう。民主党政権が誕生すればトランプ政権のようなプロフェッショナルを排除した衝動的な政策決定の手法は改められていくだろうが、これだけ米国社会の分断が大きい以上、アメリカ・ファースト的な要素は残っていくのかもしれない。

中国の行方
 中国はどうなのだろう。客観的に見れば現状を維持できるとは到底思えない。中国共産党は今日、中国で統治を続ける正統性を経済成長に見出している。共産党が成長を担保し国民に幸せをもたらしているという訳だ。
 しかし中国も少子高齢化の影響を受けざるを得ないし、発展と共に成長率は低下する。昨年の成長率は過去29年来最低の6.1%に低下した。2020年に2010年比GDP倍増の習近平総書記の公約も年5.8%の成長率を達成しないと実現しないと考えられていたが、1月20日の中国国家統計局の発表では2014年-2018年の成長率を各年0.1%上方修正し、結果的に公約実現には5.6%の成長で良いこととされた。中国当局が成長率の具体的数字に強くこだわっていることがよくわかる。
成長率が大きく低下すれば国民の不満が大きくなり、権力闘争も激化する。かつてない言論統制や監視社会の強化はそれに備えるものか。同時に中国は経済成長を阻害する事態を避けようとするだろう。米国との貿易合意を急いだ所以だ。
 香港に強権をもって介入しようとすれば、そして台湾で再選された蔡英文政権と衝突するようなことになれば、国際社会の批判を浴び、国際的な相互依存関係に悪影響を与え、おのずから経済成長に響く。あまりに強力な国内の引き締めや香港、台湾に対する強硬政策には無理があると見るべきではないか。しかし香港や台湾が収拾不能となった時、核心的利益は守るとして強硬姿勢を貫き、国際社会からの孤立を選ぼうとするのか。
 「アメリカ・ファースト」の米国の国際社会の指導力が著しく低下し、中国の体制の矛盾が露呈していく時、世界は大きく混乱する。最早アメリカを中心とする自由民主主義体制の求心力は働かない。

日本はどうする
 日本はどうか。日本でもバブルの崩壊と失われた10年、20年と言われる経済的停滞、そして近隣諸国の飛躍的台頭は国民の間に強い不満を生み、保守ナショナリズムがポピュリズム的傾向を生んだ。「戦後体制からの脱却」や「主張する外交」を掲げた安倍政権はそういう流れに乗った。
 しかし日本の国力は米国や中国と比肩できるものではない。主張するだけで結果を作れるわけでもなければ、トランプ政権と徹底的に気脈を通じるだけでアジアの需要を活用し成長していかなければならない日本の繁栄を担保できるわけでもない。その地政学的環境を考えれば日本は国際協調主義から離れることは出来ない。日本には保守ナショナリズムを超えた戦略がいる。アメリカを建設的な存在としてアジアにつなぎ留め、中国を変化させていかねばならない。
 冷静になって考えてみれば、上述した国際社会の混乱に抗するうえで日本ほど強い外交的立場を持った国はいない。トランプ政権の米国が強い力をかざして迫っているがゆえに中国も日本を向き、日本との関係改善が必要だと考える。短期的には最も軍事的衝突のリスクが高いイランでさえも、米国と徹底的に対決するわけにはいかないことを十分承知し、日本の役割を期待する。中東に自衛隊の艦船を送るより日本の外交が機能しなければならない。そして米国におびえる北朝鮮は、2002年の小泉訪朝時のように米国と強い同盟関係にある日本との関係は北朝鮮の安全に資すると考える。
 2020年は国際秩序の大きな曲がり角にある。トランプ政権は大統領選挙に向けて「アメリカ・ファースト」を追求し、それが更にアメリカの世界における信頼を失っていくことに繋がる恐れが十分にある。日本にとってそれは困る。日本はアメリカを世界の指導者として建設的な役割を果たすよう働きかけを続けなければならない。日本はそれができる唯一の国なのだから。

朝日新聞・論座
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020012000012.html
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