国際戦略研究所 田中均「考」 【日経ビジネスコラム】 直言極言 中国に「静かな圧力」かけよ 2011年02月07日 田中均『日経ビジネス』2011年2月7日号p.130 コラム「直言極言」から転載 1月19日、米中首脳会談が行われた。結果の評価はいろいろあり得ると思うが、米中双方は41項目にわたる共同声明を発表した。対決を避けるマネジメントは成功したと言える。しかし、堅固な信頼関係を築くには、まだ長い道のりが必要ということであろう。 今から四半世紀前、経済面からだけ見れば日本は似通った立場にあった。 私は外務省の担当者として、1987年に日米摩擦がピークに達した折、中曽根康弘首相(当時)訪米の準備に当たった。85年のプラザ合意による円の切り上げも直ちに効果を示すことはなく、膨大な貿易不均衡の下で、米議会には対日制裁法案が目白押しだった。米国の失業率は10%に達し、デトロイトでは中国人が日本人と間違えられ米国人失業者に殺される事件も発生した。 日本は巨額の補正予算を組んでの内需拡大策や250億ドルに上る資金還流、一層の市場開放、政府調達による米国製品の購入拡大といった方策を講じ、日米関係の危機を乗り切った。近年、「その時の経験を教えてほしい」とたびたび中国から要望があった。 今回の米中首脳会談で中国は日本と基本的には同じ方策を講じた。内需拡大の継続、450億ドルに上る米国製品購入の約束、政府調達や知的所有権保護の改善などだ。<日米中のフォーラム作りも必要> もちろん、日米関係と米中関係には決定的に異なる点がある。その一つは価値観の共有があるかないかという点である。米議会指導者の一部は人権問題ゆえに正式晩餐会を欠席した。首脳会談後の共同記者会見で米側は胡錦濤国家主席が米国人記者からも質問を受けることに固執し、人権問題についてのやり取りが何回か続いた。しかし、このやり取りは中国でテレビ中継されることはなかった。 もう一つは安全保障認識の相違である。中国の言う「核心的利益」は台湾やチベット、南シナ海など領土保全のためには手段を選ばず、軍事力の行使も辞さないことを意味するのであろう。この関連で中国の人民解放軍の自己主張が目につき、「もはや指導者のコントロールも十分利かなくなっているのではないか」という懸念がある。 今回の胡錦濤主席訪米に先立ち、クリントン国務長官、ゲーツ国防長官らは極めて明確に米国の懸念を公に表明した。首脳会談で合意された人権協議や軍人間の協議は今後進められていくことになるのだろうが、溝は直ちに埋まるものではなく、引き続き対立要因となっていくと見られる。 こうした状況で日本は何をすべきか。 中国のGDP(国内総生産)は2015年に日本の1.5倍、米国の5割を越えると推計されている。世界で最大規模のGDPを有する米、中、日の間の経済相互依存関係は圧倒的に高まっていくとともに、摩擦も大きくなるだろう。中国が国際社会との協調の道を歩むよう、静かな圧力をかけ続ける必要がある。米中間では国務長官、財務長官からなる米中戦略・経済対話が中心的役割を果たしていくが、日中間でもこのような仕組みを構築していく必要がある。 同時に、軍事的な信頼醸成は進めていかねばならない。さらに環境、エネルギー効率の改善といった中国が抱える問題についても3カ国間のフォーラムを作り、協議していく時期に来ているのではないか。 日本は中国との関係を受身で考えるわけには行かない。重層的な対中戦略こそが現在、外交に求められている最大の課題ではなかろうか。