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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】トランプ新政権で強まる「米国第一」の利益追求、日本の向き合い方と対応すべき課題

2024年11月09日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|米大統領選挙、予想超える「トランプ完勝」
|既成政治への不満と不信の受け皿に


 米大統領選挙は、激戦州7州も全敗する見通しになったカマラ・ハリス副大統領が敗北を宣言、トランプ前大統領の勝利が事実上決まったが、トランプ氏自身が繰り返し言うように「米国政治史上最大のカムバック」となった。

 筆者は最終的にはハリス氏が代表する「常識」がトランプ氏の「過激主義」に勝ると論じてきたが、そうはならなかった。4年前の選挙で敗北し、2年前の中間選挙でも民主党を追い込むことはできず、そして2件の弾劾裁判と4件の刑事訴追を受けているにもかかわらず、人種差別的な発言を繰り返したトランプ前大統領と共和党の勝利は異例といってもいい。

 下院選挙の結果が判明するまでにはいまだ時間がかかるようだが、上院はすでに共和党が多数を制し、結果的にはトリプルレッド(大統領、上下両院を制する)を実現しそうな勢いだ。トランプ前大統領の完勝といえるのではないか。

 その最大の要因は、経済と移民問題だったのだろう。

 だが忘れてはならないのは、異端の政治家を“救世主”のように扱うことになった、既成政治や制度、メディアなどに対する国民の不信の強さや広がりだ。

 こうした支持を背景に、トランプ2期目政権は1期目以上に「米国第一」の自国利益追求に走るだろう。

|ハリス氏は経済と移民問題で受け身に
|「既成勢力の内側にいる人」


 民主党にとっては、高齢で支持率が低迷していたバイデン大統領に代わり、若くて、しかも非白人の女性というハリス副大統領を新たに候補に立てた上での敗北となった。大統領候補となって1カ月ほどは、その新鮮さなどから支持率がトランプ氏を上回った。

だが、「あなたの生活は4年前に比べ良くなったか」というトランプ陣営のキャンペーンに対して、現政権のメンバーとして効果的に応えることができず、不法移民の増加に有効な対策をとれなかったことで受け身になった。

 物価高騰による生活の圧迫、また移民増加がもたらす雇用不安と治安の悪化という経済と移民の問題に絞って集中的に攻撃したトランプ陣営の戦略が当たったということだろう。

 ハリス副大統領は本来の基盤である非白人や女性、若者についても支持が共和党に流れる傾向を止めることはできなかった。またトランプ前大統領が自身に対する暗殺の企てには屈しないという「強さ」を示したことも、刑事訴追などのマイナスの影響を上回ったのだろう。

 しかし、トランプ氏勝利の背景には、米国社会の大きな変化があることを見逃してはならない。このことは、筆者も今年3月に米国ワシントンでシンクタンクなどを回ってさまざまな人と意見交換などをして強く感じたことだ。

 今の米国には既成の政治勢力や制度に対する根強い不満が充満し、大統領や議会、さらには伝統的メディアへの不信感がこの上なく強い。長い間、伝統的政治勢力の中で過ごしてきたバイデン大統領や、一貫して検事でキャリアを培ってきたハリス副大統領を「既成勢力の内側にいる人」と毛嫌いし、人生の大半を実業家として過ごしてきたトランプ前大統領を好む雰囲気は間違いなく存在する。

 トランプ氏が理不尽な発言やウソ発言を繰り返したとしても、それは既成の秩序に抗する気持ちの方が強いということで支持されたのだろう。副大統領候補のヴァンス上院議員や最大の支援者として登場したイーロン・マスク氏もまさに従来型ではない(コンベンショナルでない)人材だ。

 このような今回の大統領選挙の底流にあった2つの価値観の違いは、米国社会の分断の根源として今後ますます強まっていくだろう。

|2期目のトランプ大統領は
|1期目以上に「トランプ的」


 こうした状況での大統領選挙の勝利で、トランプ氏が掲げる「MAGA(米国を再び偉大に)」や「米国第一」のアプローチも2期目でもっと強まると考えられる。

 第1の懸念は、閣僚やホワイトハウスならびに省庁の政治任命人事だ。おそらくコンベンショナルではない人事を貫くだろう。

 かねがねいわれてきたように、今回の人事ではトランプ氏に忠実な人材の登用に重点を置くと予想され、だとすればおのおのの分野でなじみのある人材ではないのだろう。過去の共和党政権で役割を果たしてきた実績を持つ人材は遠ざけられる可能性がある。これはトランプ政権が打ち出す政策の不確実性を強めることになる。

 米国の法に基づく秩序の維持についても危うさがある。トランプ前大統領は2021年1月6日の米議会侵入事件についての関係者の恩赦だけでなく、自らが訴追されている4件の刑事裁判についても訴追を取り下げるか恩赦を行う考えを表明している。このことは法の普遍性が侵されることにつながる。

 また国内政策の面では不法移民の取り締まりや国境警備の強化を進めるほか、地球温暖化対策・エネルギー政策についても、脱炭素や再生エネルギー、電気自動車促進などを進めたバイデン政権とは正反対の方向での大きな変化が予測される。

|国際協調より「二国間の取引」重視
|ウクライナ問題は正義棚上げしロシアと協議?


 とりわけ、最も変化の影響が大きいのは対外政策だ。

 1期目もそうだったが、トランプ氏の対外的アプローチの根幹には理念よりも「米国にとっての利益」があり、バイデン大統領のアプローチに顕著だった「専制国家と民主主義的国家」の理念に基づく二分法的アプローチはない。

 米国第一主義は米国の短期的で直接的な利益に根差したものであり、中長期的あるいは間接的な利益は二の次だ。WTO(世界貿易機関)やOECD(経済協力開発機構)、気候変動に関するパリ協定など、規範をつくり、国際協調を行うことが翻って自国の利益にかなう、といった基本認識は薄い。

 それがWTOの上級審メンバーを送らないとか、パリ協定からの再離脱を匂わすなど多国間協力から離れていくことにつながる。トランプ前大統領が重視する「関税賦課」も、中国との貿易不均衡を是正する直接的手段として関税をかけ(中国製品には60%の関税賦課を掲げる)、米国内での中国製品の価格を上げて競争力を奪うということであり、本来、WTOが想定する自由貿易による利益からはかけ離れた概念だ。

 価値観や理念からは離れ、現実的な利益に基づく二国間の「取引」を軸とする外交は、ロシアや中国、北朝鮮といった専制主義国との取引による一定の“平和の創出”につながるのかもしれない。ウクライナ問題も結果的には戦争を止める取引が行われる可能性はあるだろう。

 これまでNATO(北大西洋条約機構)は「ロシアがウクライナの土地を占有し続ける限り正義は守れない」として、ロシアをウクライナ領から追い出すために軍事協力を行ってきたが、トランプ氏は「正義」を棚上げしてでもプーチン大統領と協議をしてロシアに有利な条件で戦争を止めることすら考える。

 中東についてトランプ第1期政権は、エルサレムへの米大使館の移転やゴラン高原に対するイスラエルの主権を認めるなどイスラエル寄りの政策をとり、アブラハム合意の下、イスラエルとアラブ諸国との関係正常化を促進してきた。従って第2期政権で、ネタニヤフ首相の対パレスチナ強硬路線を止めるに至るとは考えにくい。だが状況が悪化し、米軍の関与が迫られる事態を避けるためガザの戦争は止めようとするだろう。

|増額求められる防衛負担
|不断の対話と意思疎通が重要


 東アジアについては、同盟国・友好国と共に統合的抑止力を強化するというバイデン政権の方策を大きく変更するとは考えられないが、同盟国の負担の増額を要求するだろうし、同時に、中国や北朝鮮と何らかの外交的解決を志向するのではないか。

 中国との関係も、経済利益については米国も中国も優先的に考えるだろうし、60%の対中関税を課するという大統領選挙の公約についても何らかの取引と合わせて妥協が図られる可能性はある。

 北朝鮮については第1期政権で2度の首脳会議を経た経緯があり、米国と北朝鮮の接触は再開されると考えられる。ただ、北朝鮮を核保有国として認めることを前提とする交渉には、日本や韓国は賛同できない。

 日本はトランプ第2期政権とどう向き合うべきか。まずは、トランプ政権は不確実性が強い政権となることを考えると、日本やNATOなどの同盟国は間断なき対話を尽くすことが求められる。

 米国をできるだけ国際協調路線に引き戻すように日本は努力しなければならないし、中国や北朝鮮など北東アジア情勢への取り組み方は不断の意思疎通が重要だ。


ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/353562
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