国際戦略研究所 田中均「考」
【ダイヤモンド・オンライン】インド総選挙“予想外”の与党苦戦、既存体制の逆風は米大統領選や日本の総選挙で続くか
2024年06月19日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問
|インド総選挙、モディ首相のBJP過半数割れ
|欧州選挙では右派・極右に20%超える支持
6月4日に一斉開票された世界最大の民主主義国インドの下院選挙は、モディ首相を支える与党第一党BJP(インド人民党)を中心とする与党連合(NDA)は過半数を維持したものの、BJPは議席を240と大幅に減らし過半数を割り込んだ。
順調な経済成長などを背景に、BJP単独で370議席、NDA全体で400議席確保を目指していたが、予期に反し思わぬ結果になった。
成長率は高いものの格差が拡大し、低所得者層などのインフレと失業への不満が大きいことや、モディ首相の強権的なアプローチへの反発が期待するほどの勝利を収められなかった理由だろう。
6日から9日に投票が行われた欧州議会選挙でもマリー・ルペン氏が率いる国民連合などの右派・極右の台頭が顕著だ。EU(欧州連合)統合支持派はいまだ安定的な多数を占めるが、現体制の下でのEU統合やリベラルな環境政策に反対する右派・極右が予想以上に支持を拡大し、20%を超える議席数を確保した。国民連合の台頭に危機意識を持つマクロン仏大統領は安定した政治基盤の確立を目指して議会選挙の実施を決めたが、思惑通りになるかどうかは分からない。
7月4日に総選挙が予定される英国でも、スナク首相率いる保守党は、直近の世論調査では、支持率が労働党に大きく水をあけられただけでなく、右派ポピュリスト政党の方が上回っている。
共通するのは、既成の政治体制に対する反発が予想以上に強いことだ。
今後の米国大統領選挙や年内に予想される日本の総選挙でも同様の傾向が出てくるかもしれない。
|米大統領選挙も「体制対反体制」のせめぎ合い
|どちらが勝っても分断解消は難しい可能性
今後の国際政治や世界の安全保障、外交の行方ということでこれから最大の関心を集めるのは米国大統領選挙であることは間違いない。
すでに「体制対反体制」のせめぎ合いは激しさを増している。
米国大統領選挙は、これまで二大政党間の選択選挙が基本となってきた。
民主党は大きな政府路線、つまり所得格差是正のため税収を拡大し配分を行うのを重視するとともに、人種間・男女間の公平性の担保などリベラルな価値を追求する。これに対して、共和党は小さな政府路線が基本で、政府の役割を限り経済への介入を最小限にするとともに、家族・宗教など伝統的価値を重視する。支持層も民主党の支持は労働者層、共和党は企業家層と比較的、はっきり分かれていた。
しかしトランプ前大統領の登場で、伝統的二大政党の分断軸は薄れ、新たな社会の分断を政治が際立たせることになっている。中東で20年続いた戦争は、自らの犠牲の上で米国が世界の警察官の役割を果たすことに対して国民の強い懐疑心を生み、「米国ファースト」のトランプ氏の呼びかけは米国社会全体に強い共感を生んだ。
今回の大統領選挙でもトランプ氏の世論調査での支持率はバイデン大統領と拮抗(きっこう)し、上回っている地域も少なくない。
また2045年には白人が非白人の人口を下回ることが想定されており、厳しい移民政策を掲げるトランプ氏への支持は、従来の民主党支持層にも拡大している。トランプ氏は大統領経験者として初めて刑事裁判で有罪の評決を受けており、「犯罪者」として大統領選挙を戦うことになるが、そのことでトランプ氏への支持が大きく減っている状況ではない。
バイデン大統領は、支持者に議事堂襲撃などをあおり前回大統領選挙の敗北を受け入れないトランプ氏を「民主主義への脅威」と位置付け、これに対してトランプ前大統領は、一連の刑事訴追を「既存体制による政治的魔女狩り」と非難する。
28歳から上院議員等の公職にあり続けたバイデン大統領に対して、大統領になるまで一切公職に就いたことのないトランプ氏の対決は、従来の二大政党対立を超えた体制対反体制の衝突といってよい。
本来は選挙により選択が行われ、選挙が終われば、社会の分断を緩和し、国民をまとめるのが政治の役割だが、今回の大統領選挙では全くその兆しがない。
これから2度にわたりバイデン氏とトランプ氏の討論会などが開催され、選挙活動が本格化するが、その期間を通じて社会の分断が一層深まるのは必至であり、さらに問題が深刻になるのは選挙後だろう。
トランプ氏が勝利し「復活」となれば、1期目以上の「米国第一」を推し進める一方で、国内では大統領権限を強化して、議会や司法などを抑え込もうとするなど、米国の民主主義政治が変質する懸念がある。
トランプ氏が敗北した場合には、前回20年の大統領選挙時以上に選挙の正当性を問うだろうし、トランプ支持者を中心に暴力的行動に出ることすら危惧される。12月17日の選挙人投票、1月6日の上下両院合同会議での大統領確定までの道のりは多難なものとなるだろう。
米国の指導力再生のために必要な国内の分断の解消は難しい可能性がある。先進民主主義国の指導的立場にある米国大統領選挙の混迷は、世界を一層の混乱に陥れる危惧を持たざるを得ない。
|日本の総選挙では選択肢が示されるのか
|「永田町政治」との決別、「衰退」の流れを変える道
日本でも政治状況は混迷からの出口が見えない状況だ。
自民党裏金問題の発覚などで著しい不信を招き、自民党は衆院補欠選挙や地方選挙で負け続け、岸田内閣の支持率は10%台に低迷している。
岸田首相は、念頭にあった今国会閉幕後の衆院解散・総選挙は諦めたようだが、9月の自民党総裁選挙後には、年内にも総選挙が行われると予想されている。
これまで総選挙は「官から民へ」(小泉首相)、「戦後体制の総決算」(安倍首相)や「官僚依存からの脱却」(鳩山首相/民主党)といった統治の基本を示すような考え方が示され、国民の選択を求める機会にしばしばなってきた。
もし年内に総選挙となれば、日本の沈滞した政治状況を打開する契機としなければならない。具体的には2つの意味で新しい選択肢が示されることだ。
第1は、いわゆる「永田町政治」といわれる、「カネ」のかかる政治、不透明な政治資金、自民党を中心とする派閥体制・長老政治・世襲議員といった政治体制から決別する道だ。
その上で、第2は「失われた30年」といわれるように日本が衰退してきた流れを変える道だ。
日本の経済成長率や労働生産性、実質賃金の低迷、公的債務のGDP(国内総生産)比率などの経済指標や少子高齢化、ジェンダーギャップなどは改善の傾向になく、日本は主要先進国中最低位に落ち込んでいる。果たしてここから抜け出る展望を政治が示せるかどうか。
日本の国政選挙の投票率は、1950年台の75%超から最新の選挙では55%程度に下降してきている。韓国の大統領選挙や議会選挙は67%程度、スウェーデンでは80%を超える。政治に対する不信はさらなる投票率の低下につながりかねず、今度の選挙が日本の将来を決める重要な選挙であることを有権者にも示す必要がある。
自民党の自浄能力が問われるのは当然だが、野党も自民党政治に対して批判に終始するだけではあってはならない。
有権者が政権交代を期待するような政治のビジョンを示し、明確な選択肢を示す必要がある。特定の政党を除いてはイデオロギーに大きな差はない以上、日本の発展を可能にする現実的なアプローチを提案できるかどうかにかかる。
特に人口減少を前提とせざるを得ない日本で質の高い社会をつくっていく具体策や、米中という二大強国に挟まれる日本が自由主義を維持しつつ地域の安定を築くための外交の道筋が示されることが重要だ。
既成政治への不信が世界的に強まる中で、日米の選挙が国民の政治に対する信頼を再構築する結果になることを切に期待したい。
ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/345650