国際戦略研究所 田中均「考」
【ダイヤモンド・オンライン】世界でも⾒劣り、コロナ対応で露呈した「安倍⼀強体制」の⽋陥
2020年04月15日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長
危機でこそ問われる政治指導者の資質
⽇本についてこれほどに強い失望感を味わったことは記憶にない。外交官として多くの外交課題に関わってきたが、国を誤ることがないよう政治指導者を全⼒でサポートしたいと思ってやったし、仕えた政治指導者の多くも国家の⼤事では、政治的思惑を超え、国家のために何がベストか選択しようという強い明確な意識を持っていた。
今⽇、新型コロナウイルス感染拡⼤という戦後最⼤ともいえる国難にあって、⽇本の政治指導者が官僚、専門家の英智を結集して国⺠のために正しい判断をしているとは、私には到底思えない。コロナ問題についての安倍⾸相の記者会⾒も全て⾒たが、確信をもって国⺠に語り掛けるというよりも、政治的パフォーマンス以上のものとは受け取れなかった。基本的哲学とそれに沿った確信が⽋けていたのではないか。危機においてこそリーダーの資質が問われる。諸外国の指導者が「今は戦時だ」として感染拡⼤と医療崩壊防⽌のために国⺠に呼び掛ける姿と⽐較しても⾒劣りがする。
医療現場などの切実な声にあまりに受け⾝の対応が続いた
政府は7⽇、東京などの7都府県を対象にした緊急事態宣⾔を出し、同時に「総事業規模108兆円」という経済対策をまとめたが、政府の対応は押しなべて受け⾝であり、⼗分考え抜かれたものとは思えない。ニューヨークで働く多くの⽇本⼈医師が、ニューヨークの感染急拡⼤と医療崩壊の現実に触れ、「東京は3週間前のニューヨークを⾒るようだ」と切実な警告を繰り返し発し、医師会会⻑や現場の医師、感染症専門家が迅速に緊急事態宣⾔を発するべきだと⼀致して迫って、ようやく宣⾔に踏み切った。そして緊急事態宣⾔に従って⼩池都知事が幅広い業種に休業要請をしようとした途端、政府は2週間外出⾃粛の様⼦を⾒るべきとか、経済的悪影響が⼤きすぎるとして、休業要請の範囲を狭めようとしたという。⼀体、何を考えているのか、と問いたくなる。
欧州や⽶国の例を⾒ても、また最近の⽇本の感染者数の推移を⾒ても、感染が急拡⼤し、いずれ医療体制が崩壊していくのは⾃明だ。政策のプライオリティーは国⺠の外出を⽌め、⼈と⼈の接触を最⼩限とすることのはずだ。今、経済的悪影響を持ち出すのは理解できることではない。⼈と⼈との接触を⽌め感染を⽌める、それに必要な休業要請は幅広くする、そして休業を容易にするための補償を⾏う、打撃を受けた国⺠の⽣活資⾦の補填を迅速に⾏う、ということに尽きるではないか。むしろ⾏動が遅れれば遅れるほど経済への影響は拡⼤する。コロナ危機が収束すれば経済のダメージは必ず取り戻せるし⽇本経済はV字回復するだろう。しかし、⼈命は取り戻せない。
背景にガバナンスの崩壊 ⾒えない戦略構築の司令塔
⽇本が状況対応型の受け⾝の⾏動に終始し、能動的に道を開こうとしない背景には深刻なガバナンスの崩壊がある。安倍政権は「安倍⼀強」といわれ、官邸が圧倒的な⼒を⾏使してきた。官僚を⼈事で掌握し、忖度傾向を持つ官僚に指⽰をし、⽀配するのは容易なはずだ。国⺠は強い政権が危機を克服するために迅速な措置を取ってくれると期待していたはずだ。ところが政府が⼀体となって戦略を構築し、組織的に⾏動しているとはとても⾒えないし、戦略構築の司令塔も⾒えない。
「⽀持率維持」の政治的思惑で「経済優先」の対策
ガバナンスの⽋陥のひとつは価値判断の基準がおかしなものになっていることだ。政策を⾏う際の全ての起点は国⺠にどう映るか、⽀持率を上げるためにはどうするか、という政治的思惑がある。特に安倍政権への⽀持の中核にある「アベノミクス」を損なってはいけないという意識は極めて強い。株の急落に対して⽇本銀⾏が⼀層の⾦融緩和を⾏い、上場投資信託を⼤幅に買い増すといったような⾏動は迅速だ。新型コロナウイルスの感染拡⼤を防ぐ対策を打つとしても経済を損なってはならないという思いは強い。それが、緊急事態宣⾔が遅れた理由だろうし、経済財政政策担当⼤⾂を新型コロナ対策担当にした理由だろう。
側近中⼼の唐突な意思決定 PCR検査よりマスク配布
もうひとつの⼤きなガバナンスの⽋陥は意思決定プロセスにある。⾸相のリーダーシップを演出する狙いがあるからだろうか、意思決定がごく⼀部の側近のアドバイスに従って唐突に⾏われているようにみえる。⾸相が唐突に⾔いだしたイベント⾃粛要請や⼩・中・⾼校の休校要請は、専門家の助⾔なく⾏われた⼀⽅で、感染が拡⼤している国からの⼊国制限は実施時期は遅く、整合性を⽋いた。戦略性のない意思決定を最も象徴するのが、全世帯に布製のマスク2枚を配布するという決定だろう。経済産業省出⾝の「官邸官僚」の助⾔を⼊れて⾏ったとされるが、466億円の国費を使って裕福層を含めた全世帯に、それも数分で家庭でも作れる布製マスクを配布するという愚かさにはあきれる。配布が⾏われる頃にはマスクは希少品ではなくなっているだろう。
意思決定が組織的に⾏われていない例は、PCR検査の実施という感染拡⼤防⽌の⼀丁目⼀番地の政策にも⾒られる。⽇本の感染者数が諸外国に⽐べて⼤幅に低いのはPCR検査を幅広く⾏わないからだ。発熱やせきなど⼀定の基準をクリアしない限り検査してもらえず、何⽇も待ってようやく検査に⾏き着くという。安倍⾸相は記者会⾒で、これはキャパシティの問題であり1⽇に2万件の検査ができるよう目指すと発表した。だが、現実にはいまだ低い検査数にとどまったままだ。どうしてこうなっているのか、このことは国⺠にも⼗分には説明されておらず、謎に包まれたままだ。PCR検査の正確性の問題や、いったん陽性と判断されれば症状がなくとも⼊院となり、重症者の病床を奪う結果になるといった問題があり、むやみに検査を⾏うべきではないという理屈もわかる。だが他⽅で、PCR検査をしない限り、新型コロナ感染とは気づかずに他⼈に感染させてしまう可能性があるわけで、これは封じ込めなければいけない。だとすればPCR検査を幅広く⾏い、症状がない⼈は病院以外の施設に隔離し回復を待つということが正しい道筋ではないか。安倍政権では、こうしたことがきちんと議論され、国⺠に説明されて政策につながっているようにはみえない。
「安倍⼀強」のはずが指導⼒は発揮されず
逆に、真に政治のリーダーシップが必要なところでリーダーシップは発揮されていない。勇気を持って早い段階で国⺠の外出制限や企業活動の制限を⾏う、迅速に休業補償や⽣活⽀援を⾏う、といったことは通常の官僚的プロセスでは実現できず、リーダーの決断のみによって可能になる。収⼊が激減した⼈などへの⽣活⽀援である30万円の現⾦給付にしても、⼿続きを⼤幅に簡略化して、すぐに現⾦が得られるようにすべきだ。ところが、このことでも⾸相の政治的リーダーシップは発揮されず、批判が出てくれば、財務省が、厚労省が悪いという世論づくりが⾏われる。圧倒的な「安倍⼀強」体制であるにもかかわらずだ。
ごく最近のギャラップ調査によれば、「⾃国政府は新型コロナウイルスにうまく対処していると思うか」との問いに対して、⽇本で「うまく対処している」と答えたのはわずか23%で、調査対象の29カ国・地域中28位だったという(3⽉9〜22⽇実施)。60%を超える回答者が政府の対応に不満を持ち、これは27位の⽶国の42%に⽐べても極めて、国⺠の不満は強い。国際社会の⽇本を⾒る目もダイヤモンド・プリンセス号への対処ぶりに始まり、評価は低い。東京の⽶国⼤使館は「⽇本では感染者の割合が正確に把握できず、医療システムがどのように機能するか予測できない」として⾃国⺠に帰国を呼び掛けている。
重要なのは景気対策ではない ⼀丸になって医療崩壊を防げ
ようやくここへ来て国⺠の外出制限と企業活動⾃粛により、感染の急拡⼤を防⽌する枠組みは作られたが、感染者数はピークに向かって今しばらくは増えていくことになるだろう。今後、最も深刻な懸念は医療崩壊だ。官⺠挙げて医療崩壊問題に取り組まなければいけない。イタリアやニューヨークで起こっていることは間違いなく⽇本で起こることだ。すでにあちこちで院内感染も起こりだしている。病床が⾜りない、集中治療室(ICU)が⾜りない、医師・看護師が⾜りない、⼈⼯呼吸器が⾜りない、医療防護服が⾜りないといったことが現実になってくる可能性がある。相当なスピード感をもって医療崩壊問題に取り組まないと間に合わない。
緊急経済対策として今、必要なのは景気対策ではなく、医療崩壊を阻⽌するための予算であり、⼈員の集中的投⼊だ。軽症者を隔離できる施設をできるだけ多く確保しなければならない。ホテルが最も好ましいが、ほかにも転⽤可能な公共の施設は多いはずだ。政府が⾏うべきは布製マスクを国⺠に配ることではなく、補助⾦を投⼊し医療⽤マスクや防護服の⽣産、⼈⼯呼吸器の増産を実現することだ。必要な⾃動⾞メーカーなどの協⼒を妨げている規制があれば⼀時的にも緩和しなければならない。感染症や呼吸器関連を専門としない医師・看護師、あるいは⽐較的余裕がある地域の⼀部医療従事者も動員しなければならないだろう。イタリアでは新型コロナで死亡した国⺠の相当数は医療関係者だというが、彼らの感染を何としてでも防⽌し、感染した場合の優先的治療措置を考えるべきだろう。政府は108兆円というかつてない事業規模の対策を決めたとするが、重要なのは、⾒せかけの事業規模ではなく内容だ。
今は感染拡⼤防⽌と医療崩壊の阻⽌が最⼤のプライオリティであり、経済再建の準備は必要だが、それは次のフェーズだ。国⺠の命が関わる問題であり、与野党は超党派で協⼒を進めてほしいと思う。感染を防⽌し医療崩壊を防ぐため、政府だけでなく資⾦⾯でも⼈員⾯でも⺠間の協⼒を仰ぐべきだ。休業要請の対象や補償の問題以外にも、政府と東京都などの地⽅公共団体との不協和⾳が伝えられるが、⾔語道断だ。また7都府県以外にも他の道府県が緊急事態宣⾔の対象地域への指定を望めば対象に加えられるべきだ。政府は対象を広げ私権を制限する措置をとることには消極的と伝えられるが、これも考え⽅の整理が必要ではないか。新型コロナ感染症対策という国⺠の⽣命にかかわる問題で効果的と考えられる措置については、よほど基本的⼈権を蹂躙するような措置でない限り国⺠にも理解されるだろう。
危機克服、1カ⽉間が正念場「政治」棚上げを
これから1カ⽉、⽇本は真に深刻な局⾯に⼊る。政治指導者は「政治」を棚上げし、国にとって最も適切な施策を躊躇なく実⾏に移してもらいたいと思う。 ⾸相、官房⻑官を中⼼とした危機管理体制を再構築してほしい。そして国⺠も⼀丸となって危機を克服する努⼒を重ねなければならない。
ダイヤモンド・オンライン 「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/234679