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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】イラン、北朝鮮、台湾をめぐる「軍事衝突」はあるか

2020年01月15日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


年始に起きた出来事は2020年を予兆するかのようだ。イランのソレイマニ革命防衛隊「コッズ」部隊司令官の殺害と米・イラン間の軍事的緊張、不可思議な北朝鮮の沈黙、そして香港でのデモの継続と台湾総統選挙での蔡英文総統の圧勝。一見、無関係に起きているように見えるこれらの国際的事件から何を読み取るべきか。昨年末の本コラムで「2020年は米国発のリスクが国際関係を揺さぶる」と指摘したが、事態はまさにその通りに動いているように見える。
 幸いにして米国とイランの軍事的緊張は両者に自制が働いたが、これで米 ・イランの大規模な衝突の芽が摘まれたわけではない。東アジアでも対中国や北朝鮮で国際社会を揺るがす衝突の芽は膨らみつつあるように見える。日本はこれらの衝突から衝撃的な影響を受ける。日本は衝突のリスクを減らす外交戦略を持たなければならない。

|米・イランの衝突は不可避?|
|核保有すればイスラエルが反発|

 そもそもトランプ大統領はなぜソレイマニ司令官の殺害という直截的な手段をとったのだろう。米国はイランを交戦国としているわけではなく、ソレイマニ司令官を国際的テロリストとして喧伝してきたわけでもなかった。殺害して初めてトランプ大統領はソレイマニ司令官がこれまで多数の米国人殺害に携わったとか、イラクの米国大使館攻撃を計画していたとツイートで発信しているが、イラクでイランの要人を殺害するという行動は異常に映る。また、一方ではイランが報復した米軍基地ミサイル攻撃で米国人の死傷者が出なかったとして米軍は反撃しないとも宣言している。あまりにも全てが唐突で一貫性に欠けると映るし、十分な吟味がされた戦略に基づく行動とは思えない。むしろ米国大統領選挙を意識したトランプ大統領の直感的な決定なのではないか、と批判する識者は多い。
 下院の弾劾決議を受けて上院で間もなく弾劾裁判が始まるという時期だ。トランプ大統領が支持率を上げるため躍起になっており、イランに対する強硬策は米国で大きな支持を得る即効的な方法だと考えて行動したとしても不思議ではない。イラン革命を契機に1979年11月から444日間続いた「在イラン米国大使館占拠・人質事件」の屈辱は米国内に拭い難い反イラン感情を生み、今でもその時のことは多くの国民の記憶に残っているからだ。
 イランはソレイマニ司令官殺害の報復措置としてイラクの米軍基地を弾道ミサイルで攻撃したが、これが人的被害をもたらすことがないよう事前に警告措置をとり、かつターゲットに対して相当な精度をもって攻撃が行われていた。イランの弾道ミサイルは北朝鮮からの技術が供与されているのではないかといわれていたが、世界に対してその技術が十分に完成しているものであることを示した。
 一方でその後、イラク米軍基地攻撃の数時間後に誤ってウクライナの航空機を撃墜したことも明らかにされたが、おそらくイラン政府が言うように意図して撃墜されたものではなく人為的なミスによるのだろう。イランは軍事的に相当な能力を持っていると同時に、民間航空機を誤って撃墜するといった軍事的練度の低さを露呈したということなのだろうか。これはイランをめぐり偶発的に戦争が起こり得る危険も示しているとも考えられる。米・イラクの間で大規模な軍事的衝突が回避されたとしても、リスクがなくなったわけではない。最大のリスクの種は核合意にある。
イランは核合意の中核をなすウラン濃縮の限度に縛られないことを宣言した。イランが実際にウラン濃縮を進めるとなると、原爆製造に必要なウラン濃度に達するのにそれほど時間はかからないといわれている。
 これに最も敏感に反応するのはイスラエルだ。イランが核を保有することになれば、核を保有するイスラエルの中東地域での戦略的優位性を損なうのは自明だ。イスラエル国内では軍事的行動をとってでも、これを阻止するという議論も強くなるだろう。一触即発の状況になったとしても驚きではない。このような状況の中で米国大統領選挙が佳境に入る本年夏以降にトランプ大統領が再選をにらみ、対イラン強硬策をとることも想定しておかなければならない。

|北朝鮮は何を読み取っている?|
|「瀬戸際作戦」は継続|

北朝鮮は米国とイランの緊張を凝視しているだろう。2002年にブッシュ大統領が一般教書演説でイラク、イラン、北朝鮮は「悪の枢軸」であると名指しをし、テロとの戦いや対イラク戦争を始めた時、北朝鮮はおびえた。それが間接的に2002年9月の小泉首相訪朝・平壌宣言につながった。北朝鮮は米国の緊密な同盟国日本との関係を改善することが自国の安全を増すと考えたのだろう。イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官がドローンで殺害されたとき、さらに米イランの衝突が一気にエスカレートしそうになったとき、北朝鮮は「明日は我が身」と思ったに違いない。
 北朝鮮は昨年末を米国との非核化交渉の期限と設定し、米国が北朝鮮敵視政策をやめない限り行動を起こすと宣言していた。その後、再び軍事的な挑発行動やICBM・核実験の再開を宣言するのではないかとも思われたが、今日に至るまで米国からの対話再開の要請に応えないこと以外に目立った行動は起こしていない。
 おそらく北朝鮮は次の手を思案しているのだろう。米国とイランの緊張から何を読み取ったのか。米国は予想できないような行動を起こすことに恐怖を抱いたか、あるいは戦争を望まないという言明に安堵したか。いずれにせよ、基本戦略は「瀬戸際作戦」を続けつつ、自国の有利な形で米朝交渉を行える時期を見極めるということだろうと思われる。米国上院における弾劾裁判やトランプ大統領の支持率の推移、そして夏の全国党大会に向けた民主党候補者の決定などを見て、トランプ大統領の立場が弱まっていれば北朝鮮が望む形で結果を作る好機と考えるのかもしれない。
 他方、トランプ大統領は、北朝鮮の核・ICBM実験をやめ、北朝鮮を交渉の場に引きずり出したのは自らの成果だと誇っている。もし北朝鮮が挑発路線に戻るなら、トランプ大統領は反転して強硬策に踏み切る可能性も高い。いずれにせよ米朝交渉で結果が出るにしても、究極的な核の完全廃棄の目標に向かって双方が段階的行動をとるという合意になるだろうし、非核化問題はこれからも長いプロセスになる。その間、常に米朝の軍事的緊張の余地は残るということだろう。

|米中衝突はあり得るのか?|
|中国は台湾でもジレンマ|

 対中国でも、トランプ大統領は大統領選を意識して貿易関係での具体的成果を急いでいる。1月15日にワシントンにて第一段階の米中貿易合意が署名される予定で、農産物の大量買い付けなどについての合意は米国の農業関係者を喜ばせる。だが同時にハイテクなどの米中対立の中核部分の合意は遠いことも示すことになるのだろう。
 台湾総統選挙で蔡英文総統が再選・圧勝したことは中国の厳しいジレンマを如実に示すものだ。香港で民主化を求める反中国のデモが続くことに対しても中国は「解」を持ち得ていない。人民解放軍を送り込んで、事態を強硬的に収拾しようとすれば国際社会から孤立する。それでなくとも経済的にも混乱し減速が目立つ経済成長に打撃を与えることになり、選択肢にはならない。香港の住民が混乱に嫌気がさして事態が自発的に収拾されることを期待するのだろうが、9月には立法会の選挙があり、先の区議選同様の圧倒的な民主派勝利になることも想定される。香港の状況が追い風となって再選された台湾の蔡英文政権が独立志向をさらに強め、中国と対峙していくとき、トランプ政権はどういう対応をするのだろうか。従来の米国の対台湾政策には、中国を抑止するとともに台湾にも自制を求めてきた。これまでのトランプ政権の対台湾政策の傾向は、従来よりも台湾支持の様相が濃い。核を持つ米中が直接、戦うという蓋然性は高くないが、台湾海峡をめぐる限定的な衝突の可能性までもが排除されるわけではない。
 トランプ政権下の3年間の対中関係を見れば、貿易関係については「アメリカ・ファースト」の色彩を鮮明にして、貿易赤字改善策を求めるが、戦略的な競争関係は2017年末の国家安全保障戦略に盛られた通り、厳しさを増すばかりだろう。一方で中国は台湾問題で引くことはないだろうし、習近平政権は自らの政権維持をかけて台湾に対する圧力を強めると考えられる。米中対決の要素がどこまで強くなるのか。これも米国大統領選挙が佳境に入る夏以降に厳しい局面を迎えることになる。

|日本の外交的立場は強い|
|米国に影響を与えられる|

 米・イラン、米・北朝鮮、米・中の関係がどういう展開になるにしても、日本は政治・経済・安全保障のあらゆる面で死活的な利益を有する。イランをめぐって軍事的衝突が起これば、中東原油に90%近く依存する日本経済は深刻な打撃を受ける。米国と、中国や北朝鮮が衝突することになれば、米国との安保条約を持つ日本を必然的に巻き込む。また米中の対決が貿易面に限られたとしても、日本は貿易の20%以上を中国に、15%を米国に依存するだけに、経済への影響は厳しいものになるだろう。
 他方で、実は日本の外交的立場は強い。米国と強い同盟関係にあったからこそ、北朝鮮は日本との交渉に応じ小泉首相の訪朝は実現した。中国は米国との関係が長期的に悪化するという見通しのもとに日本との関係の改善に大きく動き出している。またイランが日本に秋波を送るのは日米関係の強さを考え、日本に米国の自制を促すことを期待しているのだろう。
 日本にとっての最善は、米・イラン、米・中、米・北朝鮮間の外交による関係改善であり、戦争がもたらす影響を考えると、衝突は何としてでも避ける必要がある。ただいずれの問題も極めて根が深い長年の課題であり、日本の行動が単に外交パフォーマンスに終わることになってはならない。東原油を運ぶ日本船の安全確保のために自衛隊の艦船を送ることや、習近平中国国家主席を国賓で遇することも重要だが、外交は結果を作る作業であり、日本が外交力によって問題解決につなげるには精緻な戦略が必要だ。そして何よりも必要なのは米国との緊密な協議であり、戦略調整だ。世界は日本こそがトランプ大統領に影響を与えられるのではとの期待を持っていることを肝に銘じるべきだ。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/225787
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