国際戦略研究所 田中均「考」
【ダイヤモンド・オンライン】北朝鮮の「ロシア派兵」は朝鮮半島の軍事バランスも変える⁉
2024年11月20日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問
|「地政学的変化」に対応できるか
|政権基盤弱い日韓、不確実性高いトランプ政権
アメリカ国務省は11月12日、ロシア西部のクルスク州で北朝鮮の兵士がロシア軍とともにウクライナ軍との戦闘に参加したことを明らかにした。
1万人以上の北朝鮮軍兵士がロシアに派遣されたことは報じられてきたが、アメリカがロシア軍との軍事作戦で北朝鮮兵士の戦闘参加を確認したのは初めてだ。
派兵は6月にロシアと北朝鮮が締結した包括的戦略パートナーシップ条約にもとづき、露朝が安全保障で相互に支え合うものだ。
だが、ロシアと北朝鮮の関係緊密化は、中国と北朝鮮の従来の関係に微妙に影を落とし、中国自体も経済の停滞の長期化から社会不安の兆しが出ている。
一方で、2年余を残す韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権の支持率低下や総選挙敗北で少数与党となった石破政権の先行きの不透明、第1期政権より一層過激化が予想される「トランプ2.0」の出現など、東アジアをめぐる地政学的変化が一段と強まった。
今後の進展次第では重大な危機、特に朝鮮半島での衝突の序曲となりかねないことに注意が必要だ。
|露朝軍事協力は「ウィン・ウィン」
|「朝鮮有事」では核大国ロシアが後ろ盾
現在進行形で起こりつつある地政学的変化は、日本を取り巻く地域の不安定化に直結する。
韓国の尹政権が、前政権の対北朝鮮融和政策からかじを切り、日米韓の安全保障面の連携を強めていく中で、北朝鮮の金正恩政権は対韓国政策で対決色を強めている。
北朝鮮は民族統一政策を大きく転換し、「吸収合併を意図する」として韓国との民族統一はありえず、「韓国は主敵」と位置づけている。南北の交通路、鉄道並びに幹線道路を遮断し、南北間の軍事合意も停止され、一触即発と言ってもよい緊張が停戦ラインに戻っている。
さらに、中国やロシアとの関係も変化がみられる。
もともと、正恩氏の祖父の金日成主席の時代、北朝鮮を支援し武器を提供したのはソ連だったが、朝鮮戦争では兵力支援は行わなかった。一方、中国は義勇兵という形で人民解放軍を送り、およそ20万人近い戦死者を出した。そのことから中国と北朝鮮の関係は「血で結ばれた同盟」と称された。
冷戦時には北朝鮮は核やミサイル開発でソ連から技術支援を受けていたが、冷戦終了後に露朝関係は冷却化する。一方、中朝関係には強い相互依存関係が存在してきた。しかし、北朝鮮が核開発やミサイル発射実験を繰り返すなかで、核開発に反対し国連安保理制裁にも参加した中国との関係は微妙となった。
ロシアのウクライナ侵攻は北朝鮮に格好の機会を生んだようだ。プーチン大統領と金正恩委員長の相互訪問を経て露朝関係は急速に緊密化し、6月には包括的戦略パートナーシップ条約を締結するに至る。
この包括的戦略パートナーシップ条約は集団的自衛条約であり、その第4条で「一方が武力攻撃を受けて戦争状態に陥った場合は(中略)他方は軍事および他の支援を提供する」ことを定めており、国連憲章51条にある集団的自衛権の行使を想定している。
北朝鮮がロシアに対して弾薬のみならず1万2000人といわれる兵員を提供したのは、まさにこの条約が実効的なものであることを示す意図があったと思われる。
実際に北朝鮮兵が戦闘に参加しているのは、ロシアがウクライナの攻撃を受けている西部クルスク州だ。
この北朝鮮の派兵に示される軍事協力はロシア、北朝鮮にとって「ウィン・ウィン」なのだろう。
ロシアにとってみれば外国からの義勇兵の参加ではなく、条約に基づく北朝鮮からの兵力派遣だ。兵力が不足しているロシアに援軍は貴重であるとともに、ロシアが国際的に孤立している訳ではないことを示す材料となる。
これに対して北朝鮮にとってのロシアとのパートナーシップ条約締結の戦略的利益は、ロシアが得るメリットをはるかに上回る。
今回の派兵により、仮に北朝鮮が攻撃を受けた時にはロシアが援軍を送ることが想起されることになり、「朝鮮半島有事」の際には核大国ロシアが背後にいることは高い抑止力となると考えているのだろう。
北朝鮮が、ロシアとウクライナの戦いが停戦になるまで兵を派遣し続けるとは考えにくいが、ロシア領からウクライナを追い出す作戦には兵力を増派することも含め考えると思われる。ウクライナ戦争で使われている弾薬の半分は北朝鮮製といわれるが、北朝鮮の兵器体系はソ連から提供されたものであり、北朝鮮の弾薬はロシア兵器と互換性がある。北朝鮮は、見返りに核やミサイル、さらには衛星、原子力潜水艦へのロシアからの技術支援も期待しているのだろう。
いずれにせよ北朝鮮にとり、ロシアとのパートナーシップ条約に実効性を与えることの意味は大きい。
|中国にとって露朝緊密化は苦々しい
|トランプ強硬策、連携に走らせる危険
だが、北朝鮮とロシアの関係が緊密化するほど、中国との関係は微妙になる。
歴史的にも朝鮮半島を巡りロシアと中国は争ってきた訳で、中国にとってロシアの影響力強化が好ましいはずはない。
冷戦終了後、ロシアの影響力が急速に衰えてきた中で、ウクライナ戦争が露朝をつなぐきっかけとなった。中国がロシアを政治経済的に支援しながら軍事的には一歩引いて直接的な支援を行っていないのは、米国との関係を考えてのことと思われる。
今、中国経済はコロナ禍の混乱は落ち着いたものの、不動産不況の長期化などで国内消費需要は冷え込み、若年労働者を中心とする失業率の高まりと経済成長の鈍化が目立っている。
昨今の多数の市民を巻き込む殺傷事件の多発は、経済的不安が社会的不安につながっていることをうかがわせる。こうした中で、対露軍事支援をすれば、欧米諸国からの経済制裁につながりかねず、米国との関係をさらに悪くするので慎重にならざるを得ないということだろう。
ただそれでも、来年1月、トランプ第2期政権がスタートすれば、トランプ政権の対中政策いかんで中国が戦略の見直しを行うこともあり得る。トランプ政権の布陣は国務長官にルビオ上院議員を据えるなど対中強硬派で固められつつあり、対中輸入関税60%などを含む強硬策が導入されていく場合には、露・北朝鮮に中国が加わっての連携が現実のものとなる危険がある。
|日米韓は強い連携維持できるか
|米は中国、北朝鮮との「取引」に傾く懸念
一時は戦後最悪の状態だった日韓関係だったが、日米韓の安全保障上の強い連携を実現する上では、韓国・尹錫悦大統領の決断と米国・バイデン大統領の強力な支援が大きかった。
しかし、韓国与党「国民の力」は5月の議会選挙で大敗し、尹大統領の支持率も20%を切る事態となっている。仮に約2年後の大統領選挙で革新政党「共に民主党」が勝利すれば、再び対北朝鮮政策は見直され、日米韓連携も継続できるかが問われる。
韓国の革新政党は軍事独裁政権を打倒し民主主義を勝ち取ったとの思いが強く、軍事政権を事実上、支援してきた米国や日本には厳しく、親北朝鮮政策をとる。韓国で政権交代が行われれば、強い日米韓安保連携の維持が難しくなることも考えられる。 ペルーで行われた日米韓三国首脳会談で連携強化のため制度化を図り、事務局を新設することが合意されたのもこうした背景からだ。
また、米国のトランプ次期大統領がどういう朝鮮半島政策をとるのかは不確実性が高いことが、今のうちに日米韓連携を制度化しようとする理由の一つだろう。
トランプ第2期政権では、バイデン政権が精力的に進めた、日米韓、日米比、AUKUS(米英豪)、QUAD(日米豪印)などの、インド太平洋で同盟諸国と多国間で戦略協調を行う枠組みを軽視する可能性は高い。むしろ、中国や北朝鮮などと二国間で「取引」を行おうとするのかもしれない。
トランプ1.0で2度にわたり金正恩委員長と首脳会談を行った経緯から見ても、北朝鮮を「取引ができる相手」と見る可能性がある。ただ、完全な非核化の交渉というよりも、北朝鮮が望むように核兵器国として扱うことを前提とした交渉に踏み切るのでは、との懸念もある。
|日本は与野党大まかな合意の上で
|分断回避の積極的な外交が必要
米国大統領選挙の結果は、トランプ氏が接戦7州の全てを含む一般投票でも勝利し、共和党が上下両院の多数を獲得する「トリプル・レッド」となり、トランプ第2期政権は強固な基盤を手に入れた。
トランプ氏は選挙期間中の公約はすべて実現すると言い、主要政権幹部の人選を進めているが、経歴や識見というより忠誠度の観点を重視した人事となっている。中には極端な主張を展開する人物も含まれており、「危うさ」が漂う。
日本は最も緊密な同盟国として米国の新政権に寄り添うだけではなく、世界にとって建設的な指導者となるよう意見する立場にあるのだが、石破政権は少数与党の政権運営を余儀なくされている。そのような状況下で必然的に野党との協力が必要になる。
しかし対外政策については与野党で大きな相違があるわけではない。与野党間の大まかな合意の上で積極的な外交を展開していくことだ。
特に重要なのは基本的な情勢認識での合意だ。さまざまな地政学的変化を踏まえれば、「ロシア、中国、北朝鮮」と「日米韓」の分断は好ましくないし、朝鮮有事や台湾有事は何としても避けなければならない。そのためにも、日米韓の強い連携は維持しなければならない。
また米国が一方的に高関税を付加していくのは好ましいことではなく、中国に対して、安全保障面では抑止力をきちんと持ちながら、経済面では協議により問題解決をはかるべきだ。
こうした点では、すでに与野党間で大まかな合意があるのではないかと思う。
日本政府はこうした与野党の合意をもとに東アジア、とりわけ朝鮮半島の不安定化を回避する強力な外交を展開してほしい。
ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/354111