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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】韓国政情不安、北朝鮮、台湾海峡…2025年日本の「6つの重大地政学リスク」と処方箋

2024年12月18日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|尹大統領弾劾で韓国政情不安
|アサド政権崩壊で中東は戦火拡大!?


 混乱の2024年を象徴するように、12月に入って韓国では尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が、支持率低下や攻勢を強める野党との対立などから「非常戒厳」を宣布して打開をもくろんだが失敗、14日に議会で弾劾決議を受け大統領職を停止される事態に陥った。

 内乱罪での尹大統領の逮捕の可能性がいわれるなか、今後の憲法裁判所での弾劾判断の動向や党内対立から韓東勲代表が辞任に追い込まれた与党の混乱などで、政情は一気に不安定化している。

 一方中東では、半世紀にわたり父子二代で独裁政治を続けてきたシリア・アサド政権が8日に崩壊。だが 反政府勢力はイスラム原理主義を唱える過激組織もいて一枚岩ではなく、 どのような組織が統治をするのか見えない状況だ。

 混乱の中、長年、対立をしてきたイスラエルの軍がシリア領内に入ったとも報じられ、一方で後ろ盾になって軍事支援をしてきたロシアやイランなどの外交・軍事戦略にも影響が及ぶことになりそうだ。

 レバノンの反イスラエル組織、ヒズボラとの連携など、シリアを通じた中東への影響力低下だけでなく、とりわけロシアの場合は、シリアの地中海沿岸地域に海軍と空軍の基地を置いており、シリアの政情不安定はウクライナへの戦力投入にも影響が出るといわれている。

 反政府組織内や中東での主導権を巡る争いから、2025年以降、中東では戦火がさらに拡大する懸念があるが、中東や朝鮮半島のほかにも対立の火の粉はある。

 日本は、25年には六つの重大な地政学リスクがあることに注意が必要だ。

|独善的な行動が懸念される
|米国トランプ政権の再登場

 
不安定化が予想される国際情勢の中心となりそうなのが、来年1月に発足する米トランプ新政権だ。

 トランプ2.0(第2期政権)は第1期以上に、「米国第一」を掲げ、さまざまな要求を同盟国にも求めて「取引」と交渉で米国の自国利害確保に突き進む「トランプ的」な政権となるだろう。

 大統領選挙で、トランプ氏は選挙人数でも一般投票でも圧勝し、共和党が上院下院の過半数を制したことと併せトリプル・レッドを確保し、最高裁も保守優位で強固な政権基盤を得た。閣僚やホワイトハウスの主要スタッフの指名は、実績や能力本位というより、トランプ氏への忠誠度を基準とするようであり、要職に近親者をつけることからも分かる通り、トランプ帝国と言わんばかりの布陣となっている。

 トランプ次期大統領は、もともと独善的な行動を取ることが少なくなかったが、こうした強い政治基盤を得たことでその傾向は強まるのではないか。

 選挙期間中などの「中国に60%の関税」「ウクライナ戦争を止める」「日本製鉄のUSスティール買収は拒否」などの”宣言”は、象徴的意味で取引のため打ち出したと考えられなくもないが、こうした発言に表れる保護主義的、経済合理性を無視したナショナリズム、「力による平和」といった傾向は前面に出てくるのだろう。

 米国は圧倒的な強国であり続け、欧州にしても日本や韓国、オーストラリアのアジア諸国にしても、米国が安全保障の守護神であり続ける限り、米国の要請には従うことを基本とせざるを得ない。

 しかし、ロシアや中国などの権威主義諸国は対抗する構えを示すだろう。一方で、BRICSを中心とするグローバルサウスの国々は、米国、中国、ロシアとそれぞれに経済的な関係や軍事的な関係を持っており、模様眺めの姿勢を続けるだろう。

 また、これまでの国際協調主義の具体的な形を成していた国連や世界銀行、IMF、WTOなどの国際機関の活動は制約されていくだろう。国際情勢は不安定度をさらに増すことになりそうだ。

|米中関係が「管理」されずに
|対立深刻化、台湾海峡緊迫


 中国は、米国との本格的な対立先鋭化を回避するため、内々にはトランプ氏を満足させるような「取引」材料を準備していると伝えられる。米製品の輸入拡大や財務省証券の追加購入、電気自動車やAI関連の投資、ウクライナ戦争の平和会議の主催などが考えられているのかもしれない。

 しかし、中国にとって関税一律60%というのは取引できる対象ではなく、経済が不動産不況長期化のなか輸出で何とか大幅な成長減速を持ちこたえている現状では、60%関税実施となれば輸出の大幅減少は避けられず中国経済への打撃は大きい。

 特に昨今は経済の長期停滞や若年労働者の失業率高止まりによる不満が、無差別殺人などの社会不安につながっている気配がある。更なる経済的打撃は、何としてでも防ぎたいという思いは強いだろう。

 もしトランプ政権が更なる対中強硬手段に出る場合には、中国政府は衝突も辞さないというアプローチに転化するかもしれない。

 最も懸念されるのはロシアとの連携が軍事分野に及び、露・中・北朝鮮の連携が日米韓と対峙(たいじ)していく場合だろう。現状では台湾有事が起きる蓋然性は高くないが、台湾の独立志向や米中対決の程度次第では、台湾海峡を巡る緊張が高まる懸念がある。

|韓国の政情不安定が
|「南北衝突」の引き金となる


 こうした中で、韓国の政情不安は朝鮮半島情勢を一段と不透明にする。北朝鮮は直近では、韓国を「敵国」として位置づけ南北を結ぶ道路を破壊するなど、韓国との対立姿勢を鮮明にしている。

 ただ現状では、北朝鮮はウクライナに侵攻したロシアとの軍事協力で手いっぱいであり、尹大統領が戒厳令宣布の理由で挙げたような韓国への侵攻を考えているとは思えず、南北衝突に向かうとは考えにくい。

 戒厳令は北朝鮮も驚かせることになったとは思われるが、仮に北朝鮮の侵攻を口実に戒厳令が施行されていれば、南北衝突に至ることもあり得る。

 その意味では、衝突になった場合には巻き込まれざるを得ない米国にとっても、戒厳令の撤回は好ましい結果だった。

 尹大統領が弾劾を受け罷免が決定されるのは180日以内の憲法裁判所の審決によるが、この間の韓国政情は相当不安定になることも想定される。仮に大統領選挙が25年春にも行われ、支持率で大きく保守を引き離している進歩系が政権に復帰する場合、朝鮮半島を巡る国際関係は大きく変わるだろう。

 もともと進歩系は、民族統一の理念を抱く一方で植民地支配を受けた日本に対する反日感情もある。日韓関係は再び悪化することも容易に想定されるし、日米韓の安全保障での連携も崩れていく恐れがある。

 トランプ政権は北朝鮮との首脳レベルの対話を求めることもあり得るが、北朝鮮が核兵器保有国であることを前提とした対話は日本にとっては受け入れられるものではない。北朝鮮の核を認知することは韓国の核保有の動きにつながり、北東アジア地域の安全保障環境を著しく悪化させる。

|ウクライナ問題、ロシア寄り停戦は
|米欧関係の不安定化を招来


 トランプ氏はウクライナ戦争の早期の停戦を掲げ、特使を指名した。しかし、トランプ政権が発足する前にも戦争が激化する可能性がある。

 米国は供与している兵器のロシア領内への長距離使用を認め、これに対するロシア側の攻勢も勢いを増している。北朝鮮兵士のロシア西部クルスク州への投入も状況を複雑化させる。ロシアのNATO諸国への直接・間接的な脅威は拡大していくだろう。

 停戦を実現するためには一定の妥協が必要となるが、欧州では仏、独といった主要大国で、ウクライナ戦争に起因するインフレなどの諸問題に関連して、与党政権の対立による新たな議会選挙などが予定され、極左や極右のポピュリスト政党の台頭が勢いを増すなかで政治の不安定化が強まる。

 トランプ氏はウクライナへの軍事支援には消極的であり、米国がこれまでの米欧の共通の立場を変え、ロシア寄りの停戦条件で妥協をはかろうとする場合には事態は相当に複雑化する。そうなれば、米欧関係が悪化するのは確実だ。

|イスラエル寄りでハマスなどが態度硬化
|中東の戦争が拡大する


 中東情勢の25年の展開も予断を許さない。トランプ第1期政権の中東における具体的成果は、イスラエルとアラブ諸国の正常化を促進する「アブラハム合意」だった。トランプ氏は第2期政権でも、イスラエル寄りの政策を推進していくと思われる。

 これは、ハマスやヒズボラといった反イスラエルの過激派勢力の対イスラエル抗争をさらに激化させることになるだろうし、アサド体制が崩壊したシリアの混乱を助長することになりかねない。同じシーア派のイランは引き続きシリアへの影響力を保持しようとするだろうし、中東の戦火は拡大していく恐れがある。

 イランは米国の介入を極度に警戒しているが、イスラエルの攻撃激化にどこまで自制を続けられるかだ。

|少数与党、無難な「追米」では
|日本の存在感が著しく低下、国益損なう


 こうした国際情勢の不安定化に対して、日本はどう対応するのか。少数与党の石破政権が安定していくためには、相当なリーダーシップが必要となる。対外政策では与野党で大きな相違があるとは思えないが、政権の政治基盤が弱い場合には無難な政策が積み重ねられていくことになりがちだ。

 特に米国との関係については国際政治構造の変化やトランプ政権の再登場があり、従来のような「対米追従」では日本自身の国益が損なわれる恐れがある。

 例えば、中国との関係について米国が一方的に強硬策を重ねる場合や、北朝鮮と核保有を前提とした協議を行う場合には、日本としての意見は十分反映される必要がある。米国との関係で特に重要なのは、日本が当事者意識をもって役割を果たすことであり、日本の国益に沿って立場を明確にし、米国ともきちんと対話をすることだ。

 ただ単に米国の要求を待ち、それに押し切られていくようでは、国際社会での日本の存在感はますます薄れ、結果として国益も守れないことになりかねない。


ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/356003
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