国際戦略研究所 田中均「考」 【日経ビジネスコラム】 直言極言 日本再生に能動的外交を 2011年07月18日 田中均『日経ビジネス』2011年7月18日号p.132 コラム「直言極言」から転載 菅首相退陣が退陣するならば、対外関係で真っ先に取り組まなければならないのは対米関係である。9月の首相訪米が実現するか否か不透明ではあるが、年末までに東アジアサミットやアジア太平洋経済協力会議(APEC)という大きな外交舞台があり、これに先立つ米国との関係調整は日本にとっての最優先課題である。 昨年、中国は対外関係において強硬な姿勢を取るに至った。これは尖閣諸島問題での一方的措置、南シナ海での軍事的活動の強化に端的に示された。米国は迅速に反応した。尖閣諸島は日米安保条約の対象であることや、南シナ海において自由航行を担保する旨の声明を発した。さらに日本、韓国、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナムなどとの合同軍事演習を企画し、東アジアサミットに正式に参加することなど、直接的な関与の度合いを増した。 同時に中国との対話の強化も顕著である。今年1月の米中首脳会談で41項目の共同声明に合意し、制服間対話の活性化やアジア太平洋の協力に関する高官協議を新たに発足させた。 これとの対比で、米国の対東アジア戦略の中で本来中心的位置を占めるべき日本との同盟関係の影は薄い。あたかもアジア太平洋地域は米中で取り仕切るという印象すら与えている。同盟関係の重要性が減ったわけではないが、日本とのパートナーシップで東アジアの問題に取組むといった姿勢は感じられない。最大の要因は民主党政権が明確な外交戦略を持たなかったからだと思う。この先の政権にはこれを繰り返してほしくない。<普天間、TPP、東アジア・・・> 普天間問題については沖縄の強硬な反対の中、現在の辺野古移転案が実現する見通しは暗い。米国内においても財政赤字削減に向けて、従来聖域とされた国防予算にもメスが入り、8000人の海兵隊グアム移転計画とも併せ実現に疑問符がついている。もし首相が交代するのであれば、それを機に現実を見据えた協議に戻るべきではないか。 課題は基地問題だけではない。東アジアの安全保障構造の変化の中での米国の軍事態勢、日本の役割、多国間の協力体制などについて土俵を拡げて協議すべきだ。 現状のまま推移すれば、日本を欠いた形でTPP(環太平洋経済連携協定)交渉が進む。そうなれば、日本の影響力はどんどん低下していく。日本は早期にTPP交渉への参加を打ち出すことが必須だ。同時に日・中・韓サミットの枠組みの下で3者間経済連携協定への交渉も始めるべきである。 さらに今秋の東アジアサミットに向けて、打ち出すべきは東アジア資源協力構想である。現在東アジアで紛争の種となっているのは、海底資源を背景とした領土問題である。当面の解は東シナ海ガス田開発の日中合意に見られるような資源共同開発だろう。 領土問題についての法的立場を損なわない形で、南シナ海や北方領土周辺において資源共同開発を行うことは信頼醸成にも役立つ。原子力発電の安全性担保や省エネルギーはいずれも日本がイニシアチブを取れる分野だ。海上の安全担保も資源輸送という観点から東アジアで共同行動がとれる。 日本が重層的で能動的な外交を展開することこそが、米国とのパートナーシップを強化することに繋がり、東アジアの安定的な発展をもたらすのだと思う。これは大震災で傷ついた日本の再生に不可欠な要素である。