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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】2025年は北朝鮮が存在感!?韓国政情不安、トランプ復権で「朝鮮半島情勢」は正念場

2025年01月15日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|尹大統領の「逮捕」と「弾劾」で揺れる韓国
|見えない米トランプ政権「自国優先」の中身


 年始早々から、韓国では「内乱罪」での逮捕令状が出された尹錫悦大統領の身柄拘束をめぐって、警察などの捜査当局「高位公職者犯罪捜査処」(公捜処)と、拘束を阻止しようとする大統領の警護機関(警護庁)の間で、大統領公邸での攻防を含めて激しいせめぎ合いが続いている。

 10日には警護庁長だった朴鐘俊氏が警察の要求に応じて出頭後、辞任。捜査当局は、職務を代行する金声勲警護庁次長の身柄を拘束、それを突破口に尹大統領の逮捕に踏み出そうとしているが、金次長は出頭を拒否したままだ。

 一方で14日からは憲法裁判所での尹大統領の弾劾審判が始まり、現時点では2月4日までの計5回の弁論期日が指定されている。

 弾劾決議を受けて尹氏が職務停止になった後、職務を代行してきた韓悳洙首相も弾劾され、その後を崔相穆副首相が務めるが、議会では野党が主導権を取る状況で韓国の政治は“空白状況”といえる。

 こうした不安定状況を揺さぶるかのように、6日には北朝鮮が弾道ミサイルを発射した。この発射にはどういう意味があるのだろうか。朝鮮半島不安定化の“号砲”となることはないか。最大の懸念は、20日に発足する米トランプ新政権が「自国優先」でどのような東アジア戦略を打ち出すのかが見えないことだ。

 バイデン政権、尹政権、岸田前政権の下で戦後最悪と言われた日韓関係が修復され、ようやく再構築された日米韓の外交や安全保障の連携は、正念場の年だ。

|韓国、保守派と進歩派の分断深刻
|政権交代なら日米韓安保連携見直しの可能性


 2022年5月に大統領に就任後、日本との関係修復など、朝鮮半島の安定化に動いてきた尹氏だったが、節目は24年4月の総選挙での大敗だった。野党「共に民主党・民主連合」が過半数を超え、保守系与党「国民の力・国民の未来」が敗北、その後も、大統領夫人らの汚職スキャンダルが続くなかで、支持率は低迷していた。

 そうしたなかでの昨年12月の「非常戒厳」発布は突然だった。

 韓国では、1987年に民主化とともに憲法が制定されたが、南北対峙(たいじ)の状況は軍事独裁時代と変わらず、北朝鮮の脅威に備えるという意味で大統領に非常戒厳を発布する権限を認めた。

 他方、軍政の戒厳令に対抗する市民と軍の衝突で多数の死者と負傷者を出した1980年の光州事件が民主化のきっかけとなったこともあり、国会の関与を強め戒厳令発布の条件を厳しくした。

 しかし、野党多数の国会のもとで、法律や予算は通らず、尹氏は事態の打開を狙って非常戒厳を発布したものとみられる。

 しかし、軍は武力をもって国会封鎖を行うことはせず、国会で非常戒厳停止決議が成立し、6時間で非常戒厳は撤回された。

 スパイなど、さまざまな形での北朝鮮の浸透が日常的とされる韓国社会で、検事出身の尹氏はあえて強権に訴え治安維持を図ったということかもしれない。しかし、軍事政権時代に繰り返された戒厳令などに対する国民の反発は根強いものがあり、国民の多くは軍事政権の時代から近代的な民主主義の国になっているという意識がある。非常戒厳発布は唐突な印象だけを残した。

 今後、警察当局による尹氏の身柄拘束が実際に行われるのか、そして内乱容疑の取り調べがどのように行われるのか、現状では見えない状況だ。大統領がいる公邸周辺には、拘束令状執行に反対する尹氏の支持者も集まっている。そうした中で捜査当局が逮捕を強行すれば事態の混乱はさらに増す懸念がある。

 弾劾裁判所での審理も14日に始まったが、尹氏は出廷を拒否し短時間で閉廷した。今後、審理などの過程でも、与党と野党、保守派と進歩派、尹氏に反発する人々と支持者との深刻な分断が露呈する可能性がある。政治情勢の不安定は当面、続くだろう。

 弾劾裁判が数カ月で決着し弾劾が成立する場合には、新たに大統領選挙が行われることになる。直近の世論調査では、保守派の支持率が危機意識の高まりを反映して上がっているが、進歩派が有利な状況は変わらないと思われる。

 だが、進歩派の政権は保守派に比べれば、反日・反米・親北朝鮮の傾向が強い。進歩派には、80年代に軍事独裁体制から民主主義を闘い取ったという自負心もある。特に軍事独裁政権を支援してきた米国や日本に対する敵意も強く、進歩派が政権につく場合は尹氏が進めてきた日韓関係の緊密化、日米韓の安保連携体制が見直される可能性は高いのではないか。

|北朝鮮は露との連携で軍事力強化優先
|トランプ新政権との交渉の間合い探る


 一方で北朝鮮は、尹政権が崩壊するとなれば、歓迎するのだろう。

 北朝鮮は、対北宥和(ゆうわ)政策を取った文在寅前政権時代は一時、韓国との共存を模索したようにみえたが、尹政権になると、従来の政策を大きく見直し、南北統一のスローガンを捨て、韓国が一義的な敵国であるとして鉄道や道路など南北融和の象徴を破壊し、38度線での緊張を高めてきた。

 ただし、韓国が進歩派に回帰したからといって強硬路線を直ちに変更するとは考えられず、ロシアとの連携の強化を続け、自国の軍事力強化を最優先しながら、核開発継続や制裁解除などでトランプ新政権との交渉の間合いを探ろうとするだろう。

 金正恩・北朝鮮労働党総書記はプーチン・ロシア大統領との関係を重んじ、包括的パートナーシップ条約の締結に至った。

 従来、北朝鮮は軍事的にも経済的にも中国に依存してきた。朝鮮戦争でもロシアは兵を送らなかったが、中国は人民解放軍義勇兵を送り38度線まで国連軍を押し返すのに大きな貢献をした。以後、中国は北朝鮮を経済的に支えてきたが、北朝鮮の核開発に対しては反対の姿勢を取り、国連制裁決議にも同調し、結果的に中朝関係は大きな溝が出来た。

 その中で北朝鮮は、ウクライナ侵攻以降、国際的に孤立していくロシアとの関係を強化する戦略的好機と考えたのだろう。北朝鮮が1万人を超える兵力をウクライナ戦線に派兵したの、は包括的戦略的パートナーシップに内実を与え、「朝鮮有事」の場合にはロシアが北朝鮮を支援して派兵することをもくろんでのことだと考えられる。

 軍事技術やエネルギー協力を含め、文字通り露朝は内容が濃い同盟関係に至っている。

 ただし、金正恩氏のあくまで本筋の狙いは、米国に北朝鮮の存在を認めさせて有利な条件で国家存続を保証させることだ。

 新年早々、北朝鮮は弾道ミサイルを発射したのも、その最大の意味はトランプ大統領就任を前に米国に対して、いざという際には強硬な手段を取れる力があるというメッセージを送りたかったのだろう。

|米国は「自国優先」で大陸間弾道ミサイル制限に焦点?
|韓国の「核武装」容認?で核のハードルが下がる懸念


 トランプ新政権の外交や安全保障、通商政策は「Make America Great Again」(MAGA)の旗の下、世界平和や人権、自由貿易推進といった普遍的価値実現に向けた国際協調での指導力発揮よりも、「米国の利益」の追求が強い色彩となるのだろう。

 トランプ氏は7日も、米国の安全保障のためとしてグリーンランドの獲得やパナマ運河返還に意欲を示すなど、領土的野心を隠すことはない極端な発言で物議をかもしている。トランプ政権は対中国や朝鮮半島でも「アメリカ・ファースト」を掲げ行動する可能性がある。

 朝鮮半島について見れば、北朝鮮やその背後にいる中国、ロシアに対する軍事抑止力を強めつつ、交渉で解決するという姿勢を取るものとみられる。

 軍事抑止力を維持する観点からは、韓国の保守政権が崩壊しても日米韓の連携は維持強化しようとするだろうが、韓国や日本に対してはより大きな負担を求めるとみられる。

 その一方で北朝鮮に対しては、首脳会談を含め、核廃棄や管理の交渉を再度始めることにも躊躇(ちゅうちょ)はないだろう。最大の問題はどういう交渉結果を作るかだ。

 北朝鮮は自国が核兵器国であることを事実上、米国が認める結果を作りたいと思うだろう。一方でトランプ政権が明示的にこれを認めることはないだろうが、まずICBMなどの米国に届く大陸間弾道ミサイルの制限に焦点を当てて、核廃棄問題が、事実上、止まってしまう可能性はなくはない。

 だがこれは韓国や日本にとっては、自国利益が著しく損なわれるものだ。強く反対するだろう。これに対してトランプ政権は1期目以上に「安保自己責任論」を強め、場合によっては、韓国の核武装論にさほど強い反対はしない可能性もある。

 そうなれば、北東アジアで核のハードルは下がることになる。朝鮮半島情勢はさらに不安定化することになる。

|日中の互恵関係強化で米国に交渉力持つ一方で
|日米関係強化で中国をけん制する戦略を


 日本にとって、朝鮮半島情勢の不安定化は安全保障上の大きな脅威になることは間違いない。日本はこの地域の情勢変動に極めて大きな影響を受ける。石破政権は先を読み、日本としての戦略を準備しておく必要がある。

 日本と米国は価値を共有する堅固な同盟関係にあるが、地政学的環境は異なり、米国と全く同一の利益を共有しているわけではない。幾つかの点について日本は、まずは自らの国益を確認し、そのことで米国と間断なき協議を行っていくことだ。

 例えば、北朝鮮非核化という究極的な目標は放棄してはならない。時間がかかっても、北朝鮮への支援も含めて、段階的な解決を目指すべきだろう。もちろん、拉致問題の解決を引き続き重視していかなければならない。

 そして米国に対して、それなりの交渉力を持つためにも、中国との対話は重要だ。中国は北朝鮮が事実上の核兵器国として認知され、この地域に核の拡散が始まることは防ぎたいと考えているはずだ。

 中国にとっても米中対立の行方が最大の関心事である。中国がロシアや北朝鮮との連携に走らないのは、米中関係を決定的に悪化させたくないとの思いがある。

 トランプ政権は再び米中貿易不均衡問題に焦点を当て、極端な「関税の脅し」で不均衡是正を迫るのだろう。中国にとって、今の経済の停滞からの脱却には、貿易や外国からの投資をてこにしたい期待がある。したがって中国政府も当初は米国と決定的な対立を避ける策を用意するだろうと考えられる。

 しかし、トランプ政権が、中国の対米輸出を大きく損なうような高関税を課することになれば、対抗する姿勢を示すとみられる。

 大局的な見地からは、米中関係のこれ以上の悪化は避ける必要がある。日本は韓国で政権が交代するようなことがあっても、日韓関係や日米韓の連携が崩れないようにするとともに、中国がロシアや北朝鮮と連携し、米国や欧州諸国との対抗軸をつくる事態を回避する必要がある。

 米中間の決定的な衝突は日本の利益ではない。日本は中国との互恵関係を強化し、もって米国に対するてことする一方で、強い日米関係の下で中国の行動をけん制するという高度な外交が求められる。


ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
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