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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】ウクライナ戦争の泥沼化はいつまで続くか、止めるカギは米国とロシアの内政変化?

2023年07月26日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|ウクライナ戦争を止められるか
|分断による国際社会の負担重く

 ロシアがウクライナ侵攻を始めてすでに1年半がたつ。NATOの強力な軍事支援があっても、ウクライナの反転攻勢が十分な成果を上げているかは、現状では言い難い。一方、ロシアでは民間軍事組織ワグネルの長であるプリゴジン氏の反乱が起きるなど混乱を増している。だが、プーチン大統領もゼレンスキー大統領も戦争継続の構えだ。国際社会にとっても、戦争が長く続くことによる負担は大きいが、果たして戦争を止める力はどういった形で働くのだろうか。

|大きく変わった安全保障体制
|NATOも日本も国防費GDP比2%

 ロシアのウクライナ侵略がもたらしているコストは高く、戦争が続く限り、コストはさらに高まる。人命の損害はもちろんだが、従来の米中対立に加え、民主主義諸国とロシアの間の分断による安全保障・政治・経済への影響は大きい。とりわけ安全保障のコストは双方にとって大きいものだ。冷戦が終わり、欧州の国々が「平和の配当」として国防費を削減し、欧州の統合に走ったときの高揚感はもはや過去のものとなった。7月11~12日、リトアニアで行われたNATO首脳会議では国防費を最低GDP比2%とすることが合意された。日本はすでに昨年12月、防衛3文書を改定し、防衛費を2027年に現在のGDP比2%とするべく5年間で総計43兆円にすることを決めているが、NATOとロシアの軍事的対峙も、すでに加盟したフィンランドに加え、スウェーデンのNATO入りも現実味を増す中で抜き差しならない状況まで来ている。フィンランドの加入でNATOとロシアの国境線は1300キロも拡大し、スウェーデンが加盟すれば、バルト海はNATOの海となり、ロシアとの対峙の最前線になる。ただ、ゼレンスキー・ウクライナ大統領の強い要請にかかわらず、首脳会談では、ウクライナのNATO加盟の時間軸が示されなかった。今の段階でロシアをさらに追い込むことまでは回避しようという判断だったのかもしれない。だがいずれにしてもウクライナ戦争が長期化する状況で各国の防衛費負担はかつてなく重いものになっている。
 ただし米国をはじめNATO諸国の支援を受けて軍事力を強化したウクライナだが、反転攻勢がロシア軍をウクライナから追い出すような戦果を挙げると予想する向きは少ない。ロシアはプリゴジン氏の反乱もあり、弱さを見せるわけにはいかないとばかり、ウクライナの攻勢に踏みとどまっているようだ。プーチン大統領は状況を好転させるため通常戦力の投入以外にさまざまな手だてを検討している雰囲気がある。ベラルーシへの戦術核の展開を含め核使用の示唆や欧州最大のザポリージャ原子力発電所への攻撃などが、もし実行に移されれば、甚大な被害を生み、ますます戦火は拡大する。

|グローバリゼーションが築いた
|経済相互依存は後退、インフレに

 経済的なコストも重いものになっている。新型コロナウイルス禍やウクライナ戦争の前までは、グローバリゼーションの下で、ヒト・モノ・カネ・技術の国境を越えた自由な展開が世界全体の大きな経済成長を生み、相互依存関係が構築されてきた。しかしウクライナ戦争はこれを阻害し、世界の経済的コストは甚大なものとなっている。ロシアに対する経済制裁は、結果的にエネルギーや食糧価格等の高騰につながり世界のインフレの重大要因になった。輸送費も高騰し、ロシア上空の飛行が禁止されていることから飛行には時間がかかり、航空運賃も高止まりしている。ここにきて黒海からのウクライナ農産品輸出がロシアの協定離脱により再び止まっている。小麦価格は直ちに上昇し、アフリカ諸国の食糧事情の悪化が再び懸念される状況だ。仮にウクライナ戦争が停戦になっても、ロシアが占領地から撤退しない限り対ロシア制裁は解除されないだろうし、今の世界の経済的コストの状況が一挙に改善される見通しは暗い。

|国際構造も分断化
|総意形成難しい国連やG20

 一方で問題を解決する政治や外交のハードルも高くなってしまった。国際舞台ではロシアの行動に対する非難は強いが、国連総会のロシアを非難し即時撤退を求めた2023年2月の侵攻開始時の決議に対して、反対や棄権票を投じた国は約40票だったが、その数は1年後でもほとんど変わっていない。北朝鮮など反対票を投じる国以外には、中国、インドや南アフリカなどの新興国やグローバルサウスと言われる途上国の棄権票が目立つ。中国は本音ではロシアのウクライナ侵略には反対なのだろうが、その立場を明確にしないまま、ロシア石油の輸入を増やし、貿易も拡大している。米中対立の下で、米国へのカードとしてのロシアとのさらなる連携の道は残しているということだろう。インドは、自由と民主主義という、米国や日本などと共通の価値観を持つ国として、QUAD(日米豪印戦略対話)の一員ではあるが、一方で対ロ制裁には加わらずロシアとの伝統的な友好関係を維持し、石油購入量を増やしている。インドにとっての最大の戦略的競争相手は中国であり、対中牽制としてロシアとの関係を考えているのだろう。
 本来、紛争解決の役割を担うべき国連安保理は、ロシアが常任理事国であるため機能していない。グローバルな調整の場として期待されたG20も、こうしたグローバルサウスの影響力が強まる中で、共同声明などの形で総意を形成するのは困難になっている。一方で上海協力機構やBRICSなどロシアと連携する機関もある。国際機関の間や内部でも戦争が長期化すればするほど、分断が深まっていくのだろう。

|戦争を止める力が働くのか
|米ロは「政治の季節」に

 戦争の膠着化の中で、戦争を止めようという力は働くのだろうか。NATO諸国も軍事支援が天井知らずで膨らむことへの懸念や躊躇はあるが、かといってウクライナの敗北を座視するわけにはいかない。だが一方でNATOとロシアの直接対決になるような支援は回避したいというのが本音だろう。こうしたデリケートなバランスの上に成り立つNATOの支援がどの程度、長続きするものなのか。一方でプーチン大統領にとっては、占領地を失うような状況で停戦をすることは許容できないだろう。結局はプーチン大統領に率いられた強権体制が変わらない限り事態は変わらないということなのか。こうしたことを考えると、今の状況を打開し戦争を終わらせる力が生まれるとすれば、それは米国とロシアの内政の変化しかないのかもしれない。
 米国では、2024年11月の大統領選挙に向けての選挙戦が鍵を握る。民主・共和両党以外の第三極が出てくる可能性を排除することはできないが、結局は、高齢問題を抱えたバイデン大統領と二度にわたり刑事訴追を受けているトランプ前大統領の対決となる可能性が高い。共和党はウクライナ問題について軍事支援の継続に消極的と伝えられ、トランプ前大統領の性格からすれば、自分なら戦争を終わらせることができると主張して、ウクライナ問題を大統領選の対決軸に選ぶ可能性は高い。そうなった場合、バイデン大統領にしても延々と戦争が続き軍事支援を止められない状況は選挙戦に不利と考えて行動する可能性はあるのだろう。
 一方で、プーチン大統領も、来年3月の大統領選挙が近づくにつれ、選挙を意識した戦略を講じていくのだろう。特に、選挙に勝利すれば今後2期12年の長期政権の維持(合計36年という超長期政権)の展望が開けることになる。そのためにはウクライナ戦争について決して弱みを見せることはないのではないか。ロシア国民には大国意識がとりわけ強く、現に、チェチェンやジョージアでの独立を求める勢力との紛争やクリミア併合で、プーチン氏が軍事的に強硬な手段を取ったときに支持率は大きく上がった。したがって大統領選挙を前にプーチン大統領がロシアの弱腰を示すようなことはないのだろう。そう考えると、バイデン大統領にしても、プーチン大統領やゼレンスキー大統領が停戦には簡単に応じない状況では、水面下で相当な外交努力が必要となる。ただロシア側も、戦争の泥沼化で戦死者がさらに増え続けることになれば、国民の厭戦気分も高まるのだろう。実際、今の戦況はウクライナの反転攻勢をなんとかしのいでいるとはいえ、ロシア側が占領地を今以上に拡大できる可能性は少ない。プーチン大統領も強硬姿勢一辺倒だけでは展望が開ける状況ではないことは確かだ。ゼレンスキー大統領にしても、ロシア軍の撤退がない限り停戦には応じられないという姿勢だが、ロシア、ウクライナ双方ともが、停戦がなければ何事も始まらない状況だ。

|内政の変化あれば
|停戦・和平合意目指す可能性も?

 現状では十分に見通せないが、米国やロシアの内政に変化が出るようなら、現在の戦線でまず停戦をし、その後、時間をかけて和平合意を目指すといったシナリオも考えられるのではないか。この間、ロシアが中国と軍事的にも強固な連携に進み、G7との分断・ブロック対立となることは避けなければならない。世界の本格的な分断は誰の利益ともならない。中国も「デカップリング」を嫌い、ロシアと連携を強める結果、経済制裁を受け、自国の経済成長が阻害されるような事態にはしたくないだろう。懸念されるのは、米国が国内選挙戦の必要上、対中強硬策をとり、中国をロシアとの連携強化に追い込むことだが、そうなれば事態はますます悪化する。今日、国際社会は冷戦時代よりもはるかに深刻な分断の時代を前にしていることを忘れてはならない。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/326651
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