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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】ウクライナ・ガザ・台湾問題と米大統領選の「共振」、2024年の世界は大きく変動

2023年12月20日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|バイデン政権、難しいかじ取り
|「トランプ再登場」となれば混迷

 2024年は1月に中国との関係を焦点にした台湾総統選挙、3月にはウクライナ占領を続けるロシアの大統領選挙、そして11月には、バイデン大統領とトランプ前大統領の再戦となりそうな米国大統領選挙が予定される。これら選挙の行く末を大きく左右するのが、ウクライナやガザでの戦争をはじめとする国際情勢だが、また同時に選挙の結果が国際関係の成り行きを変えていくことになるだろう。とりわけウクライナ、ガザの戦争の動向、そして新総統の下での台湾の行動が米国大統領選挙に与える影響は大きい。ウクライナ戦争が膠着(こうちゃく)の度合いを強め、米国では共和党内からウクライナ追加支援に慎重な声が出る一方で、ガザ地区への激しい攻撃を続けるイスラエルへの国際的な批判が強まるなど、バイデン大統領にとっては難しいかじ取りだ。大統領選でトランプ氏が、ウクライナ戦争を停戦に持ち込めず、イスラエルの攻撃も止められないバイデン政権下の「米国の弱さ」をアピールして、返り咲く可能性もある。24年は世界の不安定と混迷が一段と強まりかねない。

|ウクライナ戦争長期化で支援疲れ
|バイデン氏の選挙戦には不利に

 2024年はロシアのウクライナの侵攻開始から3年目に入るが、ウクライナの戦争は膠着状態にある。ウクライナの反転攻勢は大きな成果を上げているとは言い難い状況で、再び冬を迎えている。ロシアにウクライナ全土の20%を占領されている状況が続く中、ウクライナ内部でも軍部の不満や政府内の路線の違いが目につき出している。バイデン政権は、ウクライナ追加支援などのため総額1000億ドルを超える補正予算を提案しているが、共和党が過半数を握る米上院は12月6日に補正予算の審議を進める動議を否決し、現状では予算成立のめどは立っていない。ウクライナ支援に対し共和党は消極的な姿勢を強めており、明年春以降の軍事支援の見通しは立っていない。欧州も一枚岩ではなく、ウクライナ支援疲れが見える。
 一方のロシアも兵員や弾薬の不足が言われているが、少なくともプーチン大統領にとっては、情勢は再選に有利に推移しているようにみえる。直近の世論調査でも80%超の支持率を得ているとされ、3月の大統領選挙ではプーチン氏の圧勝が既定路線となっているように見受けられる。プーチン大統領は、大統領選挙で30年までの大統領在位を確実にした後(憲法上はさらに1期、36年まで大統領職にとどまることが理論上は可能だ)、ウクライナの占領地のロシア化を一段進めるとともに、米国や欧州との対抗を有利に進めるべく積極的な外交に打って出るだろう。すでにロシアはイランや北朝鮮との関係強化だけでなく、BRICSやグローバルサウスなどとの関係強化を図っている。さらには中国と軍事面はともかく、非軍事面で強固な関係を構築しつつある。EU(欧州連合)はウクライナのEU加盟交渉の開始に合意したが、ウクライナの加盟実現には長い期間がかかるのだろう。
 バイデン大統領にとってもウクライナ戦争は国内政治的にデリケートな問題となっている。来年以降のウクライナ軍事支援に必要な予算は宙に浮いているが、バイデン大統領は共和党との妥協は可能だと考えているのだろう。しかし来年夏には、おそらくトランプ前大統領が共和党の候補に決まり、トランプ氏は大統領選でもプーチン大統領寄りの姿勢をとることが予想される。米国世論がどこまでウクライナ支持でまとまり続けるか確たる見通しはなく、バイデン大統領には外交努力によって停戦に持ち込むべきとの圧力が高まるとみられる。ただ現状ではウクライナ戦争が終わる見通しは立て難く、ウクライナ問題はバイデン大統領の選挙戦にとっては不利な要因になるだろう。

|ガザの戦争は終息する見込みが薄い
|イスラエルの攻撃止められず批判強まる

 ネタニヤフ政権はどんなに国際的圧力が強まろうともハマスを撲滅するまで戦うという姿勢を変えないだろう。ネタニヤフ政権は強硬論を掲げる極右を含む右派政権であるとともに、ハマスの襲撃を許したのはネタニヤフ政権の失態であり、その意味でもハマス撲滅の形がつかない限り戦いをやめることはないだろう。イスラエル・パレスチナ問題は、1948年のイスラエル建国以降、イスラエルとアラブ諸国との4次にわたる戦争を経て、パレスチナ人の自治を認めるオスロ合意が締結された。しかしそれ以降もハマスの自爆テロやガザへのイスラエルの空爆など紛争が続いており、イスラエルにとっては、ガザ戦争は単にテロへの報復にとどまらず、ハマス根絶の戦いと位置付けられている。
 しかしイスラエルのガザ攻撃は自衛権の行使の範囲をはるかに超え、多数の民間人の犠牲を伴う国際人道法に違反する行為であることは否定できない(ハマスの奇襲により1200人が犠牲になったのに対し、ガザへの攻撃で民間人を中心に1万8000人が犠牲になったとされる)。イスラエル支持の姿勢をとっている欧米諸国でも、国内では反ユダヤ感情が強まっているが、とりわけ米国は難しい状況だ。米国にはユダヤ人の4割に当たる600万人が居住し、金融、メディアなどの分野で大きな影響力を持っている。米国世論は基本的にイスラエル支持であることに変わりがないが、民主党の支持層ではパレスチナを支持する割合が増えている。特に若い世代はイスラエルの攻撃は非人道的だとしてイスラエルを非難し停戦を呼び掛ける声が強くなっている。そのような状況の中でバイデン大統領もイスラエルに自制を呼び掛け、それに応じないネタニヤフ政権を非難するところまで来た。
 イスラエルを支持し続ける中で米国自身が国際的に孤立する状況になってきたからだ。これまでも国連のイスラエル非難決議に米国はほぼ例外なく反対してきてはいるが、国連グテーレス事務総長の要請により提案された12月8日の安全保障理事会での停戦の決議では、反対し拒否権を行使したのは米国だけで、米国の孤立を象徴的に示すことになった。ウクライナ問題についてはロシアの拒否権行使により国連安保理は機能しなくなっているが、ガザ戦争では米国の拒否権行使が国連を機能しなくしている要因になっている。イスラエルの呵責(かしゃく)なきガザ攻撃が続けば続くほど国際社会におけるイスラエルおよび米国の孤立は続くだろうし、米国内においてはバイデン大統領への支持が薄れていく。米国にとってもできるだけ早くイスラエルの攻撃を止めることが肝要となろうが、ネタニヤフ政権は容易に受け入れることにはならないだろう。ネタニヤフ首相もプーチン大統領と同様、トランプ大統領が再登場すればイスラエルにとって好ましいと考えているのだろう。

|台湾総統選、中国は“介入”しないが
|民進・頼氏勝利なら軍事演習でけん制?

 米中関係では、11月のサンフランシスコにおける米中首脳会談で、「(米中は)対立すれども衝突せず」という点では大まかな意見の一致を見たようだ。国防大臣間の対話など軍と軍との対話に合意されたのは良いことだった。それと同時に米中は気候変動や麻薬、AI(人工知能)についての協力を改めて確認したようだ。こうした状況で来年1月の台湾総統選挙は米中関係をより安定の方向に向かわせるのか、それとも衝突のリスクを高めることになるのか、その結果は注視が必要だ。現状では民進党の頼清徳候補(副総統)と国民党の候友宜候補との接戦が予想されている。中国は中国との対話を重視する国民党候補の当選を期待しているのだろうが、直接的な選挙介入を行うことはないのではないか。国民党も以前とは異なり一国二制度が香港で破綻したのを見て、仮に政権をとっても米国から離れ、中国との統一を目指すことはないだろう。だが一方で、中国は国民党への働き掛けは強めるだろう。一方、頼清徳候補については独立志向が強いとの見方もあり、頼氏が勝利した際には、中国は台湾海峡での軍事演習などを通じて台湾をけん制するのではないかとみられている。特に1月の総統選挙から5月の就任演説に至る期間は台湾海峡の緊張が相当高まることも想定され、米国大統領選挙を巡る状況如何で米国の対応も異なってくるのかもしれない。米国は対中強硬論で国論は統一されやすく、注意が必要だ。

|外交努力でどこまで状況改善できるか
|「弱い米国」批判で再登場狙うトランプ氏

 米国大統領選挙では失業率などの経済状況が勝敗に大きな影響を持つとされるが、今回の大統領選挙は、米経済がコロナ禍から立ち直り、一方でインフレ率もピークを超えて鈍化がはっきりしてきた状況で、経済問題が争点になるとはあまり考えられない。おそらく4件の刑事訴訟を抱えたトランプ前大統領と、81歳になり高齢が懸念されているバイデン大統領の争いになると想定されるが、トランプ氏を支持する岩盤支持層に揺らぎはなく、相当な接戦になると予想される。争点は、人工妊娠中絶や移民などの社会問題に加えて、今後の状況によっては対外関係も大きな争点となる可能性がある。トランプ氏は「米国を再び偉大に(Make America Great Again)」「米国第一(America First)」の掛け声の下、強い米国を掲げるのだろう。選挙戦では高齢のバイデン大統領の下での「米国の弱さ」と対比して有権者にアピールするに違いない。ウクライナ戦争を停戦に持ち込めず、ガザへのイスラエルの強硬な攻撃も止められないし、台湾海峡の緊張が高まるのは、米国の指導力の低下のためだと言いはやす可能性が強い。「強い米国」を掲げた共和党レーガン候補とイラン人質問題を解決できなかったカーター大統領が争い、レーガン候補が勝利した1980年の大統領選挙をほうふつさせる。果たしてバイデン大統領は、これから来年11月の大統領選挙に至る過程で、いかに外交で成果を上げられるだろうか。これが再選の大きな鍵になるだろう。ウクライナの問題は停戦もさることながら、停戦後のウクライナの安全保障の形や膨大なウクライナ復興経費にどう道筋をつけるのか。ガザについても、停戦後のガザの統治の枠組みや、さらにはイスラエルとパレスチナが共存していく体制をいかに確立するかといった根本的問題が残る。台湾については台湾の独立を自制させつつ対中抑止力強化の支援をバランスさせる必要がある。こうした外交は米国しか主導することができない。
 米国の外交努力が結実することを願いたいが、結果的にはトランプ大統領の再登板も大いにあり得る。日本もいろいろな可能性を念頭に米国との向き合い方を考えていく必要がある。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/336144
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