国際戦略研究所 田中均「考」
【ダイヤモンド・オンライン】米大統領選は“常識の力”で「ハリス氏勝利」を予想、問題はその後
2024年08月21日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問
|追い風の中の民主党大会
|米大統領選、流れが大きく変わった
米国大統領選挙は、シカゴで民主党全国大会(8月19日~22日)が開催されており、残り2カ月半の最終コーナーに差しかかった。
民主党大会は、党の政策綱領を採択するとともに大統領候補となったハリス副大統領と副大統領候補のウォルズ・ミネソタ州知事のコンビが本格的に大統領選に踏み出す場となる。
バイデン大統領の「撤退」で思わぬ形で大統領候補になったハリス氏だが、直近の世論調査では接戦州で支持率がトランプ氏を上回るなど、追い風に乗っている感じだ。若さや非白人女性、若者層の支持が多いリベラル色、さらには過激なトランプ氏との好対照が武器になっている。
選挙戦でもトランプ氏との対比を前面に出し、勝利する可能性が高いとみる。
「米国第一」をかかげて外交や安全保障政策では国際協調に背を向け、「影の政府」などの陰謀論を交えて対立をあおり、時に個人攻撃を繰り返すトランプ氏には不安感を持つ国民も少なくない中で、ハリス氏のいわば「常識の力」が有権者の支持を得るということではないか。
だが、問題は大統領選後だ。
|ハリス氏のもとの団結誇示
|激戦州の支持率もトランプ氏を逆転
これほど民主、共和両党の候補者の形勢が短期間にくるくる変わる大統領選挙は例がない。
支持率低迷が続いていたバイデン大統領だったが、大統領選の支持率ではトランプ前大統領を下回っていたものの、ほぼ拮抗していた。ところが、1回目の大統領選討論会(6月27日)でのパフォーマンスから「高齢不安」が露呈し、トランプ氏の支持が増加。さらに共和党全国大会前に銃撃事件が起こり、トランプ氏が傷を負いながら「ファイト」と叫びこぶしを振り上げた姿は、不屈の強さや信念を印象づけることにもなった。映像などでその姿を見た瞬間、大統領選挙はトランプ氏で決まりと多くの人が考えたのではないか。
本来なら、共和党大会では、副大統領候補は大統領候補の弱点をカバーするような人選が行われるはずだが、トランプ氏自身も勝利を確信したのだろうか、むしろ「MAGA(アメリカを再び偉大にする)」を強く訴え、トランプ予備軍のようなJ.D.ヴァンス上院議員を副大統領候補に指名した。
おそらくトランプ氏も、その後の「バイデン氏撤退」などの展開は予期していなかったのだろう。
民主党内には、バイデン氏が後継に指名したとはいえ、ハリス氏ではトランプ氏には勝てないという意見も多かったが、驚くべきことに、その日のうちに民主党有力者から支持の表明が続出した。クリントン元大統領夫妻をはじめ、これまでの民主党大統領候補に名を連ねた人々、バイデンに代わる候補として名が挙がっていたニューサム・カリフォルニア州知事など、更には議会ブラック・コーカスやヒスパニック・コーカス、労組関係者など、そして、しばらく時を経たが、オバマ元大統領夫妻からの強い支持も表明された。
今回の民主党大会ではクリントン、オバマ、バイデンといった歴代の民主党大統領のスピーチが予定されている。
共和党全国大会でトランプ氏が候補者として本格的に動き出した時は、党内にトランプ氏の熱狂的な支持者と、反トランプの伝統的な共和党支持層の分断もあって、元大統領などの共和党有力者による演説はなかった。それに対して民主党はハリス氏の下で固く団結していることを誇示し、高揚感を演出するのだろう。
現に、両大統領候補支持率の面でも、顕著な変化がみられる。
ハリス氏が大統領候補に指名されて以降、ハリス氏の支持率は上昇し、ニューヨーク・タイムズによれば8月14日時点で、ハリス氏46.1%、トランプ氏43.4%と、2.7%の差をつけている。勝敗のカギを握る接戦州の支持率も、バイデン氏は接戦州7州全てでトランプ氏のリードを許していたが、ハリス氏はミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシン州でそれぞれ4ポイントのリードをしているという。
共和党のトランプ-ヴァンスの候補者コンビは、米国人好みの強さ、たくましさの点で大きな利点を持っていた。だが一方で、米国民にとってみれば、もしトランプ氏が勝利すれば、その次の4年はヴァンス氏が引き継いでトランプ的統治が今後8年になりかねないことに、それでよいのかと躊躇(ちゅうちょ)する向きもあったかもしれない。
|若さやマイノリティー出身が有利に
|トランプ氏との対比を前面に
米大統領選が、「バイデンVS.トランプ」の戦いだったら、経済がそれほど悪化していないなかで現職の強みはあったとしても、バイデン氏は81歳という高齢であり、討論会のパフォーマンスが致命的となり大統領職に必要な認知・判断能力に欠けるという見方が増え、トランプ氏の勝利は確かだっただろう。
しかし、ハリス氏にはトランプ氏との対比で数多くの有利な点がある。まず、高齢批判は78歳のトランプ氏自身に跳ね返っており、ハリス氏は59歳の若さと明るさを選挙戦の前面に出していくだろう。さらに、ハリス氏はインド系と黒人系の両方のアイデンティティーがあり、国内のマイノリティー層からの多くの支持を得るだろう。また長い法律家のキャリアはインテリ層にも有利に働く。
ハリス氏は矢継ぎ早に、児童税額控除や薬価引き下げ、医療費の借金帳消しなど、低所得・中流階層向けの経済公約を打ち出しており、リベラル色を明確にすることにより、トランプ氏との違いや対比を前面に押し出している。
何よりもハリス氏が圧倒的に有利な点は35歳以下の若い有権者の間の支持率だ(米Axios調査)。バイデン氏もトランプ氏に対し53%対47%で優位に立っていたが、ハリス氏の場合には60%対40%で、トランプ氏を大きく引き離している。2022年の中間選挙で民主党が予想を超える善戦をした最大の理由は、若者が投票率を上げ、民主党に投票したからだ。若者が再び民主党を救うシナリオは、大いにあり得る。
もう一つの要因は、第三の候補ロバート・ケネディJrの存在だ。ケネディの支持率は現在5%程度で推移しているが、同氏の支持者のうち8%は民主党系、23%は共和党系という統計もあり、トランプの票を多く奪っているという。
一方でハリス陣営にとっての不安要因は、イスラエルとの関係が若者層の支持低下につながることだ。若者はガザ住民に対するイスラエルの非人道的な攻撃に強い憤りを持っているが、民主党政権はイスラエルを切り捨てることはできず、ガザの停戦にも強い指導力を発揮できないでいる。ハリス氏に対しても若者の批判が向くかもしれない。
それに対し、トランプ陣営はバイデン撤退以降、戦略の立て直しを図っているのか、キャンペーンは以前ほど活発ではなく、もっぱらハリス氏への個人攻撃を強めており、例えば「ハリスは最近になって黒人のアイデンティティーを出してきた」などといった根拠のない非難を重ねている。
|浮動票の支持期待でき勝利の可能性
|「MAGA」路線との分断、対立深刻化
トランプ氏が勝利した前々回の2016年の大統領選挙では、8月20日の時点で民主党のヒラリー・クリントン氏(国務長官)が、トランプ氏に対して全米の支持率で47%対41.3%とおよそ6ポイント差で優位に立っていた。それが投票日直前には、およそ1.3ポイント差と誤差の範囲内にまで追い上げられ、結果的には接戦州の得票差で敗北を喫した。
このことを考えると、現在のハリス氏優位の支持率も、ハリス氏がバイデン氏やトランプ氏とは違う若い世代の非白人女性の候補者として登場した高揚感の故に、一時的に支持率が上昇していると見ることもできる。
またその優位といっても、いずれにせよ誤差の範囲内だ。また過去の選挙戦から見ても、9月10日に予定される大統領候補討論会の結果によって大きく変わる余地はある。
しかし、選挙を決めるのは民主・共和に強くコミットしていない浮動票だ。今後、おそらくトランプ陣営はハリス氏や副大統領候補のウォルズ知事の個人攻撃を乱暴に続けていくのだろうが、ハリス氏は長年の検事としての経験があり、ウォルズ氏は高校教師・下院議員としての庶民的で温厚な人物であり、冷静に対応していくだろう。
よほどのことがない限り、ハリス氏が大統領選で勝利する結果になると予想する。突き詰めてみれば過激なトランプ氏と好対照の冷静さ、穏健さ、そして「常識の力」が勝利するのだと思う。
ただ問題は、その後だ。トランプ陣営が選挙結果を受け入れることなく、場合によっては前回の議事堂襲撃事件のような暴力を伴う行動に出る可能性は十分あり得る。
少なくとも、ハリス-ウォルズのコンビはリベラル色が強く、トランプ-ヴァンスの「MAGA」路線との間の分断は一層深まり、米国内に混乱と厳しい対立をもたらすだろう。アメリカ民主主義の危機はそこにまで来ている。
ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/349039