国際戦略研究所 田中均「考」 【日経ビジネスコラム】 直言極言-米国と防衛戦略の協議を- 2012年01月09日 田中均『日経ビジネス』2012年1月9日号p.112 コラム「直言極言」から転載米国と防衛戦略の協議を 日本を取り巻く安全保障環境は過去数年で大きく変化した。そして、北朝鮮金正日総書記の死去である。軍が中核の北朝鮮の統治体制において金正日総書記という重しが欠けた今、果たして若く経験のない金正恩氏の下で軍が一枚岩となるのか。核やミサイルという大量破壊兵器を保有する北朝鮮情勢は当面の最大の安全保障課題であり、情勢を見極める必要がある。 中長期的には、中国の急速な台頭とこれに伴う軍事能力の拡大と近代化、東シナ海や南シナ海における海洋軍事活動の活発化が安保環境の変化を生んでいる。中国は米国の軍事的接近を否定する戦略を取り、ステルス航空機や航空母艦を破壊し得るミサイルなどの開発に取り組んでいるとされる。 これに対し米国は「エア・シー・バトル構想」の下で海・空の戦力強化、海兵隊などの陸上部隊の移動と分散化に取り組んでいると考えられる。先般、発表された海兵隊2500人のオーストラリア北部ダーウィンへの展開決定やシンガポールへの戦艦2隻の配備はこのような戦略構想の一環だろう。 他方、米国の今日の最大の政治課題は財政赤字である。共和党によって聖域視されていた国防予算も、小さな政府を原理主義的に標榜する茶会党の出現で、厳しい削減圧力にさらされている。バラク・オバマ大統領は、アジア太平洋のプライオリティーは高く、国防予算削減の影響を受けないようにする趣旨の発言をしたが、実際問題としてアジア太平洋における米軍の前方展開予算も厳しく吟味されるのだろう。<辺野古移設にこだわるな> 現に2006年の日米合意に基づく海兵隊8000人のグアム移転予算は議会により全額削除された。もちろん、米側には普天間飛行場移設と海兵隊のグアム移転はパッケージであり、普天間飛行場の辺野古移転が動かない以上、予算措置を講ずる必要はないという論理はある。しかし、グアム移転や普天間移転のコストは多大で、合意を見直すべきという意見も米国議会には根強い。日本では鳩山由紀夫・元首相が「普天間移設先は最低でも県外」と表明して沖縄の期待値が上がり、辺野古への移設を益々困難にした。 上述のように日米合意以降、安保環境や日米双方における国内政治・経済事情の変化が明白であるにもかかわらず、両国政府が普天間基地の辺野古移設にこだわり続けることは、もはや合理性を欠いている。合意を実施に移すべく最大限の努力をするのは当然としても、地元の反対を押し切っての移設強行は日米安保体制の円滑な運営という見地からも避けなければならない。かといって普天間基地の現状を固定化することも危険である。 日米両国政府はもう一度テーブルに着くべきである。普天間基地移設問題の再交渉協議をするべきだと言っているのではない。安保環境や国内事情の変化を正面から評価し、米国の東アジアにおける前方展開戦略並びに日本の防衛計画の大綱に基づく防衛戦略についてきっちりと協議すべきではないか。その結果、普天間基地移設計画の変更もあるかもしれないが、それを予見した協議を行うわけではない。 中国と対決するのではなく、建設的に向き合うことが東アジアひいては世界の繁栄のカギを握ると言っても過言ではない。その中で日米の同盟関係は決定的に重要である。普天間基地問題ゆえに日米関係が停滞しているといった印象は早急に解消しなければならないし、北朝鮮問題を巡っても日米韓の連携が今ほど重要な時期はない。