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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】トランプ主導「ウクライナ停戦交渉」の最重要課題、“現実利益重視”は世界の分断進める

2025年02月19日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|ウクライナ停戦交渉、米ロ高官協議始まる
|ウクライナ、欧州には頭ごなしの不安


 ロシアがウクライナへの侵略戦争を始めて、この2月24日で丸3年が経過する。大統領選挙期間中、ウクライナでの戦争を止めると発言してきたトランプ大統領が動き出し、プーチン大統領と停戦交渉開始で合意、18日からはサウジアラビアで米ロの高官協議が始まった。

 トランプ大統領であれば、その強引な手法でロシアもウクライナも抑えることができるのではないかとの期待はなくもないが、停戦実現にいくつか乗り越えなければいけない困難な課題がある。

 とりわけ重要なのは、国際法違反が明白なロシアの侵略行為をきちんと総括し、そのうえでロシアの再侵攻を許さない欧州の安全保障の枠組みの再構築や、その下でロシアを国際社会に復帰させる道筋や展望を描くことだろう。

 だが今回の停戦交渉の開始合意は、トランプ大統領が、停戦実現の外交的成果を上げることを優先し、ロシアの有利な条件で停戦をするのではとの疑念、頭ごなしへの不安がウクライナや欧州諸国では強い。

 欧州では、17日には、マクロン大統領の呼びかけで英独の首相らが米ロによる頭越しの停戦への危機意識が共有された。

 トランプ氏の「現実利益優先」の停戦となれば、世界の分断は深刻化する懸念がある。

|正義を貫く合意ができるのか
|将来の領土返還の余地残せるか


 ウクライナ戦争は、安保理常任理事国であり米国と並ぶ軍事大国ロシアが国際法を犯してウクライナを侵略したところから起こったものだ。

 侵略国を罰することにより正義が達成される。さもなければ大国が小国を一方的に蹂躙 する前例となってしまい、中国の南シナ海などへの海洋進出が進む東アジアでも不安が増幅されることになるだろう。

 正義を回復するためにはロシアが占領する東南部4州の返還ということになるが、ロシアが、軍事的に有利な情勢が続くなかで、トランプ大統領が言うように、停戦の現実的な条件にはならないだろう。

 将来に向けての領土返還の余地を残すことができるだろうか。このことは重要な点だ。

 ウクライナにとってみれば4万3000人に上る兵士(2024年12月ウクライナ発表)と1万人を超える民間人(2024年2月国連発表)の死者を出し、さらには東南部のロシア占領地でのウクライナ人への迫害など、ロシアに対する憎しみは大きく、ロシアが一方的に戦果を得るような停戦にはとうてい合意できないだろう。

 一方でロシアも3年にわたる戦争で兵士70万人が死傷(2024年12月米国防総省発表)したと伝えられ、北朝鮮から1万数千の兵員の支援を受けており、戦争は大きな負担ではある。

 しかしG7による経済制裁が実施されても、中国・インドをはじめ多くのグローバルサウスと呼ばれる諸国との経済取引はむしろ拡大しており、2023年および24年の実質成長率も3%を超え、主要な先進国で最も成長率が高いと伝えられる。

 ロシア国民の大国志向は顕著であり、ソ連崩壊を悲劇と捉えるプーチン大統領への支持は依然強い。従って、今戦争を止めなければならないといった切迫感はない。

 ただ、トランプ大統領の再登場は有利な条件で戦争を止める好機と捉えているのかもしれない。特にプーチン―トランプの関係が良好で、今後4年にわたりロシアが国際社会に再復帰する機会と捉える可能性は皆無ではないだろう。

|再侵攻防ぐにはNATO加盟が重要
|不可逆的と考える英仏と米国とは距離


 ウクライナにとっては、将来のロシアによる再侵略を防ぐことも同じように重要だ。

 その点では、NATO(北大西洋条約機構)加盟への道筋がどの程度、描かれるかも停戦交渉では鍵になる。

 加盟が実現すれば、ウクライナが再度侵略される際にはNATOメンバー国が集団的自衛権を発動し、自国への侵略として防衛義務が生じることになる。

 しかしそもそもロシアのウクライナ侵略の背景にはウクライナのNATO加入を阻止したいというプーチン大統領の強い意志があったと考えられており、トランプ大統領も加盟受け入れに消極的と伝えられる。

 英仏をはじめ欧州諸国はウクライナのNATO加盟は不可逆的と捉えており、ウクライナの安全保障についても米欧の考え方の差が存在する。ウクライナにとっては、核大国であるロシアに十分な抑止力を保持するためにはNATO加盟は必須と考えているのだろう。

 NATO加盟問題は、停戦後のウクライナや欧州の安全保障体制構築で最重要課題だ。

|トランプ政権と欧州の亀裂を防げるか
|交渉へのEU参加や国防費増額で軋轢


 欧州諸国にとっては、今回のロシアのウクライナへの侵略で、ロシアの脅威はこの上なく高まった。この戦争の終わり方が欧州の安全保障に大きな影響を与えることになる。

 欧州は米国のリードの下で軍事支援や経済制裁に一致して行動してきた。従ってロシアとの停戦交渉にはウクライナは当然のこととして欧州も参加すべきとの立場だが、現段階では米国は必ずしも欧州の参加に前向きではないようだ。

 欧州は安全保障面で米国に大きく依存し、対ウクライナ支援でも軍事支援の大宗は米国だ。

 トランプ第1次政権にの際、欧州は防衛負担拡大の圧力を受け、欧州自身、安保における自律性を高めるべきとの議論は盛んに行われてきた。NATOは従来のGDP比2%の国防費拡大目標は不十分でGDP比3%に引き上げようとの動きがある。

 だがトランプ大統領はGDP比5%とすべきだとして欧州に対して国防負担増大の圧力を高める構えだ。

 トランプ大統領は関税についても既に鉄鋼・アルミへの25%関税の賦課や自動車についても4月から追加関税をかける見通しを述べるなど、米欧経済摩擦に再び火が付きそうだ。

 こうした亀裂含みの米欧関係の下で、果たして米欧が団結してロシアに対するとは考え難い面がある。むしろロシアに対して強硬論で臨もうとする欧州と一定の柔軟性を持って対しようとする米国の間で、ウクライナ問題がさらなる分断を招くことになるのかもしれない。

|経済制裁の解除でも異なる思惑
|ロシアをどう扱うかでも溝


 対ロ経済制裁をどう扱うのかも容易な問題ではない。

 ロシアに対する金融や貿易、エネルギーなど多岐にわたる分野の制裁は、そもそも22年のウクライナ侵攻以前の状態に戻らない限り解除されないとするのか、あるいはロシアの譲歩を引き出すために制裁解除に踏み切るのか。

 経済制裁はG7諸国のエネルギーや食料、輸送費などの高騰を招きインフレの大きな要因となってきた。制裁を解除することはG7の経済運営にとっても重要である。欧州ではインフレや難民流入がドイツやフランスでの極右台頭の要因ともなっている。

 経済制裁は国連で諸国が一致して実行すれば効果があるが、対ロ制裁の場合はG7以外の多くの国は参加しておらず、効果は限られる。ロシアが停戦のために相応の譲歩を行う場合には制裁は段階的に解除していくのが得策なのだろう。だが例えば、どのような分野や物品から制裁を解除するかとなると、各国によって事情が違う。この点も難題だ。

 停戦の合意ができる場合にロシアをどう扱っていくかは制裁以外にも考えるべき問題がある。トランプ大統領はG8からロシアを排除したのは間違いだったと発言しているが、ロシアがクリミアを併合した時点で、民主主義的価値の共有をうたう諸国のグループから排除するのは当然だった。

 G8として一致して行動することは容易ではなく、G7にとってはロシアの排除はやむを得なかった。だが停戦後の世界を考えた場合、今後、ロシアを含めた対話の場を作る必要性は大きい。

|トランプ外交では分断進む懸念
|国際政治構造が変わる可能性


 こうしたウクライナ戦争を止めるための難題の多さを考えると、ウクライナ問題を巡り国際社会は一致して協調行動をとるより、むしろより深い分断に進んでいく気がしてならない。

 トランプ大統領が「米国第一」の発想や停戦実現で外交的成果を得ることを優先するなど、現実的な考慮が先行し、侵略を犯した者に対する懲罰や将来の安全保障の枠組みが十分でないとすれば、戦争はまた起こる。

 もともとトランプ大統領の「MAGA(アメリカを再び偉大に)」のアプローチは、国際社会がよって立つべき自由民主主義や人権尊重などの理念より現実の利益を中核とするというものだ。ウクライナ停戦交渉でもそういったことになれば、国際社会における米国の求心力はさらに低下していくことになるだろう。

 ロシアを国際社会に再び引き込むことは世界の平和と安定のために重要だが、それは法の支配にかなうものでなければならない。

 米国の同盟国であり米国の安全保障に大きく依存する日本だが、このことは日本も十分に認識し、仮に停戦交渉などに関与する機会があれば、自らの立場をどこに置くのかは真剣に検討する必要がある。


ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/359590
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