国際戦略研究所 田中均「考」
【ダイヤモンド・オンライン】2024年に深刻化する世界の「5つの分断」リスク、平和と安定のための処方箋
2024年01月17日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問
|世界はより深刻な分断の瀬戸際
|「権威主義国VS民主主義国」の衝突回避を
ロシアのウクライナ侵攻を契機にしたウクライナ戦争は泥沼化したまま2024年は3年目に入り、パレスチナのガザ地区ではイスラエルの激しい攻撃のもとで住民が悲惨な状況で新年を迎えることになった。だが世界は2つの戦争を巡っても各国の対応は一致せず、むしろ対立色を強めている。
いまの世界や国際情勢を語る際のキーワードは「分断」だ。2000年代以降、各国が相互依存関係で結ばれ新興国や途上国も成長の果実を得たグローバリゼーションの時代は終わりを迎えるということなのだろうか。いまはグローバリゼーションとともに飛躍的に台頭した中国と米国との対立が時代の基調となり、24年の世界は「5つの分断」に振り回されることになりそうだ。ロシア・ウクライナ戦争やイスラエル・パレスチナ戦争のほか、衝突の危機が続く朝鮮半島、中国と台湾の緊張関係、そして米国内の激しい党派対立だ。この5つの分断はいずれも簡単な解がない。そして成り行き次第では、中国とロシアが先導する権威主義国家群とG7を中心とする先進民主主義国群のより大きく深い分断となっていく恐れもある。これは冷戦にとどまらず熱戦のリスクを秘めている。
世界は分断やその深刻化を克服できるのだろうか。
|グローバル化の下での相互依存は一転
|分断の背景に歴史的怨念
グローバリゼーションは政治の壁を突き破り、ヒト・モノ・カネが縦横に動き回ることによって、多くの国に経済的繁栄をもたらした。貿易量は拡大し、途上国とされていた国の中では人口の大きい中国やインドなどが新興国として台頭した。各国は相互依存関係で結ばれ、平和と安定の世界に向かうのではないかと思われた。状況が一変した背景には、根深い歴史的経緯がある。
ウクライナ侵攻を決めたロシアのプーチン大統領は「ソビエト連邦の崩壊は20世紀最大の悲劇」と述べた。ロシアは歴史的に根深い大国志向の国であり、ロシアが第二次世界大戦戦勝記念日として軍事パレードを行うのはロシア自身がナチスドイツを打ち破った5月9日だ。米国との冷戦に負けソ連を構成していた国々が次々と西側に入っていく中で、伝統的なロシアの価値観を持つプーチン大統領には、ロシア人の人口も多いウクライナがNATO(北大西洋条約機構)に傾斜していくのは許せないとの思いは強いだろう。
ロシアの軍事侵攻は、第二次大戦後の国際秩序の基本となった国家主権の尊重、そしてそれを基に進んできたグローバリゼーションとは真逆のものだが、3月に予定されるロシア大統領選挙ではプーチン氏が圧勝することになるのだろう。そして36年までの長期政権を視野に入れているプーチン大統領は現在のウクライナ全土の20%に当たる占領地を手放そうとはしないのだろう。
イスラエルの右派ネタニヤフ政権も国際社会の圧力に屈してハマスに弱みを見せることはないだろう。1948年にパレスチナの地にイスラエルが建国されて以降、イスラエル、パレスチナのお互いが歴史的怨念を持つ。イスラエルにとっては、ハマスのテロに対する徹底的なガザ攻撃は、4次にわたる中東戦争以来、続いてきたパレスチナとの闘争の続きに過ぎない。同様にパレスチナ人にとっても、戦争は自らのアイデンティティーを懸けた戦いだ。今年も、中東ではイスラエルとハマスやヒズボラ、フーシといったイスラム過激派武装組織との戦闘が拡大していく可能性が高い。
朝鮮半島も、南北双方で300万人の死者を出すという同じ民族間の戦争では他に例を見ない朝鮮戦争が休戦状態にあるだけで、何時火を噴いても不思議ではない。韓国、北朝鮮双方で政権が代わろうとも根っこにある怨念が解消されるわけではない。
中国と台湾の関係も不安定な状況が続くだろう。習近平中国共産党総書記は中華人民共和国創建100年の2049年までに実現すべき「中国の夢」を掲げる。中国が米国と並ぶ豊かな国になるという目標には台湾統一は不可欠だと考えられているのだろう。1月の台湾の総統選挙の結果、民進党の頼清徳副総統が勝利し、中国と距離を置く民進党政権が3期連続で続くことになったが、中国の対台湾圧力は強くなっていくだろう。台湾海峡で直ちに火を噴くわけではなかろうが、この地域の軍事バランスは中国有利に変わりつつあり、時と共に軍事行動の懸念が高まる。
|分断深めた米国の抑止力・指導力の低下
|トランプ氏意識してバイデン政権内向きに
グローバリゼーションは、米国の課題設定能力と指導力により実現してきたものだった。また、根の深い分断が衝突に至るのを止めてきたのは米国の抑止力だった。しかし、この20年の間に米国の抑止力や指導力は著しく低下した。01年9月11日に起こった同時多発テロは実に大きなインパクトを持っていた。米国が始めた2つの戦争――テロとの戦いとイラク戦争――は、膨大な人的・財政的コストを費やしたが、十分な成果を上げることはできなかった。20年後、米軍の撤退とともにアフガニスタンにはタリバンが戻り、イラクの民主主義的安定がもたらされたわけではなかった。米国国内には厭戦(えんせん)気分が充満し、戦争を始めたブッシュ大統領以降のオバマ、トランプ、バイデン各大統領に課せられたのは米軍の撤退だった。
バイデン大統領はプーチン大統領がウクライナ侵略を企図しているのを知りながら、米軍を派遣するつもりはないと言い切り、ロシアの侵攻を許してしまった。抑止力は、相手に「米国は戦争をする用意がある」と信じさせる力である以上、バイデン大統領が国内的考慮から派兵を否定したのが果たして適切であったかどうか。米国の強い抑止力を背景にさらに政治的解決を追求するべきだったとの議論も成り立つ。ガザについてもイスラエルの強硬なガザ攻撃を止めることができないのは、やはり米国内のユダヤロビーの強い影響力があるからだろう。
バイデン民主党政権がかくも内向きになっているのは、11月の大統領選挙に向けて支持を高めつつあるトランプ前大統領の存在があるからだ。トランプ氏は一貫して「偉大な米国を取り戻す(Make America Great Again)」の旗印の下、「米国第一政策」を掲げてきた。その旗印の下では国際的協調や国際的規範の重要性はかすむ。
米国が第二次世界大戦後に一貫して進めてきた「自由貿易」もトランプ政権以降、国家安全保障の観点からの修正が目立ち出している。トランプ大統領は国家安全保障の観点からアルミや鉄鋼に輸入関税を課し、バイデン大統領になってからも「経済安全保障」を前面に、ハイテク、特に半導体の規制を進めてきた。WTO(世界貿易機関)上も国家安全保障の観点からの規制が否定されているわけではないが、これが行き過ぎると自由貿易主義は大きく後退していく。
|大統領選挙の結果にかかわらず
|米国内の分断は深まる
その意味では、11月に予定されている米国大統領選挙は、結果次第では世界の分断をさらに進めることになりかねない危うさを抱える。民主党はバイデン大統領、共和党はトランプ前大統領が候補者として選出される見通しで、現段階では大統領選挙本選は接戦となりそうだ。この数カ月の動向としてトランプ前大統領が有利とする世論調査が多い。米国の大統領選挙は景気と失業率により左右されると考えられてきたが、米国内の政治的分断は既に深刻となっており、経済、外交を含め選挙直前の状況で浮動票がどちらに振れるかによって決まるのだろう。特にウクライナとガザの戦争にどう向き合っていくのかが決定的な意味を持つのかもしれない。現在のまま推移すればウクライナへの軍事支援は延々続き、ガザでのイスラエルの呵責(かしゃく)なき攻撃は続くということになり、米国はこれを止めるべきではないか、という若年層の声が大きくなり、バイデン氏とトランプ氏のどちらが戦争を止められるのかが、有権者の判断基準となるのかもしれない。
ただ4件の刑事訴訟を抱えるトランプ氏への支持が根強いのは、グローバリゼーションも含めて国内で推進されてきたリベラルな秩序づくりに対する保守層の根強い反発があるからだ。その意味ではどちらが勝利しようとも米国内の政治的分断は深まっていくと予想される。もしトランプ氏が勝利する場合には、2期目のトランプ政権は1期目以上にトランプ色を強くするだろうし、対外的にもアメリカ第一主義が色濃く打ち出されることが懸念される。
|分断深刻化の鍵を握る中国
|抑止力強化と関与のハイブリッド戦略を
最も懸念されるのは、こうした「5つの分断」が、米国を核とする先進民主主義国と中国とロシアを中心とする権威主義的グループのグローバルな分断に至ってしまうことだ。これは世界が政治的にも経済的にも2つに分断されることを意味する。日本をはじめ多角的な経済貿易体制に依存している国々にとっては何としても避けたいところだ。
どうすればいいのか。第一に、米国の抑止力を補完するNATOや日本の防衛力強化は正しい政策だ。米国が同盟国と共に抑止力を強化していくことにより分断が衝突につながる危険を排除していかなければならない。特に朝鮮半島や中国、ロシアを念頭に置いた日米韓の連携と日米の統合的抑止力の強化を推進する必要がある。NATOもフィンランドやスウェーデン、さらには究極的にはウクライナの加入を視野に入れて、活性化が図られていかなければならない。
しかし、抑止力の強化だけがグローバルな分断阻止の処方箋ではない。鍵を握るのは中国であり、中国がロシアと本格的な連携に至れば、グローバルな分断阻止は難しくなるし、朝鮮半島でも台湾海峡でも衝突の危険性が増す。中国を過度に追い込むのではなく、日本はむしろ経済面では中国に積極的な関与政策をとるべきだろう。貿易、投資、気候変動やエネルギー面で中国を地域的な協力の枠組みに巻き込んでルール重視の協力関係をつくる余地はある。
こうしたハイブリッド戦略は23年11月の米中首脳会談で一致したと伝えられる「対立しても衝突せず」という基本的な認識にも合致していると考えられる。しかしこの戦略もトランプ政権が誕生すれば困難になっていくと予想される。バイデン政権の下でできるだけハイブリッド路線を定着させていくことが決定的に重要だ。
ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/337338