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国際戦略研究所 田中均「考」

【朝日新聞・論座】アメリカの道義的凋落はどこまで続くのか。世界はどう向き合う?

2020年06月19日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 今⽇の⽶国は11⽉の⼤統領選挙に向けての混乱で選挙が終われば状況は変わる、と⽚付けてしまえないところにきている。トランプ⼤統領の政治指導者としての⾔動やコロナの衝撃はアメリカの深刻な分断を⾚裸々に⽰し、⼈種差別廃⽌や性的少数者の保護、表現の⾃由といった⺠主主義の下で重要と考えられてきた概念が脅かされている。⽶国社会はこれらにどう向き合っているのだろうか。⼤統領選挙に決定的な影響を与えるのか。
 さらに諸外国は「アメリカ・ファースト」を貫こうとするトランプ⼤統領にどう向き合っているのか。距離をとろうとする国もあれば、膨⼤な武器の購⼊などでトランプ⼤統領の意に沿おうとする国もある。アメリカの道義や権威は損なわれているが、どこまで凋落していくのだろうか。それにどう向き合っていくべきなのだろうか。特に⽇本がどうしていくかは⼤変重要となる。

アメリカの⺠主主義は未だ健全?
 5⽉25⽇、ミネソタ州ミネアポリスで事件は起きた。⽩⼈警官が偽造紙幣使⽤容疑者の⿊⼈の⾸を膝で押さえ窒息死させた。世界中の⼈が動画を⾒たのだが、この動画を⾒る限り⽩⼈警官による⿊⼈虐待が⾊濃く感じられる。
 瞬く間に抗議デモが全⽶各地で発⽣し、⼀部では暴徒化、略奪事件も起きた。激しい抗議デモの全⽶への広がりの背景には、新型コロナウイルスに感染し、死亡する国⺠の中で⿊⼈の割合が⼤きく、その理由として⿊⼈の多くは感染予防策が⼗分とれない底辺の労働者であることや⼗分な医療が受けられないことへの鬱積した不満があると⾔えるのだろう。新型コロナがもたらしている⽶国社会の分断が如実に表れていると⾔える。
 トランプ⼤統領は⼈種差別の糾弾やデモの鎮静化を呼び掛けるよりも、これら暴徒を「アンティファ( 過激派左翼 )」や「テロリスト」と称し、警察・州兵による取り締まり、さらには連邦軍の出動などによる実⼒⾏使を訴えた。
 これに対してアメリカ社会の反応は健全であるように⾒える。世論調査では64 % が抗議デモに同情すると答え(27 % が反対)、実⼒⾏使を訴えたトランプ⼤統領の⽀持率は過去最低に近い38 % に落ち込んだ。さらにエスパー国防⻑官やミリー統合参謀本部議⻑は連邦軍の使⽤は憲法違反の恐れがあるとして懸念を表明した。共和党G W ブッシュ⼤統領を含む歴代⼤統領は⼈種的平等性を求める抗議声明に名を連ねた。
 またL G B T (性的少数者)保護を巡る問題もトランプ⼤統領の下で後退が懸念されてきたが、ここでもその流れを変える最⾼裁判決が6 ⽉1 5 ⽇に出された。最⾼裁は職場でのL G B T の⼈々に対する差別的な扱いは、性別に基づく差別を禁じる公⺠権法に反するという歴史的な判断を⾏った。現在の最⾼裁9 名の判事のうち過半数は保守派となっており、この判決は保守派2 名の賛成で可能になったものだ。

⼤統領選挙がリトマス試験紙
 果たしてこのような⽶国内情勢は1 1 ⽉の⼤統領選挙に反映されることになるのだろうか。常識的に考えれば移⺠社会⽶国において⼈権の擁護を軽んじるかのような⼤統領の再選はないと考えるのが⾃然だろう。現にトランプ対バイデンの⽀持率の差は最近の状況下で拡がってきており、バイデン4 9 . 8 % 対トランプ4 1 . 7 % ( リアル・クリア・ポリティクス調べ) とほぼ8 % の差がついている。
 ただ、⼤統領選挙は国⺠の⼀般投票で決まるものではない。2 0 1 6 年⼤統領選挙でのヒラリー・クリントンも2 0 0 0 年のアル・ゴアもいずれも⼀般投票で勝利したが、各州の投票で選出された選挙⼈の数で敗北している。
 従って全国的な⽀持率で有利であっても所謂「激戦州」の勝敗の⾏⽅が重要な意味を持つ。今回の⼤統領選挙では、アリゾナ、ウイスコンシン、ミシガン、ペンシルバニア、ノースカロライナ、フロリダなどが激戦州と⾔われているが、今⽇の時点では押しなべてバイデン有利の世論調査となっている。
 これがそのまま1 1 ⽉の⼤統領選挙につながると考えるのは早計のようだ。トランプ⼤統領について他の⼤統領と⼤きく異なるのは、⼤統領就任以降の平均⽀持率は4 0 % 前半で安定していることだ。個々の問題について批判はあっても「トランプ的」なるものに対する⽀持は極めて堅固だということが出来る。⼈種差別やL G B T 問題についても保守層の中には表⽴ってはともかくトランプ⼤統領に共感する⼈々が少なくない。そのような⼈々は実際の選挙に際してはトランプ⼤統領に投票する可能性がある。
 トランプ⼤統領の選挙戦術は決して中間層をターゲットとして主張を穏健化する訳ではなく、むしろ⽩⼈、労働者、富裕階層が共鳴するような⾃⼰の主張を偽らず展開することなのだろう。その結果、貧困層と富裕層、⽩⼈と非⽩⼈、保守とリベラルなどの分断はますます激しくなるという事だろう。
 もし今⽇の明らかな劣勢にかかわらず、トランプ⼤統領が巻き返し勝利する結果となれば、⼆期目のトランプ⼤統領は信任を受けたとしてこれまでの路線を歩み続ける。⽶国が⺠主主義社会のモデルと考えられる時代ではなくなる。対外的にはトランプ⼤統領の対外政策の根幹をなしている「アメリカ・ファースト」もさらに推し進めていく事になるのだろう。これまで諸外国はトランプ政権にどう向き合ってきたのだろうか。

アメリカとの距離感が異なってきた
 中国やロシアなど利益が相反すると思われる諸国との対⽴はさらに厳しくなっていくのだろうが、同盟国との関係はどうなのか。
 これまでも同盟国の間の対⽶姿勢の違いは徐々に鮮明になってきていた。⽶欧関係は悪化し続けてきた。とりわけトランプ政権がN A T O 欧州同盟国に対する防衛義務を曖昧化する⼀⽅で防衛負担の拡⼤を要求していることが摩擦の根底にある。
 また、I N F ( 中距離核戦⼒全廃条約) からの⼀⽅的撤退、イラン核合意からの撤退など中東での⼀国主義、地球温暖化防⽌パリ協定やU N E S C O 、W H O など国際機関からの撤退など「アメリカ・ファースト」の⾏動は欧州と相いれない。メルケル独⾸相はこのようなトランプ政権に対して厳しい目を向けているが、⽶国はこれに対する揺さぶりなのか、在独⽶軍の削減を検討していると伝えられる。
 トランプ⼤統領との関係を重視し、⽶国の意向に寄り添っている同盟国はサウジアラビアと⽇本だ。サウジアラビアはトランプの中東戦略の中⼼的存在であり、トランプの最初の外国訪問地としてサウジアラビアは⽶国から⽇本円にして約1 2 兆円という膨⼤な武器購⼊に合意した。また先般来の原油⽣産調整問題についてもサウジは⽶国の強い要請で減産に応じざるを得なかった。⽇本も安倍⾸相のトランプ⼤統領との緊密な関係は群を抜き、T P P を⼀⽅的に抜けた⽶国との貿易協定の締結や膨⼤な武器の購⼊など対⽶配慮は凄まじい。
 勿論、欧州と⽇本やサウジアラビアとの客観的な戦略状況は異なる。欧州は⼆国間の安保ではなくN A T O という集団的⾃衛機構による安保であり、またE U という共同体の⼒もあり、⽶国との関係でも⾃⼰主張を⾏いやすい。
 他⽅、サウジアラビアはイランやイスラエルとの間で抑⽌⼒を維持するためには⽶国との同盟関係は圧倒的に重要だ。⽇本についても中国とロシアなど核保有国に囲まれ、核を持たない⽇本は核抑⽌⼒を含め、⽇⽶安保という⼆国間の安保体制に依存せざるを得ない。集団的なものに⽐べ⼆国間の安保体制では⽶国と⼀体化しようとする⼒は働くが、距離を置くのはなかなか難しい。かくて安倍⾸相のトランプ⼤統領に寄り添う作戦も⽇本の国益にかなうという⾒⽅はできる。
 ただ、⽇本の置かれた地政学的状況からして同盟国として対⽶配慮は必要としても⽶国に唯々諾々と従うという事であってはならないのだろう。特に最近のトランプ政権に顕著な多国間体制からの撤退をふくめ⽶国が世界のリーダーシップの座を降りていく事は⽇本の国益を毀損する。
 これから⽶国で⼤統領選挙が熱を帯び、トランプ⼤統領が対中政策などを⼤統領選挙のカードとして使い始めれば⽶中対⽴は抜き差しならないところに来る。⽇本の政府がトランプ、バイデンのどちらか⼀⽅を⽀援するというわけにはいかないが、⽇本に⼤きな影響が出てくる対外関係についてはモノを申さなければならない。⽇本にとっては⽶中の衝突といった事態は避けなければならないし、このためには⽶中双⽅に対して⽇本が外交の⼒を発揮しなければならない。

朝日新聞・論座
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020061700005.html

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