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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】日米「軍事の一体化」で日本は中国抑止の最前線、外交の自主性は大丈夫なのか

2024年04月17日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|日米首脳会談、指揮統制連携強化など合意
|軍事面の協力に大きなウエート


 4月10日にワシントンで日米首脳会談が行われ、日米関係を「グローバルパートナーシップ」と位置付ける共同声明が発出された。

 同盟強化のため自衛隊と米軍の指揮統制の連携強化など日米の「軍事面での一体化」、さらには米英豪の安全保障協力の枠組みである「AUKUS(オーカス)」との先端技術分野を巡る協力に向けた協議の開始などが盛り込まれた。

 これまで、これほど軍事面の連携にウエートが置かれた共同声明はなかった。日本は米国の戦略上は中国抑止の最前線として位置付けられた形だ。

 これは日米関係だけではなく、日本の対外関係にとって大きな転換点と見なされるのだろう。サンフランシスコ講和条約と日米安全保障条約締結以降、歴代政府が日米関係は日本外交の基軸であると言い続けてきたが、今回の共同声明はそれにとどまらず、軍事を中心として日米の一体化に踏み切ったといえる。

 今回の米国との合意は、安全保障の観点からは大いに連携が強化されることになるが、日本の2つの根本問題とのあつれきや支障が懸念される。

|AUKUSとも連携強化
|対中抑止で平時・有事の最前線に


 共同声明からみえる絵柄は、中国の脅威に対抗し、平時から有事にかけて円滑に日米が安全保障協力を行うために、指揮統制系統、さらには装備の開発生産や維持、情報、研究開発、サイバー、宇宙など日米が一体として進むことを明確にしている。

 もちろん軍事だけではなくAI(人工知能)や量子技術、半導体などの幅広い分野での協力や貿易・投資関係でも経済安全保障の観点を中心課題としている。しかしこれほど軍事面に偏った日米間の共同声明は、これまでなかった。

 米国はオバマ政権の「アジアへの回帰(ピボット)」にはじまり、日本をアジア戦略の中心拠点と据えてきた。中国を唯一の戦略的競争相手として対抗する戦略を着々と進め、対中戦略的枠組みとしてQUAD(日米豪印戦略対話)、安全保障の枠組みとしてAUKUSを創設し、その上で、日米韓、日米比など3カ国での安全保障協力に注力してきた。

 米国が世界の警察官として一国で国際秩序や安全保障を安定化させるのは非現実的であり、同盟国と一緒に対中抑止力を強化するというのが、バイデン政権の基本的戦略だ。

 今回の共同声明で中心課題として据えられているのは中国に対抗する上で日本を平時・有事の最前線とするという概念だ。北朝鮮抑止の最前線は韓国であるが、対中抑止の最前線は日本というわけだ。

 米ロのINF条約(中距離核戦力全廃条約、2019年破棄)により両国は中距離ミサイルを持たず、米国は東アジアでは、中国の中距離ミサイルに対抗する中距離ミサイルを配備できなかった。

 しかし、日本が反撃能力(敵基地攻撃能力)を持つことを表明し、米国からのトマホーク取得に踏み切ることにより、このミサイルギャップは埋めることができると考えられる。一方で日本は「専守防衛」に従ってミサイル発射を行うためには米国の情報などのインフラを活用することが不可欠となり、米国が日米軍事の一体化を望むゆえんだ。

 米軍基地の増強や米軍独自のミサイル配備をして日本の国内世論の反対が強まるのを回避できるということだろう。

|台湾有事でも米軍と共同行動?
|憲法との整合性をどう担保するのか


 日本の安全保障という観点に立てば日米軍事の一体化は好ましいことには違いない。

 しかし歴代政権は憲法と日米安保を両立させるため苦労してきた。それが徐々に安保優先に傾き、安倍政権下で集団的自衛権の一部行使容認の憲法解釈に基づく新安保法制が成立した。

 岸田政権はこの安保優先の考え方を大きく進めた。

 その背景には22年のロシアによるウクライナ侵略があり、岸田首相は「今日のウクライナは明日の東アジア」だとし、日本のメディアも台湾有事の可能性を大々的に報じた。

 防衛費のGDP(国内総生産)比2%への飛躍的拡大や反撃能力の取得、さらに英国・イタリアとの戦闘機共同開発に伴い、直近には武器輸出についても拡大を決めた。

 そして今回の日米首脳会談における米国との軍事一体化だ。国内的議論を尽くしたとは思えない形で、これまで意識された憲法の制約を大胆に超えてきている。

 ここまでくれば、戦争放棄や自衛のため以外の戦力は持たないことを掲げている憲法の制約はないも同然の状況が現実になり始めているかのようだが、少なくとも国会等で議論を尽くす必要はあるはずだ。

 おそらく今後の最大の焦点は日米の指揮統制の枠組みの連携問題だろう。連携が強化されるほど憲法との齟齬(そご)が生まれる可能性がある。

 さらに日本はAUKUSとの連携を考えていくとされているが、英国とオーストラリアは湾岸戦争やイラク戦争を含め常に米国と共に戦争を戦ってきた国であり、AUKUSと連携しパートナーシップを組んで仲間入りすることを議論なく進めてはならない。

 日本が憲法を改正して専守防衛を放棄し、かつ日米安全保障条約を改正して相互安全保障条約として日米双方に相互的防衛義務をかけることまで踏み出すのであれば問題はないだろう。しかし現行憲法の下では日本と米国の軍事姿勢は大きく異なる。日本の自衛隊は極めて例外的な場合を除き日本の領域を超えて戦闘を行うことは認められていない。

 一方、米軍にはそのような制約はなく、かつ日米安保条約でも日本の基地を使い極東の平和と安全のために行動することを認められている。日米の軍事一体化が進めば進むほど、日本の憲法上の制約に基づく日米の役割分担を維持するのは難しくなる。

 反撃能力の保有は、他国への打撃力の「矛」は米軍に委ね、自衛隊は日本防衛の「盾」に徹するという戦後の役割分担から、日本も「矛」の一部を担うということに修正はされたが、それでも日米の役割分担の基本は変わっていないはずだ。

 しかし軍事一体化が進むほど、米国の圧倒的に強い軍事力の下で、東アジアでの行動に日本が引き込まれていくという懸念が大きくなる。例えば台湾有事となった場合も、日本有事となる前に米国と共同して軍事行動を起こすことすら考えられないわけではない。

 国際環境は変わり、日本が自身の安全を担保するために米軍と一体化していく必要性は否定するつもりはないが、なし崩し的にこれを行っていくのは危険だ。

 日本が戦争に巻き込まれざるを得ない場合はあるが、戦争は大きな犠牲を生むわけで、米国に一方的に追随するようなことで軍事優先というわけにはいかない。

|外交の自主性、自律性が損なわれる懸念
|中国をエンゲージする独自外交を


 日本外交の最大の課題は外交の基軸である日米関係を最重視して進めることだが、常に国内で議論されてきたことは、米国に依存するあまり外交的に米国に従属し過ぎることにならないかという点だった。

 軍事的には圧倒的に米国の力は強く、軍事一体化が進めば進むほど日本は米国に忖度(そんたく)するあまり対外的に独自路線をとれなくなるのではないか、という懸念がある。

 最近でもイスラエルのガザ攻撃は多数の民間人の犠牲を生み、人道重視の見地から強い反対の態度をとるべきだが、日本政府の姿勢は米国に対する配慮が強過ぎるのか、イスラエル寄りが目に付く。

 今回の日米首脳会談の合意でも最も気になるのは、対米依存が強まるあまり日本の対中外交の手が縛られてしまうのではないかという点だ。

 しかしこれは日本の認識次第なのだろう。

 02年に小泉純一郎首相は、米国が北朝鮮に対する抑圧政策をとっていた時に北朝鮮訪問を実行した。日本は拉致問題など日本の課題をこなしていくのに米国の反対は受け入れない、しかし同盟国・米国の利益を害することはしないという強い考えで米国を説得した。この結果、訪朝後も小泉―ブッシュの関係はむしろ一層強化された。

 米国自身、中国との対話を米国外交の中心課題として、首脳レベルの会談や電話連絡に加え、頻繁に閣僚レベルの対話を続けている。日本も独自の対中戦略の下で中国との対話を考えていくべきなのだが、米国に対する遠慮があるのか、中国への不信感の故か、中国側も米国と一体化している日本を相手にしないということなのか、中国との接触レベルは極めて低い。

 米国との強い関係の下でむしろ中国とは新しい関係を築くべきであり、そうすることが米国との関係でも大きな意味を持つ。つまり日本が中国に物を言う関係をつくることが、米国に一方的に求められることへのてこにもなる。

 軍事的な抑止力を強化するだけで地域の平和を担保できるわけではない。この地域に存在する相互依存関係を破壊することは誰の利益にもかなうものではない。

 中国を積極的にエンゲージしていく政策で中国は変えられないと米国は結論づけているようだが、日本はそうであってはならない。むしろルールに従った貿易投資、エネルギー協力などに中国を巻き込んでいく努力をして失うものはない。

 そういう観点から、中国が申請するTPP(環太平洋連携協定)への加入も本格的に検討すべきだ。

 日本はアジアにあり、米国との親密な関係だけで繁栄できるわけではない。米国との強力な対中抑止力の構築に甘えることなく、アジアとの関係の強化にまい進する必要がある。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/342246
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