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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【中国情勢月報】
中国は「内憂外患」を克服できるか

2020年06月25日 副理事長 高橋邦夫


時計の針を少し元に戻して見よう。昨年の大みそか、習近平・総書記は恒例の国民向けの「新年賀詞」をテレビで発表し、2020年を「里程標としての意義を有する年」であると位置づけ、①全面的に小康社会を建設し、第1の百年の奮闘目標を実現する年(注1)、②貧困脱却の戦いで必勝しなければならない年(注2)、とした。

 それから僅か20日、1月21日付『人民日報』が第1面トップで、習近平総書記が新型コロナウイルス感染状況に関して重要指示を発出したと報じた。その後の新型コロナの中国国内での感染拡大、更には世界中への拡大は今更言うまでもない。

 その重要指示発出から4カ月、世界の多くの国々が未だ新型コロナ感染に苦しむ中、中国は当初の感染拡大の中心・武漢市の「封鎖」などを通じていち早く感染を抑え込み、5月22日には約2カ月半遅れで、今年の「全国人民代表大会(全人代)」を開催した。
この小論では、今年の全人代を通じて明らかになった中国が直面する「内憂外患」について考えてみたい。

1.「成長目標」なき経済の目標

全人代の注目点は、時の首相が発表する「政府活動報告」の中で示すその年の経済成長目標であるが、今年李克強首相はそれを示さなかった。新型コロナ禍で第1四半期の成長率がマイナス6.8%であったことを考えると、「示せなかった」というべきかもしれない。その代わり、李克強首相は、「国民の就職、基本的な民生、及び市場の主体の3つの保証を任務とする」と発表した。これを踏まえて、今年の中国、特に各部門・各地方の責任者は何を目標とするのかを読み解いてみよう。

(1)社会不安を生まないための就職の確保

 2月半ば以降、中国で新型コロナの感染状況が徐々に落ち着き始める中、明らかになったことは、国有企業に比べ中小企業や民営企業の回復の遅れであり、工場の閉鎖も起きている。一方、「政府活動報告」の中で李克強首相が触れている通り、今や中小・零細企業は就業の90%以上を引き受けている。これまで南部や沿岸部に出稼ぎに出かけていた内陸部出身の労働者が工場閉鎖や操業再開の遅れに伴い帰郷し、地元政府に働き口を求めて陳情する様子がSNSを通じて拡散されたりもしている。失業者の増加が見込まれる中、彼らに新たな就職先を用意することは、各地方の指導者、そして中国共産党・政府にとって社会不安を生まないための、そして共産党政権への批判を起こさないための最重要施策である。そのため中国政府は、再就職を含む就職促進のための職業訓練を今年・来年の2年間で計3,500万人/回、行うとしている。また、史上最多の874万人に上る今年の大学新卒者に対して、中国政府は就職口の斡旋をするだけでなく、起業を補助し、更には大学院への進学までを奨励して、社会の中に「居所のない」人口を作らない努力をしている。

 こうしたことを踏まえると、各地方の指導者がまず取り組むことは、失業者を出さない努力をし、あるいは失業した民衆が集団でデモや陳情を行い、それがSNSなどで報じられることを防ぐということではなかろうか。

(2)景気刺激策は地方指導者への「誘惑」とならないか

 2008年のリーマン・ショック時、中国政府は4兆元(当時の邦貨換算で約60兆円)の財政出動を行い、これは世界経済の下支えにも貢献したとして評価されたが、国内的には今日にまで到る地方政府の不良債権問題を引き起こした。そうした苦い経験に基づき、中国政府は今回の新型コロナの影響を受けた経済立て直しのため、税金・社会保険費の減免措置などを含むきめ細かな対応を示している。

 しかし、それと同時に地方政府の専用債券(地方特別債)の発行額を昨年よりも1兆6,000万元多い3兆7,500万元に増額している。また、新型コロナ感染の影響を踏まえた1兆元の新型コロナ対策特別国債の発行も決めた。更に、従来は3%以内に収めることが必要として来た財政赤字幅を3.6%以上にまでに許容するとした。こうした施策が、放漫な財政支出や財政規律の緩みを生まないか、全人代開催が遅れた結果、これら施策の執行期間が今年は半年であることを踏まえると、心配は残る。香港紙は4月初めの段階で既に、福建省・安徽省などの例を示しつつ地方政府が中央政府の財政刺激策を期待して数多くの鉄道建設などのインフラ建設プロジェクトを用意していると報じている。

(3)「所得倍増」は無理か

 最近、中国の経済専門家は「政府活動報告」の中で示された今年の就業者目標数900万人、都市部失業率目標6%などから計算すれば、3%前後の経済成長が必要としている。李克強首相は5月28日の全人代閉幕後の内外記者会見で、今年通年ではプラス成長にすることに自信を示した。6月8日に世界銀行が発表した世界の経済成長率では、今年の中国の成長率をプラス1%と予測している。

 しかし、これらの数字はいずれも、全面的な小康社会の建設を数字で示した「2020年の所得の対2010年比倍増目標」達成に必要と中国政府自身が今年初めに示した5.6%成長には遠く及ばない。 新型コロナウイルス感染拡大という思いもよらない事態が引き起こした経済への計り知れない影響が、経済成長の維持を自らの統治の正統性の根拠にしてきた共産党政権にどのような意味を持つか、習近平政権の「内憂」は続く。…

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【中国情勢月報】中国は「内憂外患」を克服できるか(PDF:602KB)


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