国際戦略研究所 田中均「考」 【日経ビジネスコラム】 直言極言 国際政治-今後世界が背負うリスク- 2013年11月11日 田中均『日経ビジネス』2013年11月11日号P.158コラム「直言極言」から転載国際政治-今後世界が背負うリスク-世界の不安定化のリスクは時とともに変わっていく。冷戦時代の米ソ衝突は、両国が大量の核兵器を保有し、双方の殲滅につながる「恐怖の均衡」によって抑止されてきた。冷戦後の世界は当時、国際政治学者が述べたように、それまで抑止されてきた民族・宗教・領土などに関連した紛争がリスクとなり、現に湾岸戦争やユーゴスラビア紛争が勃発した。ただ、圧倒的な軍事力を持った米国の一極体制の下で、数多くの紛争が抑止されたのも事実だろう。21世紀の世界的リスクは、2001年の同時多発テロに象徴されるテロや大量破壊兵器拡散である。テロリストや宗教原理主義者など非国家主体がリスク要因として登場した。では、今後、国際社会が背負うリスクは何か。それは、世界の構造が変化したことに伴うものであろう。国境を越えて資本・技術・人・モノが移動していくグローバリゼーションは、中国やインド、ブラジルといった新興国の台頭を後押しした。一方、テロとの戦いに加え、正統性が疑われたイラク戦争が長期化したことで、米国は疲弊し、政治的な求心力も減退していった。力のバランスの変化はリスクを生む。ドイツや日本の台頭が世界大戦につながったように、新興国の台頭が既存の大国との衝突を生むと見る学者もいる。また、中国の習近平国家主席は「大国間のウイン・ウインの関係」を主張する。だが、南シナ海や尖閣諸島での中国の行動や、北朝鮮、イラン、シリアにおける意見対立を見ると、そんな大国関係を展望するのも難しい。<国内課題の先鋭化>世界が抱えるもう1つのリスクは、各国の国内統治が困難になってきたことである。中国は経済成長が鈍化していけば、国内所得格差、環境悪化、食の安全、汚職腐敗といった社会問題が火を噴き、共産党政府に対する批判・不満が高まるだろう。政府がこのような不満のターゲットを外に向ける傾向があるのは周知のことである。米国でも、政府機能の停止や公的債務上限引き上げ問題を巡る議論によって、政治が2極化して超党派による解決が難しくなっている実態を露呈した。またシリア問題は、米国が軍事行動に出るハードルが高くなっていることを世に示し、「抑止力の低下」もささやかれる。 欧州も緊縮財政によって失業者が増え、国民の不満が高まり、極右政党が台頭してきた。移民の排除、はたまた欧州連合(EU)分裂の兆候さえ示し始めている。日本も失われた20年を通して蓄積されたフラストレーションと、政権交代の結果に対する失望が社会の保守化を促した。このまま経済再生が進まなければ、内向きの傾向がさらに強まりかねない。こうしたパワーバランスの変化と国内統治の困窮に加え、今後は、理想と現実のギャップに直面するだろう。チュニジアから始まった「アラブの春」は、専制政治を崩し、民主化を進める大きな息吹と思われた。しかしその後、シリアやエジプトで起きていることは、民主主義革命とはほど遠い。宗教対立が続き、イスラム原理主義の影響を強く受けた勢力が目立ち始め、混迷の度を深めている。安定した民主主義社会の構築という理想に向け、外から支援し、時として介入するような能力や意欲は、国際社会で薄れていくかもしれない。民主主義の価値感に基づく国際統治が弱まり、対立と抑圧が支配する混乱した世界になることを押しとどめることは、果たして可能なのだろうか。