国際戦略研究所 田中均「考」
【ダイヤモンド・オンライン】NATOとの連携や日比「準同盟」化、安全保障が“突出”する日米中関係の危うさ
2024年07月17日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問
|日本の生存を左右してきた日米中関係
|覇権争い、米国は「統合抑止戦略」に転換
日米中関係は、それぞれの国の生存と国益が複雑に絡む中で展開されてきたが、とりわけ日本の生存にとって不朽の課題だ。
ペリー提督来訪の目的は日本を開国し、中国との交易の中継基地とすることだった。日本は強制的に開国を迫られることになったが、急速に近代化、西欧化路線を歩んで力をつけ、その後、朝鮮半島を支配し、中国本土に進出した。日中戦争の勃発後、米国は日本の中国支配を嫌い、太平洋戦争へとつながっていく。
戦後、米ソ冷戦を勝ち抜くことが最大の課題だった米国は、ソ連との国境紛争で敵対的関係にあった中国と外交関係を樹立し台湾と断交し、日本もこれに倣った。日本は中国と平和友好条約を結び、対日賠償請求権を放棄した中国に本格的に経済協力を始めた。中国はすぐに日本の政府開発援助(ODA)の最大の受け取り国となり、日本の円借款が中国のインフラ構築に大きく貢献した。こうした動きに対して米国は、日本がひも付き円借款で中国市場を席巻することを懸念した。
国交正常化後の日中関係は概して順調に推移し、正常化を決断した田中角栄首相の派閥を中心に日中の政治関係は緊密だった。国民世論も基本的には中国に対して友好的だったが、改革開放路線を推し進めた中国が経済で飛躍的に台頭した2000年以降は、中国のナショナリズムが強まったこともあり、日中の摩擦は顕在化、日本にも強い嫌中、反中感情が高まることになった。
米国が中国を真の脅威と見だしたのは、習近平氏が総書記に就任しオバマ米大統領と最初の首脳会談を行った2013年以降なのだろう。中国は10年に日本を追い越し、世界第二の経済大国となったが、習近平氏は「中国の夢」を掲げ、中華人民共和国建国100年の2049年までに米国を凌駕(りょうが)するような「社会主義現代化強国」になると宣言した。
習氏は腐敗撲滅キャンペーンを通じて競争相手を排除し政権の基盤を強化し、徐々に集団指導体制から独裁的色彩を強め、3期目も総書記を継続するに至り、米国の猜疑(さいぎ)心はますます高まった。
米国は既にオバマ政権時代に、中国に関与して変えていく関与政策は効果がないとして、従来のアジア太平洋協力からむしろ中国を含まない「インド太平洋」協力、その中核として日米印豪(クアッド)にシフトし、バイデン政権でその傾向はさらに強まる。
AUKUS(米英豪)や日米韓、日米比の間で連携強化が進められ、米国は、軍事面に加え経済制裁や外交圧力も含めて、米国単独よりも同盟国とのパートナーシップを強化し、米国にとって「唯一の競争相手である」中国を抑止するという統合抑止戦略を推進してきた。
|安保依存の米国に政策修正を迫る
|「梃子」として独自の外交力重要
米中関係は今後とも厳しい対立を続けていくのだろう。だが、その中で日本はどうするのか。
戦後の日米中関係は、基本的には米国は冷戦思考の中でソ連と敵対していた中国と関係を正常化し、日本は近隣国として中国の支援を行うというものだった。今日、国際政治や軍事面で大きく台頭した中国は日本にとっての脅威とみなされる一方、経済では成長している最大のマーケットだ。安全保障を米国に依存する日本は、どういう構図を描くべきなのだろう。
民主主義国としての価値を共有している米国との同盟関係は、中国、ロシアといった核兵器保有国に囲まれた日本への核の傘の提供を含め、代替の余地はない。
しかし米国の国際社会における指導的立場は、アフガニスタンやイラクなど中東での介入失敗で大きく傷がついた。経済やハイテク分野でも中国の台頭により絶対的な超大国ではなくなった。米国の立場は、「世界の警察官」や「米国一強」からは大きく変わったわけで、日本の考え方も変わっていかざるを得ないのではないか。
とりわけ「米国第一」を掲げて大統領となったトランプ氏の考え方は、軍事面ではバイデン氏にも引き継がれ、米国が海外に派兵して戦うことへのハードルは高くなった。対外政策を考えるうえでの国内配慮は極めて大きくなったが、国内の分断も根深い。
経済面でも、米国が戦後掲げてきた自由貿易などの理念は薄れ、とりわけ対中国、ロシアでは国家安全保障の名の下での差別的高関税や経済安全保障の名の下でのハイテク技術規制や投資規制が拡大している。
米国が、力においても道義においても指導国であるという世界ではなくなった。更に米国が、常に正しい政策を追求するわけではない。だとすれば、同盟国は単に自国防衛のために米国に依存するというだけではなく、米国が賢明な政策を追求するために米国に影響力を行使する存在でなければならないのではないか。
米国に対して影響力を行使する同盟国であるためには「梃子」が必要だ。「梃子」は軍事力、経済力、外交力から生じるものだ。
日本は防衛力の飛躍的拡大にコミットし、日米の防衛協力は「統合的抑止力」と言えるものとなっている。従って、従来以上に米国と十分な協議をする体制になければならない。経済面では日本の長期停滞の結果、米国に対する影響力が低下したのは否めない。従って真剣に検討しなければならないのは、外交面において日本独自の力を持つと言うことだろう。
|中国との経済相互依存拡大を
|CPTPP加入の後押しも
外交面で独自の影響力を持つというのは、どういうことか。それは米国離れということではなく、米国の対外政策を修正できるだけの力を持つということだ。
英国は米国と特別の関係を持つ同盟国だが、米国の政策に最も頻繁に注文を付けてきた国だ。だが今の日本の姿は、米国の安全保障戦略に同調して対中関係を構築しているとしか考えられない。
筆者はかねがね米中関係は4Cのバランスの上に成り立っている(安保のConfrontation〈対決〉、政治のCompetition〈競争〉、経済のCo-existence〈共存〉、グローバル課題のCooperation〈協力〉)と言ってきている。
そして、現に米中は、昨年秋のサンフランシスコでの首脳会談を契機に経済・グローバル課題などについての閣僚レベルを含む協議は活発に行われ、外交部長と米大統領安全保障担当補佐官・国務長官の会談も電話会談を含めれば4回も行われてきている。
本来なら、米中対立のもとでは日本が中国と協議を活発化しなければならないのに、いまだ低いレベルの実務的協議しか行われていない。
日本は対中姿勢を根本的に変えるべきだ。安保面で米国などとの連携は強化されたわけであり、これは今後とも優先課題だが、一方で、日本の生存に欠かせない経済を中心とする中国との相互依存関係を拡大させる必要がある。
東アジアでの大きな懸念は、ロシアと北朝鮮の接近が中露朝の強い連携につながることだ。東アジアでの「日米韓」と「中露朝」のブロックの対立は避けなければならない。
現状で中国がそこまで踏み込まないのは、中国の経済は今やグローバルな展開となっており、分断は中国の利益ではないと考えているからだろう。中国経済は国内需要の停滞や不動産不況、若年者の失業など、大きな曲がり角にある。中国の共産党統治体制は、経済成長の継続が至上課題だ。米国との経済関係の改善には一定の限度がある以上、中国には日本との経済関係を発展させることの利益があるはずだ。
5月27日の日韓中首脳会談で日韓中の自由貿易協定交渉の加速がようやく合意されたが、これだけではなく、環太平洋パートナーシップ包括的先進的協定(CPTPP)への中国加入なども真剣に検討すべきだ。中国当局による日本のビジネスマンなどの拘束といった日本人の安全に関する懸念も、両国政府間の協議が拡充されることにより安心感が生まれてくることを期待したい。
中国との関係を強化することにより、日本の国民の対中感情も好転するはずだ。そして日中関係の強化は、米国に対しても梃子を持つことになる。
ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/347077