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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】日本に外交戦略見直しを迫る、香港の中国化・韓国の朝鮮化・ロシアのロシア化

2020年07月22日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


|⽇本を取り巻く環境の激変|
|東アジアの安全保障を左右|

 昨今、⽇本を取り巻く環境が⼤きく変わったことに認識があるだろうか。激変は新型コロナの感染問題はすでに起こりつつあった地殻変動を加速化し、東アジアの安全保障に⼤きな影響をもたらしている。⽇本ではイージス・アショアの配備を断念したことに伴い⽇本への攻撃に対する「敵基地攻撃能⼒」の保有問題が議論されているが、あまりに唐突で矮⼩化された反応だ。まず⽇本に必要なことは外交安保戦略の抜本的⾒直しであり、その前提としての⽇本を取り巻く安全保障環境が⼤きく変わり悪化していることを認識する必要がある。⽇本に外交戦略⾒直しを迫る、⾹港の中国化・韓国の朝鮮化・ロシアのロシア化具体的には「⾹港の中国化」と⽶中対⽴、韓国の「朝鮮化」、ロシアの「ロシア化」、「アメリカ・ファースト」への対応をどうするかだ。

|⾹港「中国化」で⽶中対⽴決定的|
|国安法はゲームチェンジャー|

 中国による⾹港への国家安全維持法の直接導⼊は、ゲームチェンジャーだと思う。今後、「⼀国⼆制度」の下、⾼度な⾃治と⾃由な資本主義を認められていた⾹港が急速に中国化していくことが懸念される。中国政府は相当な覚悟を持ってこの⾏動に出たのだろう。昨年、続いた⾹港⺠主化を求める⼤規模デモは強権の介⼊なく収まらず、また9⽉に予定される⾹港⽴法会の選挙を、⺠主派が圧勝した昨年の区議会選挙の⼆の舞とすることはできない、と考え、新型コロナ感染拡⼤でデモが規制されている今の状況に乗じて⼀気呵成に国安法導⼊を進めたと考えられる。今後、もし国安法が中国国内と同じように運⽤されれば、国際的にも約束された「⼀国⼆制度」は崩壊するだけではなく、法の⽀配という⺠主主義の根幹を犯すことともなりかねない。そして、⾃由な市場として外国の投資を集め国際⾦融センターである⾹港は徐々にその利点を失うことになる。
 こうした懸念を持つのは、国安法がコモン・ローに基づく⾹港の法的枠組みを超え、法解釈の最終権限は中国全⼈代常務委員会にあることや、法の運⽤・実施に中国治安機関が関っているからだ。⾹港が中国と同じような監視社会となり、法の厳密な⼿続きによらないで拘束・逮捕が⾏われるとすれば、⾃由な資本主義の基盤が損なわれることになる。
 こうした⾹港の「中国化」に⽶国が強く反応するのは⼗分理解できる。多くの⼈が、トランプ⼤統領の対中強硬策は⾃らの再選を助けることになるからではないかとみる。もちろんそういう⾯はあるが、それ以上に、⽶国が危機感を強めているのは、ここで⺠主主義諸国が明確で強⼒な対抗措置を取らないのであれば、中国の⾏動を認知してしまうばかりか、今後の中国のさらなる強硬な⾏動を許してしまうことになりかねないと認識しているからだ。⽶国は、今後、どの程度強硬に中国に対峙していくつもりなのか。7⽉14⽇に⼤統領の署名によって成⽴した⾹港⾃治法で、⾹港の⾃治の侵害に関わった中国、⾹港当局者を特定し、これらの⼈物と取引をする⾦融機関にも制裁を科することが可能となった。また⼤統領令により関税や査証などの⾯での⾹港への優遇措置も撤回された。いずれにせよ今後の展開は、中国が国家安全維持法の運⽤をどのようにしていくかが鍵となる。

|⽶国は「中国排除」強める|
|⽇本の対中戦略は︖|

 中国の現実の⾏動次第で⽶国の制裁の程度は変わってくるだろう。⽶国の制裁も⼀定の準備期間を経て発動され、制裁の程度は⾹港の⽴法会の選挙に当局の強権的な介⼊がどう⾏われるかにもよるのだろう。そして、⽶国の制裁措置に対して中国はさらなる対抗措置を取ろうとするのだろう。
 この問題は台湾にも波及する。台湾は⾹港への国家安全維持法の導⼊を「⼀国⼆制度」の終焉とみて、ますます独⽴傾向を強めていくのではないか。台湾の⾹港⼈を受け⼊れようとする動きに対し、中国は戦闘機を台湾海峡に⾶ばし牽制をしている。蔡英⽂総統は事あるたびに⽶国との連携の強化を図っていくだろう。⼀⽅で中国は台湾に対しては軍事的な脅しを⾏うことを躊躇しないだろうし、中台問題は軍事的緊張の拡⼤に容易につながる。⾹港問題や台湾問題は⽶中関係のホットスポットだが、それを離れても⽶中対⽴は今後、⼀層激化するだろう。
 ⽶国は中国の南シナ海での⾏動は「不法」であると断じ、⽶国艦隊の活動を強化している。
ファーウェイをはじめとする中国ハイテク企業の⽶国政府調達からの排除に動いており、こうした中国企業と取引を持つ企業も調達から外す措置を取るという。⽶国の「中国排除」の動きは中国の対抗措置を招くだろうし、⽶中間の経済相互依存関係は⼤きく崩れていく可能性がある。安全保障を⽶国に依存し、⼀⽅で中国とは経済的な相互依存関係が⼤きい⽇本がどのような対中戦略を持つのか。それは⽇本の将来を左右する。習近平国家主席の国賓訪問を論じる前に考えなければいけない課題だ。

|韓国の「朝鮮化」|
|「反⽇」噴出、強まる可能性|

 北朝鮮による開城の南北連絡事務所の爆破は、韓国に対する揺さぶりだったと考えられる。昨年のハノイで⾏われた⽶朝⾸脳会談での非核化交渉の頓挫以降、制裁緩和などを期待する北朝鮮は⽶朝交渉の道筋に戻ることを望んだと思われるが、⽶国は当然のことながら非核化に向けた実務的な詰めなくして進展は図り得ないという従来の⽅針を変えず、事態は停滞した。
 そして北朝鮮では今年初旬から新型コロナウイルスの感染が拡⼤したと考えられており、中朝国境が閉鎖され物資の流⼊が途絶えたことで北朝鮮への経済的ダメージは相当なものだったのだろう。現状打開を目指して打った⼿が、南北交流の象徴である南北連絡事務所の爆破だった。北朝鮮の「瀬⼾際政策」の常だが、こうした⾏動に出れば韓国は焦り、⽶国をとりなす⾏動に出るとの思惑が北朝鮮にはあったのではないか。
 韓国の⽂在寅政権にとって「南北共存」は⼀丁目⼀番地の基本政策だ。⽂政権の特⾊は、「86世代」と呼ばれる60年代に⽣まれ、80年代の⺠主化運動に関わった左派⾊の強い進歩派の⼈々が政権中枢を構成していることだ。対外関係についても、朝鮮半島は常に⼤国により脅かされてきたとして「⾃⽴」を望む意識が強く、このため潜在的には「反⽶」「反⽇」であり、「親北」といえるだろう。韓国はこれまで北朝鮮との関係が緊迫すると、安全保障を担保する必要性から⽇⽶との連携を重視し、⽶韓同盟を維持する必要性を認識する動きを⾒せたが、歴史問題を抱える⽇本に対しては、「反⽇」の意識が時に過剰に噴出する。
 ⼀⽅で中国については、歴史的にも圧倒的な存在だったことから反中とは⾔い切れない微妙な意識がある。また、韓国経済にとっての中国の圧倒的重要性からしても中国を阻害するわけにはいかないという意識も強い。過去、廬武鉉政権が「⽶中をブリッジする」と提唱し、また⽂政権の⼀部⾼官が「⽶国か中国かを選ぶことができる」と発⾔したことからも分かるように、⽶国と⾃由⺠主主義という価値を共有する同盟国でありながら、この点を重視することなく、⽶国と中国を同列で論じることを躊躇しない。
このような韓国進歩派の考え⽅は保守派とは相いれず、韓国内の保⾰分断が、対北朝鮮政策も含めさまざま局⾯で対外政策の揺らぎをもたらしてきた。だが総選挙では進歩派が圧勝したこともあって、⽂政権の対北融和政策は変わっていない。⽂政権の⺠族⾃⽴の意識は北朝鮮とも相通じるものがある。極論すれば韓国も「朝鮮化」しているということもできよう。
 だが「朝鮮化」した韓国は⽇本にとって扱いにくい存在だ。北朝鮮との間の拉致問題も⽇本と北朝鮮の関係をどうしていくのかという⼤きな絵柄の中で考え、機会をとらえていかないと解決が難しい。拉致問題の解決が最重要である位置付けは変わらないにしても、「重要だ」と叫んで⼀向に前に進んでいかないのはあまりに空しい。

|ロシアの「ロシア化」|
|領⼟問題解決は遠のく|

 ロシアは7⽉初旬に憲法改正を⾏い、事実上、プーチン⼤統領が2036年まで⼤統領の座にとどまることを可能にした。プーチン⼤統領は2000年から2期8年⼤統領職にあり、その後、⾸相に転じたが、2008年の憲法改正後、1期6年に延びた⼤統領に2012年に再登板し、2024年までが任期になっていた今回の憲法改正で⼤統領の任期がリセットされ、2024年から最⼤2期12年、⼤統領にとどまれることになった。プーチン⼤統領にしてみれば⾸相だった時期に⾃らへの反対勢⼒が強くなったことが念頭にあり、そのため今度は“終⾝⼤統領”であることをあらかじめ明らかにした上で独裁⾊を強めるということだろう。
 さらに憲法改正では、ロシア領の割譲を禁じることや同性婚を認めないなどの保守⾊が強い項目が盛り込まれた。ロシアの⼤国主義が⾊濃く反映された憲法改正だ。⽇本政府はこの動きに対して単に関⼼の表明にとどめているが、果たしてロシア憲法にある「領⼟の割譲の禁⽌」と、⽇本が求める北⽅領⼟の返還が相いれるのかどうかは、はなはだ疑問だ。ロシアはサイバーでの選挙介⼊などで欧⽶諸国との関係は極めて悪化しているし、逆に中国との関係の緊密化は着々と進んでいる。⽇本は北⽅領⼟問題に何の成果もなく、むしろ交渉に対するロシアの⽴場が後退しているようにみえる状況でロシアとひたすらに⾸脳会談を積み重ねていくことがよいのか。その前に対ロ戦略を⾒直すべきなのではないか。

|「アメリカ・ファースト」の⾏⽅|
|“トランプ後”に備える必要|

 こうして東アジアをめぐる状況が⼀段と変わり始めているなかで、トランプ⼤統領が掲げる「アメリカ・ファースト」は⽇本にとっても、東アジア地域にとっても問題が多い。
 トランプ⼤統領にとって「アメリカ・ファースト」を具現するものは、中国との競争に勝利することに加え、輸出を伸ばして貿易拡⼤の利益を確保すること、また⽶国からの武器調達を含め防衛負担の増⼤を同盟国に求めることであり、これを実現していくために地域多国間の枠組みを離れて⼆国間の取引に持ち込むことだろう。トランプ⼤統領は、これまで中国や⽇本、韓国との貿易合意、⽶軍駐留経費について韓国の負担の⾶躍的拡⼤や⽇本からの巨額の武器調達に成功し、またTPPからの撤退にとどまらずAPEC、東アジアサミットなど地域協⼒を軽視してきた。トランプ⼤統領が再選に成功した場合、このような政策がさらに深掘りされていくことになる。だが、現在の⽶国国内の状況を⾒る限り、トランプ再選の可能性は⾼くない。
 ⽇本は⺠主党のバイデン候補が勝利する場合に備えて対⽶戦略の練り直しを⾏うべきだろう。その際にはこの地域の安全保障環境が⼤幅に変化している⼀⽅で、少⼦⾼齢化で⼤きな成⻑を望めず中国という巨⼤マーケットとの相互依存関係が必要なことなどを総合的に勘案することが重要になる。新型コロナウイルス感染が⼀刻も早く収束することを願いたいが、コロナ後の⽇本を待つ情勢は決して容易なものではない。この4つの要因以外にも⽇本を脅かす要因はいろいろある。当⾯は経済回復が最⼤の課題になるのだろうが、経済の回復を迅速に進める上でも周辺環境の安定は必須になる。そのための包括的な戦略が重要である。

ダイヤモンド・オンライン 「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/243088
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