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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【朝日新聞・論座】コロナ危機で世界はどう変わる? 米国、中国、EU 、そして日本は?

2020年04月23日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 コロナとの闘いは続く。今や全世界で感染者は2 5 0 万人を超え、死亡者も1 7 万人に達した( 4 月2 1 日時点) 。今後も感染は拡大する。一国で終息が見えても、国を超えた移動制限が解かれればウイルスが復活する。アフリカや中南米の途上国の感染爆発も懸念される。ワクチンが開発され特効薬が生まれない限り、コロナとの闘いは「見えない戦争」となる。
 コロナは人々にかつてない不自由な生活を強い、人々から文化やスポーツの楽しみを奪い、社会活動の機会を奪った。これが長く続けば続くほど社会の価値観は変わり、人々の生活習慣、仕事文化も変わっていくに違いない。国際関係にも複雑な構造変化がおこることになる。

グローバリゼーションは止まるのか
 新型ウイルスの感染拡大を防止する唯一の方策は、国と国、人と人との交流を断ち、家庭という最小の単位に閉じこもるということだ。これは第二次大戦後の世界の流れに逆行することとなる。すなわち第二次大戦後の国際関係の基本は、国境を越える人の交流や貿易投資を拡大し、市場の成長を達成させることだった。そしてその流れを阻害する諸々の要因を国際協力により取り除いていくことが基本形となった。
 この先頭に立ったのは超大国米国だった。やがて冷戦という阻害要因はなくなり、世界は文字通りグローバリゼーションに向けて流れを早める。ただグローバリゼーションは勝者と敗者を作る。国内的には大きな所得格差が生まれ、貧者の不満はポピュリズムに結びついていく。国際的には新興国の急速な台頭に繋がった。新型コロナウイルスによるパンデミックはグローバリゼーションがもたらした負の側面であることは間違いがない。パンデミックの結果、グローバリゼーションの流れは止まることになるのか。
 市場経済の基本が規模の利益である限り、経済的な相互依存関係が希薄になっていくとは考えられない。パンデミックが終息すれば製造業が国境を越えて労賃が安い途上国に向かう動きは止められないし、大きな規模を持つ市場との相互依存関係の拡大は引き続き止むことはないだろう。
 今後とも世界経済の成長のエンジンは、グローバリゼーションであり続ける。ただ、感染拡大の源が中国にあり適切な初動措置が取られなかったこと、中国の社会基盤が未だ貧困であること、さらには後に述べる地政学的な要因との関係で、中国のサプライチェーン依存を続けることに慎重となる傾向は強まるのだろう。これが中国的な中央集権国家資本主義社会と米国型自由主義経済社会という二つの経済圏に分離していくきっかけとなる可能性もある。ただこれは米中が今後どう動いていくかに左右されるだろう。

米国国内政治の行方が流れを変える
 米国がトランプ政権でなければ、コロナパンデミックは全く違う結果を生んでいたかもしれない。米国の強い指導力のもとでG 7 、G 2 0 、W H O などの国際的枠組みが機能し、一定の共通ガイドラインのもとで感染防止対策が取られ、経済的損失を最小限とする国際協調や途上国への支援、ひいてはワクチンや治療薬開発に向けての協力が進み、コロナ後の世界は国際協力を基本とする秩序に立ち戻っていたかもしれない。しかし残念ながら「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ政権下では、国際協力の余地は大きいものではなく、どの国も国家としての対応が基本となり、これがコロナ後の世界にも響いていくのだろう。
 果たして1 1 月の大統領選挙でトランプ大統領の再選があるのか。今日の世論調査では民主党バイデン前副大統領が有利だと伝えられる。現職の大統領として有利な要素であった高い経済成長と低い失業率はコロナ危機でもう望めない。どれほど深いマイナス成長となるのか、1 0 % を超えるような高い失業率となるのか。通常であれば経済不況の中での再選は難しいが、トランプ大統領の場合就任後ほとんど変化がない4 0 % を超える固定支持層の存在とコロナ危機下での露出の高さ、トランプ流の強いリーダーシップの演出がどの程度プラスに働くか。
バイデン前副大統領が勝利しても「アメリカ・ファースト」的傾向が大きく変わるとは思われないが、トランプ大統領が再選されれば、米国一国主義の様相はさらに色濃くなるだろうし、国際的枠組みでの協力・協調に多くを望むことはできない。
 トランプ大統領はウイルス感染拡大との関係で中国批判を繰り返し、W T O へは中国寄りという理由から拠出を保留した。バイデン候補を対中優和派としてネガティブキャンペーンを行うという選挙戦術の面も強いが、コロナ後に対中関係を修復できるとも思われない。長期的に見ても米国は特に先端技術の優位性を確保すべく中国の締め出しと自国産業基盤の強化に資源を集中していくだろうし、他の戦略的課題― 香港、台湾、ウイグル、南シナ海など― とあわせ、米中対立は決定的となっていくだろう。

中国の行方
 中国はコロナショックの結果、2 0 2 0 年第一四半期の成長率はマイナス6 . 8 % に沈み、対外関係の面でも「新型コロナ発生源の中国」「初動を誤り感染拡大に責任ある中国」というネガティブな印象を生んだ。ただ都市封鎖など共産党の強権的手法が感染拡大防止に効果を上げており、国内の強い締め付けの下で習近平国家主席の地位も安定的に推移しているとみられる。経済成長は共産党統治の正当性の根幹であると考えられ、習近平政権は、できるだけ早く感染防止の移動制限を解除し、経済活動を正常化することに躍起となり、同時に対外的に負のイメージを払拭すべく、「マスク外交」や医療支援を活発に行っている。
 中国もおそらくコロナ後に米国との関係が修復できるとは思っていないのだろう。そのような中で従来にも増して国際的な影響力の拡大にまい進する。特に、最初にダメージを受けたのは中国であるが、感染防止と経済の回復も中国が他国に先駆けることとなる。この間、中国は影響力を拡大できる地域について積極的に打って出るのだろう。特にアジアについてはその余地が大きい。高い経済成長を実現してきたA S E A N 諸国も未だ医療基盤は十分ではなく、コロナ制御にはこれから相当長期間を要するのだろうし、その間経済的停滞は深刻になる。そもそもこれら諸国は中国市場に依存しており、中国の経済的回復と支援から得るものは大きい。いかに米国による安全保障が重要と言っても背に腹は代えられない。韓国もその権威主義的な体制とI T 技術の先進性を最大限活用し、早期にコロナ制御に成功しているとみられている。それが総選挙で文在寅大統領の与党が大勝した理由なのだろうが、これから最も必要となるのは経済回復で、韓国も最大の経済パートナーである中国との関係を強化しようとするのだろう。ここでも存在が薄くなりつつある米国との対比で、中国の存在はさらに大きくなっていくだろう。
 中国は経済の正常化を軌道に乗せたうえで香港や台湾、さらには南シナ海との関係でも一層強硬な措置をとっていく可能性が高いのではないだろうか。国際社会がこれにどれほど抵抗することができるのか。これも先進民主主義国どれだけ早く感染を終息させ、経済回復に向かえるのかに大きく依存している。当面は国際関係の戦略を考える余裕はない。

欧州はどこへ行くのか
 北部イタリアにはじまった新型ウイルス感染の爆発的拡大から欧州全域に感染拡大する間、欧州は思考停止状態に陥った。そもそも欧州統合の根本には自由な人の移動があり、感染防止の鍵は移動の制限にあったわけで、効果的な措置がとれないまま感染の爆発的拡大に至り、イタリアやスペインのような諸国における深刻な医療崩壊を招いた。それも当初の段階ではドイツやフランスといったE U の指導的立場にある国がマスクや防護服などの医療資材の囲い込みに走りこそすれ、イタリアなどの支援には消極的な姿勢をとり、E U の存在意義すら問われる事態であった。
 ようやくここにきて経済回復のための財政金融措置をめぐりE U の協力が進められつつあるが、いずれにせよ欧州統合は大きな危機に直面している。この間、コロナ危機への対処は各国の主権に任せられたわけで、各国が感染防止のために都市封鎖を含め強い措置をとったことが評価されているのか、殆どの国で首脳の支持率を大幅に引き上げる結果( 4 月上旬の時点でメルケル独首相7 9 % 、コンテ伊首相7 1 % 、マクロン仏大統領5 1 % ) に繋がっている。これが直ちに各国が自国の主権意識に回帰していくということを意味するわけではないが、B R E X I T とあわせE U の将来に不透明感が漂う。
 コロナ危機を通じても米国との関係は疎遠となっていく。米国が事前の調整もなきまま欧州からの入国制限に至ったこと、医療資材の囲い込み、W H O に対する措置など、トランプ大統領就任以来悪化してきた米欧関係が修復される見通しはない。中国に対する見方もコロナ危機を通じて厳しくなっていることは間違いがないが、中国が提供する経済的利益は無視できず、米欧関係が希薄となってく中で、欧州が米国に加担して中国との対立を選ぶという図式にはなっていかないだろう。

日本はどうする
 日本では欧州や米国のような感染爆発が起こっているわけではなく、未だ感染者、死亡者とも比較的には低いままだ。本来ならば日本はコロナ危機にうまく立ち回っていると評価されてもおかしくない。ところが国際社会においてはクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の処理において厳しい批判が行われて以降、日本の評価は高いものではない。
 日本国内においても、安倍政権への支持率が数%下降している。これは欧州各国において首脳への支持率が軒並み30 % 程度上昇しているのと好対照だ。これは日本では感染拡大がおこるまでこれだけ長い準備期間があったにもかかわらず、緊急事態宣言やそれに伴う外出制限、さらには医療崩壊を防止する措置が最近まで取られなかったことに対する評価なのだろう。しかし感染拡大防止措置の体制は整ったわけで、これから日本は何としてでも感染爆発を防止することに全力を挙げなければならない。そのうえで、日本には今後の日本の立ち位置をどうするのか考えていかなければならない。
 上に述べたように米国が一国主義をさらに深めていくこと、国際協調体制が崩れていくこと、米中関係が厳しい対決となっていくこと、米E U 関係がさらに悪化していくこと、米国のアジアにおける存在が希薄になり韓国やA S E A N 諸国が中国に取り込まれていくことから日本が失うものは大きい。そもそも、このような流れに抗することができるのは日本以外にはないのかもしれない。日本が意味ある役割を果たすためには、何にもまして的確な戦略が必要であることを銘記したい。

朝日新聞・論座
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020042200007.html
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