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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】コロナ・パンデミックで米中の「相互排除」が拡大し世界は分断へ向かう

2020年03月18日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 中国武漢に始まった新型コロナウイルス感染は、同心円を描くように韓国や日本など周辺国に拡がり、ついには米国と欧州などに拡大。12日にWHO(世界保健機関)は「パンデミック」を宣言した。
 中世にペスト流行がローマ教会の権威を壊し、主権国家を生む契機になったように、その後も天然痘、コレラ、スペイン風邪などの世界への感染症の拡大が歴史を変えてきた。
現代は医学と医療が発達しており、「新型コロナウイルス・パンデミック」が歴史の本質を変えることにはならないにしても、移動の制限などで人の交流が減り、一方で疑心暗鬼や不信感が強まるなどの国民心理の変化が各国政治の自国第一の傾向をより強めることになりそうだ。

|不信感強まり協調の意識が希薄に|
|国際政治、自国中心主義が加速|

 パンデミック宣言は、コロナウイルス封じ込めに各国が総力で取り組むことを促したものだが、これだけヒト、モノの相互依存関係が深まっているときに、世界が同時に感染の終息を迎えるのははるか先のことだろうし、数年先のことになるかもしれない。中国や周辺国で感染の拡大がピークを越えても、人の移動が回復するに従い、いったんは終息したと思われた国にも感染の再来も予想される。
 各国は人々の移動を制限し、学校を閉め、人が集う芸術・文化・スポーツの集いを自粛する。そうした期間が長引くほど、グローバリゼーションにより成長してきた経済は大きな打撃を受ける。中国の経済成長は大幅に減速するだろうし、先進国では軒並みマイナス成長になるだろう。石油輸出国機構(OPEC)やロシアなどの間での減産調整が合意できなかったことによる原油価格の急落もあって、世界経済の先行き不透明から、このところ世界の株式市場で株価下落が止まらない状況だ。
 経済が回復するのは感染症の終息が確実となった後になるだろうし、経済活動の停滞だけでなく、問題が長期化すれば、人の交流が途絶えるなかで、人間の社会的営みは希薄になる。国際協調や地域の助け合いといった概念は薄れるだろう。
 一方でネットの世界は拡がっているが、感染拡大により、殺伐としたやりどころのない疑心暗鬼や不信感、不安が、SNSを通じて増幅されている。もともとネットの世界は自己中心主義の傾向はあるにしても、このような心理は、国内政治を変え、国際関係を変える背景を織りなす。
 感染症拡大の危機に人々が求めがちなのは、知性や合理性ではなく一見強く見えるリーダーだ。先進民主主義国では、グローバル化の下、新興国の台頭や移民流入などで職を失ったり賃金が増えなかったりした人たちの不満の受け皿としてポピュリズムが強まってきたが、パンデミックによる国民の不安心理などがこれを加速し、排外主義にもなりかねない自国中心主義が強まる可能性がある。秋に大統領選挙がある米国では、アメリカ・ファーストを前面に掲げるトランプ大統領にとって再選に有利な環境が作られていくということかもしれない。

|強権体制で感染封じ込めた中国|
|イメージ回復に反転攻勢|

 先進民主主義国を中心に自国中心主義を生んでいくなかで、中国はどういう方向に向かうのだろうか。中国は新型コロナウイルスの感染拡大防止で初動を誤った。それは共産党体制の欠陥というべきものだ。
 新型ウイルスが発見された時点で、当局が、最初に感染症の存在を提起した医師の訴えを封じた言論封殺的行動にみられる情報統制や、地方政府は中央の指示がないと動かず、かつ習近平総書記に権力が集中する体制の下では迅速な対応ができなかった。初動が遅れ、武漢市の「封鎖」が行われるまでに500万人といわれる人々が交通の要衝である武漢から各地へ散っていった。一方でその後の感染拡大を止めたのは、共産党体制の強制力と先進的なITを駆使した手法、監視社会の下でのビッグデータの活用だった。要するに習近平体制で着々と積み上げられてきた監視体制が功を奏したということだ。
 中国にとっては、今後、2つの課題を克服することができるか否かが、大きな分岐点になる。
まず1つ目は「経済成長」の維持だ。中国共産党にとってみれば統治の正統性を示す上で高い経済成長の維持は必須だ。特に2020年は習近平総書記が掲げる所得倍増公約(2010年比)の最終年になることから、実現に必要な5.6%以上の成長率達成に躍起になるに違いない。すでに内政の重点は経済活動の早期回復に移っており、地方・中小企業への財政支援や投資・減税などあらゆる政策手段が活用されるだろう。コロナウイルス感染拡大防止のために武漢市などで実施された、例えば食料品などの無人配送サービスや医療などのオンライン事業を他の地域に本格導入する動きもある。一時的に成長が大幅に減速した場合に、特に若年失業者の増加も相まって国民の不満は蓄積されるだろうが、感染症対策で国民に対する監視体制は一層強化されており、習近平体制そのものが揺らぐことはないだろう。共産党一党独裁体制は初動で失敗したが、感染症拡大の終息には適しているということか。
 2つ目の課題は国際的な「イメージの回復」だ。中国での初動の誤りが世界的感染拡大を生み、衛生状態や医療インフラの後進性を世界にさらし、中国の国際社会でのイメージを大きく損なった。欧米では中国人だけではなく韓国人、日本人への差別意識も見られる始末だ。習近平政権は、感染拡大が山を越えて終息に向かっているなど、国際社会への積極的なメッセージを出し、反転攻勢にでようとしている。中国の感染が湖北省も含め終息しても、米国や欧州の感染はおそらくまだ拡大の一途をたどることになるかもしれず、中国での感染終息と欧米での感染拡大の長期化というタイムラグを、中国は、共産党統治体制の優れた点だということでイメージ回復に積極的に活用しようとするだろう。強権体制で感染を止めた中国と、個人の自由を制約しきれない欧米先進国との対立は激化する。

|米中はデカップリングから相互排除に向かう|
 すでに米中の間では、ウォール・ストリート・ジャーナルが掲載した「中国はアジアの病人」という記事を巡り、激しい応酬が繰り広げられている。中国は同紙の記者3人の国外退去を命じ、これに対し米国は米国駐在中国人記者の総数を100人以下に限るなどの措置をとっている。
 米国内では新型コロナウイルスの感染が拡大しており、人々の嫌中感や対中差別的雰囲気が高まる可能性がある。共和・民主両党とも対中強硬姿勢は同じで、大統領選では強硬路線を競うことになるのだろう。昨年秋の米中貿易協議の第1段階の合意も、経済の落ち込みが大きい中国は米国農産物の輸入拡大などを合意通り、実施するのは難しいと思われる。
 新型コロナウイルス問題が一段落したとしても、米中の間には、香港や台湾問題など、対立の火種が残ったままだ。香港の民主化運動は根強く続くだろうし、新型コロナウイルス感染を最小限で食い止め、支持率も上がった台湾の蔡英文総統は自信を深め、独立志向を強めるだろう。米中の戦略的対峙も深まる。
 今年11月の米国大統領選挙結果は、今後の国際政治の展開を考える上で大きな意味を持つ。パンデミックで米国民の内向きの意識が強まるなか、トランプ大統領がアメリカ・ファーストを改めて訴えて再選に成功する可能性は高まった。だとすれば、今後5年余りの世界は自国中心主義がさらに加速されることになるだろう。そうなると、強権体制の下、国内の感染拡大に形の上では歯止めをかけた中国との関係はどのようになるか。
 米中関係については、通常の貿易や投資では、双方にメリットがあるので、緊密化することはないにしても縮小することはないが、ハイテク分野での技術開発や投資、貿易は通常の貿易・投資とは切り離し(デカップリング)、お互いを排除した経済圏を形成していくという予測が強かった。だがパンデミックを機に、米中間はハイテク分野でのデカップリングにとどまらず、通常の経済関係を含めた相互排除にまで発展することになるのではないか。

|国際社会の分断が進む|
|崩れる先進民主主義国の協調|

 そして分断は、米中間だけに終わるものではではない。新型コロナウイルスの感染拡大防止ということで、米国は英国を除く欧州からの入国を唐突に禁止したが、安保や経済関係を巡る米国と欧州の不協和音は、このパンデミックを通じてもさら大きくなっていく可能性が強い。
パンデミックへの対処や経済へのダメージを回避するためには、国際的な協調体制の強化が必要だが、その動きは今のところ見られない。G7の議長国がイニシアティブをとるべきなのだが、今年は議長国が米国で、トランプ政権になって、米国の国際協調体制離れは顕著だ。こうした状況で、冷戦時代に培われ、最近まで続いてきた先進民主主義国の協調体制は壊れつつある。
欧州でもアジアでも、米国からは離れる動きがどんどん強まり、一方でEUの求心力は衰え、米国に近い英国・東欧諸国と、米国と距離を置く独仏を中核とする諸国の分断が明らかになりつつある。従来考えられていたような民主主義体制を基本とする「西側諸国」は、一枚岩ではなくなっているのだ。
 新型コロナウイルス・パンデミックは長期間にわたると予想され、この間に、各国が自国優先主義を強めると、従来のように、共産党独裁の強権体制だからという理由で中国を忌避するという雰囲気ではなくなっていく。アジアでもその傾向は強いのかもしれない。アジアでは民主主義体制が定着してきたわけではなく、いくつかの国では強権体制が国の発展に効果的という見方もされている。
世界の分断と対立は日本にとって好ましいことではあり得ない。米国との同盟関係を維持しつつ中国との経済関係を重視し、国際協調体制から利益を受ける日本こそが、世界が分断に進むのを抑える重要な役割を担うべきではないのか。そのためには、日本は国内のウイルス感染をできるだけ早く終息させなければならない。そして国内支持率に右往左往する政治に終止符を打ち、長期を見据えた大戦略の下で行動していくことが何よりも必要な時代だということを強く認識したほうがいい。


ダイヤモンド・オンライン 「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/231919
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