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国際戦略研究所 田中均「考」

【朝日新聞・論座】検察庁法改正問題の本質を見よう

2020年05月27日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 検察庁法改正案は今国会での審議が断念され、賭け⿇雀問題で⿊川弘務東京⾼検検事⻑が辞任した。しかしこれで問題が決着した訳ではなく、国家公務員及び検察官の定年延⻑問題がこれからどう取り上げられていくのかは今後の展開を待たなければならない。ただ政府が提出した検察庁改正法案は、国の統治の在り⽅について深刻な問題を提起している。それは、政治権⼒が検察や警察といった強制⼒を⾏使する⾏政組織へ⼈事⾯で介⼊を強めることによって、組織の政治的中⽴性が損なわれ、捜査や公訴が政治により歪められる危険があるのではないかという問題だ。
 このような重要課題がコロナ危機の中で、かくも拙速に処理されようとしたのは驚きであり、理解を超える。そして法秩序を維持していくうえで先頭に⽴つべき最⾼位の検察官と権⼒を監視する役割を持つメディア関係者がコロナ緊急事態宣⾔下で賭け⿇雀に興じたこと、それが社会に与えたインパクトを無視し緩い処分だけで終わらせ、だれも責任を取ろうとしない内閣を⾒るにつけ、強い苛⽴ちを感じる。強⼒な政権だからこのような乱暴なことが出来るということか。ここでは改めて「そもそも論」に⽴ち返り、問題の所在と今後のあるべき姿を解き明かしてみたいと思う。

強制⼒の恣意的⾏使は防がなければならない
 ⺠主主義的の下で、⽇本の場合は歴史的教訓も踏まえ、強制⼒を⾏使する警察や検察等の⾏政組織については権⼒の過剰的、恣意的⾏使を防ぐ適正公平な仕組みを持つことの必要性が強く認識されてきた。それには⼆つの側⾯があることを忘れてはならない。
 ⼀つは組織が⺠主的にコントロールされることだ。本来、警察や検察は客観的な捜査を⾏い起訴の判断を⾏うことが想定されているが、時として組織防衛などのために暴⾛する可能性がないわけではない。2 0 1 0 年には⼤阪地検特捜部主任検事が証拠を改ざんした事件が起きた。強⼤な権限を持つ警察や検察は⾏政府の⼀員として内閣に監督されなければならない。
 ⼆つ目には、警察や検察は議員や政治指導者も捜査の対象とするわけで、時の政治権⼒がその政治的利益のために組織を恣意的に利⽤するのを防がなければならないことだ。そのためには⼀定の独⽴性、政治的中⽴性が担保されなければならない。
 内閣による⺠主的監督と独⽴性・政治的中⽴性の維持は⽭盾する場合がある。これは制度的に解決するのは難しく、そこでこそ必要となるのは、政治指導者と官僚双⽅の矜持ではなかろうか。警察組織については⺠主的運営と政治的中⽴性を担保する仕組みとして国家公安委員会が設置されている。警察組織を管理する国家公安委員会は、委員⻑に国務⼤⾂を擁し、内閣総理⼤⾂が任命する各界有識者5 名の委員で構成され、警察幹部⼈事や懲罰などの権限を有する。
 安倍政権下で従来の建て付けと⼤きく異なるのは、官邸における警察官僚ないし警察官僚O B のプレゼンスが⼤きくなったことだ。従来、内閣調査室⻑や秘書官など数名だったものが、今⽇、内閣官房副⻑官、国家安全保障局⻑、内閣情報官、内閣危機管理監といった官邸中枢の要職を占めている。勿論、各⼈の専門的知識と能⼒に基づき選任されているのだろうが、官邸と警察の距離は縮まる。その様な⽴て付けが官邸の警察に対する介⼊を容易にするといった誤った印象を社会に与えないようにすることが⼤変重要だ。

検察を監督する微妙なバランス
 検察庁は公訴権をほぼ独占し、捜査権を有する準司法機関である。検察が訴追に関する揺るぎない判断を⾏うためには検事総⻑をトップとする指揮命令系統が確⽴し、組織として⼀体化していることが重要とされる。
 勿論、検察は⾏政組織の⼀部であり、法務⼤⾂の監督のもとにある。従って検察の⼈事も内閣の監督下で⾏われるが、⾏政組織の中でも特に検察については政治的中⽴性が重んじられてきた。歴代内閣は、恣意的な政治的介⼊ととられぬよう極めて抑制的に⼈事権を考え、検察の⾃⽴性を守ってきた。個別事件について捜査、訴追するか否かの判断に関しても、法務⼤⾂は検事総⻑に対してのみ指揮権を発動できることとなっている。指揮権発動は公に明確な政治的介⼊と認識されるため、これまでは極めて抑制的に捉えられ、実際に発動されたのは1 9 5 4 年の造船疑獄事件で⽝養法務⼤⾂が検事総⻑に対して佐藤栄作⾃由党幹事⻑への逮捕請求を無期限延期させた⼀例のみだ。
 ⼀⽅で検察の訴追権の⺠主的監視という意味合いで、個々の起訴、不起訴の判断の妥当性について不服があった場合には、有権者から無作為に選出された1 1名の国⺠からなる検察審査会で審査が⾏われることになる。また検察官の⾝分保障も厳格で検察官の適格性や罷免の勧告は検察資格審査会によって⾏われる仕組みだ。このように検察が独善的にならないよう⺠主主義的チェックを効かせるとともに、政治権⼒による検察への不適切な介⼊を防ぎ政治的中⽴性を担保するという極めて微妙なバランスの上で検察組織は成り⽴ってきたのである。

法改正が提起している問題の本質
 ⿊川検事⻑の定年延⻑や検察庁法の改正案の最⼤の問題点は、⺠主主義的統治の基本的な要素として制度が構築され、それが歴代内閣によって重要視されてきたにもかかわらず、唐突かつ⼗分な吟味なきまま制度の変更を⾏おうとしたところにある。
 これまでは検察官の定年は検察庁法で規定され、国家公務員法の適⽤は受けないと解釈されてきた。その解釈を変更し、国家公務員法の適⽤を受けるものとし、⿊川検事⻑は検察庁法で規定された6 3 歳を超えて本年夏までの定年延⻑が閣議決定された。ところが、このように重要な解釈変更でありながら⼝頭で了承され、何の記録も存在しないという。
 そのうえで政府が国家公務員法の改正と抱き合わせで国会に提案した検察庁法改正案によれば、検察幹部の役職定年の延⻑は内閣の裁量によって認められることとなる。これでは政治権⼒による不当な介⼊に繋がる余地があるとして反対が強いのは当然ではないか。
 時の政治権⼒が彼らにとって都合の良い検察幹部を枢要な部署に配したいと考えても不思議ではなく、また検察官側が政治権⼒に対して忖度する図式にもなり得る。これによって、検察の政治的中⽴性を担保するために組織の⾃⽴性に任されてきた⼈事制度の基本が崩れるというわけだ。
 法務⼤⾂の検事総⻑に対する指揮権の発動という機微で世論の反発を買いかねない政治介⼊よりも、政権にとって好ましい検事総⻑をあらかじめ任命しておくことが利⼝なやり⽅と考えられているのだろうか。

さらにその背景には官僚の忖度体質がある
 検察官も他の官僚幹部と同様、⼈事⾯で官邸の介⼊が強くなればなるほど忖度が⾏われ、政権に都合が良い⾏動をとるという傾向が出てくる余地がある。「森友」、「加計」、「桜を⾒る会」など総理⼤⾂を巻き込む事件に官僚たちが忖度をし、結果的には記録の消去や改ざんに繋がっていったと考えられている。
 今度は検察幹部が時の政治権⼒に忖度し、法に基づき適正に訴追するのを躊躇するような事態を⾒たくはない。要するに検察幹部も他の官僚幹部と同様内閣が任命するということは事実なのだが、不当な政治的介⼊とみられないためにも、検察⼈事について政治は抑制的に考え、検察の⾃⽴性に委ねるというのが重要な点であったのだ。これを損ねてはいけない。
 仮に検察庁法改正案が可決されたとしたら、安倍政権が検察幹部の定年延⻑を必ず官僚コントロールの⼿段として使うだろうということを意味しているわけではない。法律に基づく制度を作ってしまえば、どの政権でもそういう⾏動をとる誘惑にかられることになることを懸念しているのだ。
 同時に他の省庁の幹部⼈事についても内閣⼈事委員会の審査基準が明確ではなく、往々にして官邸の恣意的な⼈事が⾏われているのではないかという疑念を⽣んでしまう。そういった疑念を払しょくするうえで、より明確な⼈事評価基準を明⽰し、透明性を持った形で⼈事を検討していくべきではないか。それが官僚の忖度を防ぐうえで重要なのではないか。勿論、政治権⼒が国家のため公正な⼈事をする意思を持つことがまず⼤前提なのだが。私はこのような議論が、何故与党である⾃⺠党や公明党の中から出てこないのか不思議でならない。
 こういう⺠主主義の⼤原則に触る問題について⾃⺠党や公明党で喧々諤々たる議論が⾏われたのは、もう過去のことなのか。政治権⼒が強⼤となると⺠主主義的原則すら軽く扱われるということか。強い官邸の前に⼀糸乱れぬ⾏動をとることが、今⽇の政党政治の姿なのだろうか。それを有権者は了とするのだろうか。

朝日新聞・論座
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020052500008.html
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