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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】日本のトランプ政権への「防衛策」、TPP軸に中国・東アジアや欧州と連携強化を

2025年04月16日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|トランプ「相互関税」の手前勝手
|強国の保護主義、自国利益が唯一の基準


 トランプ政権発足後3カ月弱が経過したが、この間の関税政策を巡るトランプ大統領の言動は世界を混乱させるだけでなく深刻な危機をもたらしている。

 とりわけ「相互関税」は、すべての貿易相手国に一律10%の関税を課したほか、日本を含め約60カ国・地域には、“不公正な貿易慣行”を理由に高率の上乗せ関税を発動した。

 これまでの貿易体制の下で米国は他国から不当な不利益を被ってきたとして、相手国が課す関税と同様の関税を課すというのだが、その相互関税率も極めていい加減な算定によることが明らかになってきている。

 その後も、米国株式や国債などの金融市場が不安定化すると上乗せ関税の発動の「90日停止」を決めたり、海外に生産を依存するスマートフォンやノートパソコンなどを突如、対象から外したりと、手前勝手さがばかりが目立つ状況だ。

 そもそも世界一の経済大国が、自国製造業の再興のため投資を行わない限り関税の高い壁を張り続けるという保護主義、かつ力を背景に相手国の同調を求める傲慢さは国際社会からの信頼を失いつつある。

「同盟国は何時までも同盟国でない」とうそぶき、不動産取引のように相手を揺さぶり、国際社会の規範より自国利益を唯一の基準としているようだ。忠実な同盟国であり、安全保障面でも経済面でも大きく米国に依存する日本といえども、自らの国益を守るため防衛策を考えなければならない。

 今週には、赤沢経済再生相が訪米し、ベッセント財務長官らと、相互関税には入らなかった自動車への25%関税も含めトランプ関税の撤回・見直しの交渉が始まるが、当面の対応策だけでなく日本は自由貿易体制維持で「脱米国依存」の大きな戦略を考える時だろう。

|米国との「関税見直し」交渉
|自由貿易を守ることが基本


 日本の対応策の基本は「自由貿易を守る」ということだ。

 そもそも米国の高関税の適用は世界貿易機関(WTO)の大原則に反するし、2019年にトランプ第1期政権の強い主張により締結された日米貿易協定に違反する。

 第2次大戦後のGATT(関税および貿易に関する一般協定)・WTO体制は自由貿易の推進により世界の成長を促進した。モノ、人、技術、資本が世界を駆け巡り、途上国の発展を支えた。

 このグローバリゼーションから米国も大きな利益を受けたし、今日の米国の繁栄の中核にあるテック企業はグローバリゼーションの産物だ。

 WTO上は先進国が関税を上げることは想定されておらず、反ダンピングなどの対抗措置として手続きを踏んで実施する例外的な場合のみ認められる。国家安全保障のため関税を引き上げることは否定されていないが、トランプ相互関税のような目的ではない。

 本来はWTO上で係争の解決を図るべきところだが、米国が上級委員会をボイコットしていることにより紛争処理機能は事実上、破綻している。

 また日米貿易協定は1期目のトランプ政権がTPP(環太平洋パートナーシップ)協定から離脱し、牛肉関税でTPPメンバーの豪州と日本への輸出で不利になることから、トランプ政権が強く望んだ結果、20年に発効した農産物、工業製品に関する事実上の自由貿易協定だ。

 日本の自動車・自動車部品についての2.5%の関税が維持されたままだが、日本側の要求に応じ、さらなる交渉による関税撤廃が記されている。従って米国が今回、自動車関税を25%に引き上げた措置は明らかな協定違反だ。

 そのような経緯を踏まえれば、米国との交渉は不当な関税を撤廃させる交渉であるべきだが、報復措置を打って対抗する構えのカナダや中国などの国以外は、何らかの譲歩を示す行動を取ろうとしているように見え、日本も何を交渉のカードとするのかに関心が集まっている。

「強い米国」「何をするかわからないトランプ政権」と事を構えるわけにはいかないということなのだろうか。

|米赤字は構造的、米中貿易戦争は長引く
|貿易戦争を抑制できるのは市場?


 米国の貿易赤字は今に始まったことではない。70年代から一貫して増え続けている。日本は米国との貿易黒字が拡大し、80年代には米国の赤字の60%は日本との貿易だった。日米間では不均衡を巡り長期間貿易交渉が行われ、あらゆる是正措置が取られてきた。

 81年には日本車の輸出を年間168万台に限る輸出自主規制が始まり、85年のプラザ合意で円安が輸出を助けているとして円ドル・レートが調整され、1ドル235円から1年後には150円と大幅に円高となった。さらに、多くの商品分野で規制緩和や非関税障壁の撤廃が行われ、日本市場は開放されてきた。

 また一方で主要自動車企業は対米投資を活発化し、自動車の現地生産に拍車がかかった。90年代には「日米構造協議」で包括的な不均衡是正協議が行われた。当時は拡大する日米貿易不均衡に対して議会が強い不満を表明し、関税引き上げなどを行う対日差別的法案が連日提出されていた。失業率も10%を超える高い水準であり、日米貿易摩擦は日米間の最大の政治問題となっていた。

 だが、当時の米国政府が保護主義に走るトランプ政権と大きく違うのは、議会の保護主義圧力に抗して「自由貿易を守るため」として日本に譲歩を迫ったことだ。日本も、自由貿易体制や日米関係を壊せないということで行動してきた。

 しかし、それで米国の貿易赤字が改善したわけではない。やはり、強い消費意欲が貯蓄を大幅に超える米国経済の構造的要因が背景にあるからだろう。ましてや今の米国経済の失業率は4%と極めて低く、堅調な経済の下、むしろ人手不足やインフレ再燃が懸念されている。

 トランプ政権はそうした状況で厳しい移民政策を実行しようとしているわけで、製造業を復活させるとしても要件が整っているわけではなく、高関税政策はさらなる価格高騰を生む結果になるだろう。

 株の乱高下や債券価格の下落、ドルの信認低下といった高関税政策に対する市場の反応はトランプ関税の実施に疑問符を付けている。

「相互関税」は1日もたたないうちに対中国を除き、ほぼ全面的に停止され90日間の猶予期間が設けられた。中国との関係でも、145%の高関税(20%追加関税を含めた累計)をかけた場合、多くを中国で生産している米アップル社製スマートフォンの値上がりの可能性が指摘された途端、スマホ・ノートパソコンなどを課税対象から外すことを決めた。

 こうした流れの中で、相互関税だけではなく、自動車関税や10%の一律関税の恒久的な撤廃に向け各国との協議が始まるが、トランプ政権も、有権者に自らの“成果”を示せると判断した場合は、見直しをすることになるのだろう。

 日本との関係では、アラスカの天然ガス投資やさらなる自動車現地生産の拡大などを日本が約束することができればトランプ氏は“勝利宣言”をするだろうし、その他の主要赤字国との関係でも一定程度の前向きな措置があれば矛を収めるのだろう。

 とはいえ、自国利益優先の保護主義の基本は変えないだろうし、中国との貿易戦争は長引くだろう。その帰趨は両当事国だけではなく日本を含め多くの国に甚大な影響をもたらすことになる。ここでもやはりマーケットの反応が貿易戦争を抑止するのに大きな要因となる。

|日本も米国依存を減らしていくべき
|TPPに中国や欧州を入れる道探れ


 米国の強い力を背景とする単独行動主義や孤立主義的傾向は今に始まったものではない。また、「MAGA」(米国を再び偉大に)を掲げ国際協調主義を排するトランプ主義は少なくとも4年続き、その後もトランプ的な政権が出現する可能性は低くない。

 欧州をはじめ多くの国は米国依存からの脱却を視野に入れており、日本も経済分野では米国への依存を減らす方向で考えるべきだ。

 とりわけ、東アジアの地域協力を固めるとともに米国以外に他の民主主義経済国との関係強化を意図的に進めていくべきではないか。最も優先的に取り組むべきなのはTPPを中核に据え、東アジア域内と域外民主主義国に拡大することだ。

 域内では中国を含め、韓国、台湾、域外では、英国に続いてEUをTPPに含める可能性を探るべきだ。米国離れが真剣に検討されているとき、日本は彼らにとっても有益なパートナーたりえるはずだ。

 EUは中国をけん制できる経済規模を持つし、また中国と台湾を同時に加入させることにより東アジアにおける共存の雰囲気を強めることができる可能性がある。

 中国は台湾加入には反対するだろうが、米国との貿易戦争は中国経済の停滞に拍車をかけることになる。TPP加盟は中国にとっても閉塞状況からの活路につながるはずだ。加盟の審査プロセスは長くなるかもしれないが、中国経済を改めて自由貿易のルールの中に取り込むことは、日本にとっても中国にとっても利益になる。

 独善的なトランプ政権の出現は危機ではあるが、日本の進むべき道を考えていく好機でもある。これまでのように米国に引っ張られすぎることなく、アジアや欧州との関係を強化する自律的で積極的な外交を推進して機会になるはずだ。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/363192
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