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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】イスラエル・ガザ戦争でも「内向きの米国」、懸念される“トランプ再登場”

2023年11月15日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|米国の対外アプローチに
|国内志向が強まった

 イスラム組織ハマスの10月7日のイスラエル襲撃から1カ月余り。パレスチナ・ガザ地区ではイスラエル軍の地上侵攻や空爆による連日の攻撃で多数の住民が死傷し、北部から南部へと人々が着の身着のままで避難する悲惨な情勢が連日、報道されている。進攻回避や戦闘停止でネタニヤフ首相への影響力が期待された米国だが、「住民避難のための1日4時間の戦闘停止」を辛うじて実現させただけだ。バイデン大統領は、「期待したより(戦闘停止実現に)時間がかかったし、(停止の時間も)短い」と失望を隠さなかったが、ウクライナ戦争に続いて、「世界の警察官」時代とは違う「内向きの米国」を改めて世界に印象付けた形だ。深刻なのは、それが米国自身の外交姿勢の問題にとどまらないことだ。国際政治や外交への米国の関心や関与が弱まることは世界秩序の不安定化が進むことにもなる。来年の大統領選の結果次第では、そのリスクがさらに強まる可能性がある。

|「世界の警察官」の役割
|国内政治の上でも難しく

 ウクライナ戦争は秋の泥濘期に入り、ウクライナの反転攻勢の勢いは止まり長期戦の様相を一段と強め、世界の分断状況もまた深まるが、米国はロシアがウクライナを侵略することを事前につかみながら、バイデン大統領はプーチン大統領に対して「米国が兵を送る気はない」との姿勢を示したことが、結果的には侵略を許す一因となったことは間違いない。ガザ戦争でも、バイデン大統領は、イスラエルがイスラム組織ハマスに攻撃されたのを受けて、真っ先にイスラエルのハマスへの報復攻撃はイスラエルの「権利のみならず責務である」と述べた。イスラエルは米国の支援を得たとばかり、多数の市民の犠牲を生むことになる呵責なきガザ攻撃に入っていった。世界を揺るがす直近のこの2つの軍事衝突での米国の姿勢は、米国が国際社会の指導者の役割を果たす以前に強い国内志向に陥ってしまっていることを示している。ウクライナに関するバイデン大統領のステートメントをどう解すべきなのだろうか。国際政治の観点から見れば、ロシアを侵略に走らせないためには、米国は軽々に介入しないことを明らかにして米国の抑止力を放棄してしまうのではなく、抑止力を背景に政治的解決をはかるべきだったとの指摘は説得力を持つ。米国は全ての紛争に軍事介入するわけにはいかないが、介入する例を作らなければ抑止力は消滅するということは、ジョージ・ケナンら米国の戦略家がかねて語っていたことだ。
 またブッシュ政権下のネオコンと言われる人々は、テロや大量破壊兵器の拡散はそれを支援する「ならず者国家」がいるからだとして、米国単独でも「ならず者国家」への先制攻撃をすべきとの論を張った。しかし、20年続いたアフガニスタンやイラクでの戦争は好ましい結果を生まず、米国は疲弊した。米国の指導者が米国は世界の警察官ではないというのは、大きな負担を負い海外で戦争をするのはもはや国内政治的に成り立たないということだろう。そのことを決定的にしたのが、「アメリカ・ファースト」を掲げて誕生したトランプ前政権だった。トランプ政権は米国の同盟国との関係でも十分な防衛負担をしない諸国に対しては、公然と批判して防衛負担を求め、同盟国にすら米国の安全保障のコミットメントに疑義を抱かせるような余地を残した。バイデン政権は「統合的抑止力」の強化を言い、米国単独ではなく、NATO諸国や日本との強い連携の下での統合的な抑止力を強調する。
 いずれにせよ、従来のように国際的規律を守るために単独でも戦うという役割は、もはや米国に期待することはできないということなのだろう。そういう意味では、今後の安全保障体制は米国自身の抑止力低下を前提に、米国と同盟国との統合的抑止力で、従来の米国依存の抑止力にどこまで取って代われるのか、ということが課題になってくる。

|イスラエル・ガザ問題でも板挟み
|保守層とZ世代で支持分裂

 米国が今回、イスラエルとの関係で戦闘停止を求める強い立場に立てていないのも、やはり内政上の理由が大きい。米国内でユダヤ系人口は約750万人で総人口の2%にすぎないが、メディアや金融界、教育界に多くの有力者を輩出しており、ユダヤ人ロビー活動も組織的に行われ、政治的な力は強い。共和党の有力な政治基盤であるキリスト教福音派は、キリストはエルサレムに再来すると解釈し、イスラエルを強力に支持している。従来、米政府はパレスチナ問題について、イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)の相互承認を定め、イスラエルが占領したガザ地区などからの撤退を定めるオスロ合意(1993年)を支持し、ある程度イスラエルとパレスチナの間で中立を保ってきた。しかしトランプ政権は、エルサレムを首都と認め米大使館を移転させるなどイスラエル寄りに大きくかじを切った。だが米国の保守層が強固なイスラエル支持なのに対し、2022年の中間選挙での民主党善戦を可能にしたZ世代(1997~2012年生まれ)の多くは、今のイスラエルの非人道的なガザ攻撃に批判的だ。こうした米国内の分裂がバイデン大統領のイスラエル・ガザ紛争への対処を困難なものにしている。しかしこのままイスラエルの呵責なきガザ攻撃を止めることができなければ、米国の国際社会における責任や指導力が問われるだけではなく、国内的にも急速にバイデン大統領の支持率は下降していく可能性がある。

|大統領選で「政治の季節」に
|「トランプ再登場」の悪夢

 米国の「内向き」姿勢は、2024年の大統領選挙が近づくなかで、ますます強まっている。すでに「政治の季節」に入り、民主・共和両党がウクライナ支援やイスラエル支援の国防予算やウクライナ支援問題でそれぞれが主張や対決色を強めている。現状では大統領選はバイデン大統領とトランプ前大統領の対決の再現が大方の予想になっているが、懸念されるのはトランプ氏が依然、根強い支持を維持していることだ。トランプ氏は4度、刑事訴追されており、本来であれば選挙戦に不利となったはずだ。しかし訴追は「政治的な魔女狩り」であると主張し、いわゆるトランプの岩盤支持層には揺らぎがない。接戦州の多くでも支持率はバイデン大統領を上回っているとも伝えられる。一方のバイデン大統領は、トランプ前大統領との戦いでは有利が伝えられていたが、80歳という年齢への懸念が強まっており、支持率も低下傾向だ。最高裁が人工妊娠中絶権の合憲性を否定して以来、リベラルなZ世代層でこれに反発し民主党に投票する傾向が強まっていることがバイデン大統領を利することになるだろうが、景気減速が懸念され経済の状況が不透明なもとで、両者の戦いは厳しい接戦となることが予想される。
 もしトランプ前大統領が大統領にカムバックすることになれば、特定の国を除き国際社会は大きな問題を抱えることになるだろう。トランプ氏が掲げるMAGA(メイク・アメリカ・グレート・アゲイン)やアメリカ・ファーストの主張は1期目よりも強調されるのだろう。ウクライナへの支援は停止される可能性が高いし、ロシアのプーチン大統領との“和解”に乗り出すこともあり得る。一方で中国やイラン、北朝鮮などの国々をどう扱うのかは、トランプ氏がアメリカ・ファースト以外に明確な座標軸が存在しているようには見受けられないだけに、著しく不透明で予見性が低い。また、貿易や環境面での多国間の取り決めに対する嫌悪感も強く、貿易自由化や環境保護対策など困難に逢着するのだろう。国際社会は一段と「内向き」となる米国とどのような関係を作っていくかだ。日本にとっても、唯一の同盟国であり、東アジアの安全保障環境の悪化とともに安全保障面での依存度は高まる一方の米国という国を見定める必要がある。
 しかし、いかにトランプ政権の復活を回避したいと考えても他国の政権を選ぶことはできない。結局は有志国と連携を強め米国に向き合っていくしかないということになるのだろう。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/332320
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