国際戦略研究所 田中均「考」
【ダイヤモンド・オンライン】中国変調、インド躍進、露・北朝鮮接近の世界秩序『新変化』に問われる日本の外交力
2023年09月20日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問
|世界秩序の変化の予兆?
|国際情勢を見極める必要
米中対立、ウクライナ戦争長期化の下でここにきて新たな国際情勢の展開、世界秩序の変化の予兆とも取れる動きが出てきた。一つは中国の変調だ。不動産不況の深刻化などによる経済の長期停滞色が強まる一方で、秦剛前外相の解任に続き李尚福国防相が2週間以上、公の場に姿を見せずに至り、習近平国家主席がG20首脳会議に欠席したりなど、政権中枢での異例の動きが続いている。
一方で中国に代わるかのようにインドがグローバルサウスのリーダー国としての存在感を高め、さらには共に世界から孤立するロシアのプーチン大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記が4年半ぶりに会談、軍事協力の強化に動き出した。
世界は分断の構図に加え不安定化、流動化の要素が強まる兆しだ。日本は自らの立ち位置を改めて確認するとともに、国際情勢を見極め、とりわけアジア諸国との関係をてこに外交を進める必要がある。
|米国の戦略変化と抑止力低下
|軍事介入は同盟国の防衛だけ?
世界の分断や国際情勢の不安定化の最も大きな要因は、「世界の警察官」という役割を降りた米国の外交安全保障戦略の変化と抑止力の低下があることは間違いない。旧ソ連の崩壊した冷戦後の世界で、「米国一強」の時代はあったが、そもそも米国の圧倒的な軍事力が、国際的な規範を大きく破る国々をどこまで抑止してきたかでは意見が分かれるかもしれない。実際、クウェートを侵略したイラクと米軍を中心とした多国籍軍が戦った湾岸戦争で、米国はフセイン政権を崩壊させたが、その後の中東でイラクを民主化できたわけではなかったし、アフガニスタン侵攻でも、最終的にはタリバン政権を抑止したわけではなかった。むしろ対イラク、アフガン戦争、テロとの戦いは長期にわたり、膨大な人命の損失と戦費の負担を生んだ一方で、民主的な体制を生んだわけでもなく、米国は海外派兵にこの上なく慎重になった。とりわけ自国優先を際立たせることになったトランプ前大統領の「アメリカ・ファースト」のプロパガンダは、バイデン大統領にも形を変えて受け継がれた。
バイデン大統領はアフガニスタンからの撤退を進め、ウクライナ戦争でも直接介入し軍事力でロシアを抑止することを早々に諦め、NATOによるウクライナへの軍事支援に徹している。「抑止力」を実効的にするためには必要になれば実際に軍事力を行使しなければならない。戦略家ジョージ・ケナンが言う通り、全ての紛争に米国が軍事介入をするわけにはいかないが、しかし全ての紛争に非介入となれば張り子の虎になってしまう。従って、適切な介入の例を作ることにより抑止力を維持されなければならないはずだ。ロシアのウクライナ侵攻は国際法を真正面から破る侵略行為は世界秩序を大きく乱す行為だが、ウクライナは同盟国でもなく米軍は介入を見送った。米国が軍事的な介入を行うのは同盟国が攻撃を受けたときに限られるということなのか。NATOは集団的自衛機構であり、一国に対する攻撃は自国への攻撃として行動しなければならない。日米安保条約は相互防衛条約ではないが日本が攻撃を受けたとき、米国は日本防衛に共同行動を取る義務がある。
一方で米国は同盟国を守るが同盟国自身の防衛努力が重要である旨を明らかにしてきた。ウクライナ戦争を機に、NATOはGDP比2%の国防予算の義務化に合意し、日本は2027年度までに防衛費をGDP比2%に積み上げる方針を決めた。従って、NATO諸国や日本、韓国、豪州などに関しては米国の抑止力は働くのだろう。日本が尖閣諸島は安保条約の適用範囲であることを強く求めたゆえんだ。しかし中国による軍事統一の蓋然性がある台湾について、米国がどういう戦略を取るのかは、今後の国際情勢の行方を大きく左右する要因だ。米国にとって台湾は旧同盟国だが、中国との外交関係樹立後、米国には台湾防衛義務はない。ただ、台湾関係法という国内法で米国が一定の場合にしかるべき行動を取ることが定められている。
台湾の問題は、米国が「唯一の戦略的競争相手」とする中国との覇権争いの問題だ。もし中国の台湾軍事統一を許せば、軍事的にも東アジアの情勢は一変するし、米国のアジアにおけるプレゼンスは著しく低下する。台湾問題は米国の戦略に決定的な意味を持つ。台湾を巡る米中の争いがどういう展開になるかは、世界にとって重大な問題だ。
|停滞色強まる中国経済
|政権中枢で路線対立?
その中国だが、ここにきて変調が目に付く。経済成長率が2桁を上回り「世界の工場」として台頭し、「一帯一路」構想を掲げて世界で影響力を急速に拡大してきた少し前とは様変わりだ。新型コロナ・パンデミックで世界経済が低迷する中、いち早く経済を回復させた時期もあったが、ゼロ・コロナ政策にこだわりロックダウンなどを続けた結果、中国経済は大きなダメージを受けることになった。2018年の6.7%の成長が、コロナ最盛期には3%以下に落ち込んだ。その後も不動産不況が深刻化するなどで、23年の5%前後の成長目標も達成が危ぶまれている。不動産大手恒大集団の米国での破産に象徴される不動産バブル崩壊や若年労働者の失業の拡大、さらには高齢化の進捗などでバブル崩壊後の日本のように長期停滞に陥ることが懸念されている。
前例のない3期目に入った習近平総書記の権力基盤に揺らぎがあるとは思えないが、成長の停滞が長引けば、政権運営にも影響が出るだろう。このところの政権幹部の人事を巡る動きはそうした予兆なのかどうか。特に対外政策面での矛盾した動向が顕著だ。最大の課題である米中関係も例外ではない。対米強硬派といわれた秦剛前外相は1カ月を超える動静不明の後、更迭された。女性問題があったとされているが、仮にそれが事実にしても、更迭の原因とは考えられず、やはり米国を巡る路線対立があったのではないかと推測される。米国からはブリンケン国務長官に始まり、財務長官・商務長官らの訪中が矢継ぎ早に行われ、少なくとも米中経済関係を安定的に運用させようということで、習近平氏も考えていると思われるが、政権中枢では強硬派との綱引きがあるのだろうか。
また、福島第一原発処理水の海洋放出に対して日本の水産物の全面禁輸に踏み出した措置や南シナ海の領有権を巡り中国の一方的主張を盛り込んだ地図をこの時期に公開したこともよく練られた上での政策とは到底考えられない。原発処理水を巡る中国の主張が客観的に見て国際社会の支持を得られるとは考えられない。今の中国では、2000年代の中国の躍進に強い自信を持つ若い世代が影響力を強めており、外務省であれ軍であれその中で一定の力を持つようになり、中国の強さを前面に出したいわゆる「戦狼外交」的傲慢さが出ることになっている。こうした姿勢を、共産党指導部内にも危惧する声があり、原発処理水問題を機に一気に噴き出した、レストランに日本人の立ち入りを禁じるような日本人排除の動きはストップをかけざるを得なかったのだろう。
中国の国際社会における勢いも陰りが見える。イタリアは一帯一路への参加から十分な恩恵を受けてないとして脱退をほのめかしている。BRICSの拡大は中国主導で行われたかにみえるが、いわゆるグローバルサウス諸国は米国か中国かといった二項対立を好むはずもなく、全方位的外交を好むインドが主導権を取りだしているようにみえる。
|多角的戦略で存在感高めるインド
|グローバルサウスのリーダーに
そのことを一段と印象付けることになったのが、9月9・10日にニューデリーで行われたG20首脳会議だ。プーチン大統領や習近平国家主席が欠席する中、モディ首相が議長として首脳宣言の取りまとめをリードし、グローバルサウスのリーダーとしてインドが躍進していることを印象付けた。インドは安全保障面では米国との協力を進め、クアッドの一員として中国をけん制する一方で、BRICSや上海協力機構とも密接な関係を維持している。米国一辺倒ではないインドの姿勢がグローバルサウス諸国の安心感を生んでいるといえるのだろう。中国はBRICSメンバーを拡大し対G7の対抗軸と考えていたと思われるが、インドが主導権を取ることでその色彩も薄まった。
インドは人口で中国を追い越し、年7%を超える成長率を続け、近い将来、日本やドイツを抜いて世界第3位の経済大国となるだろうと予測されている。世界最大の民主主義国でありながら、その強い官僚主義的傾向やカースト制、ヒンズー教至上主義、パキスタンとのカシミール紛争などといった数多くの国内外の問題を抱えるが、その多角的な戦略観がインド躍進の鍵となっている。米国の抑止力の陰りや中国の変調といった国際構造変化の中で、グローバルサウスのリーダー的役割を持つに至っているインドの相対的地位は上がっている。
|ロシア・北朝鮮の軍事協力強化
|「日米韓」と「中露朝」対峙の懸念
G20首脳会議が、ロシアを念頭に他国の領土獲得のための武力行使や核の使用や核による脅しを認めないとの宣言を採択した4日後の13日には、プーチン大統領と金正恩総書記の首脳会談が行われた。金総書記のロシア訪問と露朝首脳会談により、軍事協力を含むロシアと北朝鮮の連携の進展が図られたとみられる。おそらく北朝鮮からロシアへの弾薬を含む武器の支援とロシアから北朝鮮へのミサイル・衛星技術の協力が実現するのだろう。これは北朝鮮に対する国連安保理決議の違反であるし、北朝鮮のロシア支援はNATOの強い反発を買うだろう。最大の問題は、ロシアと北朝鮮連携が中国を含めた3カ国の連携につながっていくのかどうか、その結果として、「日米韓」と「中露朝」の軍事的対立に至るのか、という点だ。北朝鮮の非核化では、日米韓と中露北朝の6者協議が過去には協力をしてきたし、中国は北朝鮮で再び米国と対峙することを好んではいない。しかし状況の進展如何では、米中対立が北朝鮮問題をも含め険悪化していく懸念がある。中国は今は、ロシアの対中連携の強い願望とは裏腹に慎重だが、「日米韓」と「中露朝」の対立の構図が強まれば、東アジアは世界でも最も緊迫した地域になりかねない。
|日本はアジアとの関係をてこに
|「米中衝突」回避に外交力発揮を
新たな国際情勢の不安定化が懸念される中で、日本はどうするべきか。米国は同盟国であり日本は安全保障を依存する。一方で中国は深い歴史的関係を有する隣国であり、最大の経済パートナーだ。米中対立を中心に世界が分断されることは避けることは日本の大きな国益だ。日本の基本的な考え方は共産主義体制の中国が東アジアで覇権を取ることは何としても避けるため、米国と共同で抑止力を強化するということだった。
この基本的な考え方を変更することはあり得ないが、他方、米中対立を緩和していくためには日本がどういう役割を果たすべきかは考慮する必要がある。
歴史が示す通り、米国の行動が常に正しいわけではない。死活的重要性を持つ対中関係について日本が役割を果たすためには、米中双方に影響力を持ち、意見を聞かれる存在であることが重要だ。先に述べたようにインドの躍進はインドの持つ戦略的多様性の故だ。米国と中国の陣営双方に足掛かりを持ちつつ、グローバルサウスという国々の集まりを背景としているからだ。
日本はアジアの一国であり、これまで培ってきたアジア諸国との関係を日本の力にしなければならない。特に韓国やASEANとの関係だ。これらの諸国も中国の膨張に対する懸念を持つ一方で経済的に深い依存関係にあり、米中対立が米中衝突に至ることを望まない。日本は利害が共通するアジア諸国との緊密な関係をてこにして米国と中国に向き合い、そしてグローバルサウスへの影響力を強めているインドとの連携や関係強化を進めることだ。
ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/329340