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国際戦略研究所 田中均「考」

【日経ビジネスコラム】
直言極言-対中国でもTPPは必須-

2012年03月26日 田中均


『日経ビジネス』2012年3月26日号p.152 コラム「直言極言」から転載

対中国でもTPPは必須

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を巡り、日本と交渉メンバー9カ国の事前協議が行われている。米国、オーストラリア、ニュージーランド以外の6カ国は日本の参加に合意しているようである。日本は自身の意思を明確にしなければならない。

TPPに対しては、農業などの自由化進展に反対する人々や、米国の圧力により日本の制度が崩壊すると叫ぶ人々の声が大きい。根底にあるのは変化に対する強い恐れだろう。だが、日本がこのまま変化を拒絶し、農業改革を怠り、財政危機に目を背け、少子化への対策を欠いていけば、日本の「失われた20年」が「失われた30年」となるのは目に見えている。

TPPへの参加は単に自由化のメリットを享受するだけでなく、中長期的な展望を拓くきっかけとなる。それを理解するには、TPPの戦略的な意味を知らなければならない。

<東アジアの新しいルールを作れ>

日本の将来の繁栄は、大きく成長する東アジアの活力を生かすことができるかがカギになる。東アジアが中国の軍事的拡張や「国家資本主義的」経済活動に脅かされるのを回避しなければならない。安全保障と経済の両面で急速な大国化の道を歩む中国と建設的に向き合うことこそが、日本の最大の戦略的課題である。

安全保障面では、中国は東シナ海や南シナ海での活発な海軍活動や急速な軍備の近代化を進めている。これに対し米国は、「アジアへの回帰」と言われる戦略変更の下、オーストラリアへの海兵隊配置やシンガポールへの戦艦配備、東アジア首脳会議への正式参加など、東アジアにおけるプレゼンスを拡大した。日本も普天間問題を相対化し、米国との中長期的な安保体制について早急に協議を進めなければならない。

その一方で、飛躍的に拡大していく相互依存関係を見れば、中国を疎外して利益が得られるわけではない。まずは、貿易経済面でこの地域に明確なルールを確立し、中国を関与させていくことが必須となる。TPPの最大の戦略的意義はここにある。

10年後、20年後の世界を考える時、世界第1位の経済大国となるかもしれない中国が、どのようなルールの下にあるのかは致命的に重要である。中国が開放的で自由な市場メカニズムを拡大していくためにはTPPがモデルとなる。

現在、交渉が継続している分野は、自由化のほか、知的財産権、政府調達、労働、環境、紛争解決といった自由貿易経済体制の基本的ルールを定めるものである。この中には国営企業の定義や行動ルールも含まれる。

中国が現時点でTPP交渉に参加することは、国内の法体制から見て現実的ではない。だが、日本も参加したTPPが成立すれば、これは環太平洋のルールとなり、将来、必ずや中国は参加せざるを得なくなる。

日本の利益は明確である。日本はできるだけ早くTPP交渉に参加し、この地域の経済・貿易のモデルとなるルール作りに参画しなければならない。実態的な経済利益から見れば、東アジアの経済統合を進めることも重要で、日中韓の経済連携協定や東アジア16カ国の地域経済連携協定の交渉に向けリーダーシップを発揮すべきである。

TPPに参加し得ないということになれば、日本の経済・社会の沈滞化は加速度的に進むだろう。「決断できない日本」「変化できない日本」「戦略観の欠けた日本」というイメージが国際社会に定着するだけではなく、変化への大きな機会を喪失するのは、誠に残念なことである。
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