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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】G7サミットを象徴するバイデン大統領の“影の薄さ”、日本の「ポスト広島」外交課題

2023年06月21日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|トランプ前大統領、2度目の起訴
|世論調査では“圧倒的支持”

 トランプ前大統領が、国防や外交に関わる機密文書持ち出しに絡みスパイ防止法違反など37の罪状で起訴された。3月に元ポルノ女優への口止め料支払い指示で起訴されたのに続いて2回目の刑事訴追だ。刑事訴追は大統領経験者としては初めてだが、トランプ氏は大統領在職中に2度、弾劾訴追をされており、今後も2020年大統領選でのジョージア州での選挙介入や議会乱入事件の扇動の容疑で起訴される可能性が高い。しかし、最初の起訴があった後の共和党世論調査でも2位のロン・デサンティス・フロリダ州知事を30ポイント程度引き離す大差で共和党大統領候補として高い支持率を誇っている。起訴される度に、「自分は魔女狩りの犠牲者」でバイデン政権は司法を政治的に利用していると主張し、おそらく今後も大統領候補としての立場に大きく傷がつくことはないのだろう。そして来年の共和党予備選挙でも勝利する可能性は高い。
 一方で民主党は、バイデン大統領が80歳という高齢にかかわらず再選のため立候補を表明している。その理由はトランプに勝利し得る唯一の候補者という見方がされているからだ。トランプ氏が今なお強い支持を受け、その存在が米国政治を動かすことになっているのはなぜか。そこに米国政治の「深刻」さがあり、それは国際政治の大問題でもある。

|非エスタブリッシュメントの逆襲
|常識外れの言動、特異なキャリア

 トランプ氏の刑事訴追と前後して、共和党では、デサンティス・フロリダ州知事に加え、トランプ政権で副大統領を務めたマイク・ペンス氏らが2024年大統領選への出馬を相次いで表明したが、共和党候補の中ではトランプ氏の支持は圧倒的と言ってもいい。大統領時代もそれほど大きな業績を残したわけではなく、むしろ通常は「常識外れ」と受け止められる言動が目立った。自分に不利な情報は「偽情報(フェイクニュース)」と切り捨てる傾向は今も変わらない。その異質さは際立っている。
 今から10年前、世界中で多くの視聴者を獲得したネットフリックスの「ハウス・オブ・カード(House of Cards)」は、手段を選ばず米国大統領に上り詰める野心家の物語だ。そこには権謀術数を弄し時には殺人を犯して階段を上り詰める人物が描かれる。権力は道徳観や倫理的正当性とは無縁の世界として脚色がされている。これはあくまでテレビのエンターテインメントの世界だし、権力を維持するために殺人を犯すといったようなことは民主主義社会ではあり得ないが、大統領を取り巻く世界はきれい事だけでは済まないのだろうとは容易に想像がつく。
 それでも歴代の米国大統領は上下両院議員を長く務めたり州知事で実績を上げたりした公職経験を持ち、多くは東部有力大学出身者だった。1980年代のロナルド・レーガン大統領は映画俳優という異色の経歴だったが、カリフォルニア州知事を8年勤め、その後3回にわたって大統領選挙に挑戦したという意味でやはり政治的人物だった。それに対し、トランプ氏はどちらかというと「ハウス・オブ・カード」で描かれた野心家の世界だ。一切の公職経験のない企業家であり、アメリカ人が憧れる資本主義社会の成功者だ。政治的な言辞を弄さず、「米国第一主義」とか、「偉大なアメリカに戻そう」などという直截的な言葉で人々を引き付けてきた。トランプ氏の政治は非エリート、非エスタブリッシュメントの逆襲と言ってもよいのだろう。

|白人労働者層に取り残され感
|ワシントンの既成政治に不信

 2020年大統領選でも、下馬評は民主党のヒラリー・クリントン候補(元国務長官)が有利とみられていたが、伝統的な民主党の支持層だった製造業や農業従事者ら、高校卒業後に働く白人労働者らがトランプ支持に回ったことがトランプ勝利の大きな要因だった。その前のオバマ政権は、初の黒人大統領となったオバマ氏の求心力の下、黒人やヒスパニックの若者層などから高い支持を得てリベラル色の強い政策を進めていった。白人労働者層は民主党に不信感を強める一方、ヒスパニックや黒人の人口増加で自らが“マイノリティー”になってしまうという恐怖心を抱くことになり、トランプ氏はこうした層を堅牢な支持者にしていった。さらに、経済が好況の下でも、輸入品にシェアを奪われたりグローバル競争で求められるスキルを高めることが難しかったりする人たちが、格差拡大の中、取り残され感が強まる中で、トランプ氏のシンプルなメッセージに救いを求めた。
 これまではインサイド・ベルトウエー(首都ワシントンを取り囲む環状道路)という議会や省庁の常識論の世界にとどまっていた政治、共和・民主の既成政党の下では、決して意見が吸い上げられないと考えていた白人労働者の不満や不信の受け皿になったのだ。今回の刑事訴追でも、その罪状は被害者を生んでいるわけではなく、機密文書の持ち出しや保持など、どちらかというと手続き的犯罪と認識される限り、堅牢なトランプ支持者が離れていくことはないのだろう。共和党内で、出馬を表明したデサンティス知事やペンス前副大統領、クリス・クリスティー前ニュージャージー州知事、ニッキー・ヘイリー前サウスカロライナ州知事らの候補者に比べて、トランプ前大統領の支持基盤は固い。容易に他の候補者が取って代わるというわけにはいかず、もう候補者選びの戦いは終わったという見方も強い。

|高齢のバイデン氏勝利でも不安定化
|懸念される米国の指導力弱体化

 ただしトランプ前大統領が圧倒的な差で共和党の候補者に躍り出たとしてもそれで大統領選に勝利できるわけではない。共和党支持でも、民主党支持でもない浮動票は非白人層にも多く、全体の3割を占めるといわれる。またミレニアル世代やZ世代といわれる若者の層はリベラルが多く、今日の時点ではトランプ氏が勝利できるかどうかは見通せない。現に世論調査では「バイデン―トランプの争い」となればバイデン大統領が有利という結果が出ている。
 ただ仮にトランプ氏が24年大統領選で復活しなかったからといって、米国政治が一安心ということではない。最大の問題はバイデン大統領の高齢にあるのだろう。米国では年齢を理由にするのは年齢による差別と捉えられてしまうので、民主党内の候補者選びで、他候補が高齢を批判して自らをアピールすることは難しく、現状では民主党予備選挙ではバイデン大統領が選ばれる可能性は高い。しかし既に演壇で老人ぽく蹴つまずいて転倒したとか、意味が通じない発言をするなど、バイデン氏の高齢を懸念させる兆候が出始めている。副大統領候補にはよほどのことがない限りカマラ・ハリス副大統領がなるのだろうが、精彩を欠き、人気も低調だ。バイデン氏とハリス氏のコンビで大統領選挙に勝利したとしても、むしろ、その後の世界が波乱含みとなるのだろう。
 2024年の大統領選結果を巡っても、前回20年選挙でのトランプ陣営の激しい選挙無効の訴えや暴力的な議会乱入事件などが再現されることを恐れる人は多い。前回よりもさらに暴力的になるのではないかとの懸念も強い。さらにバイデン大統領が2期目の任期を終えるのは86歳という超高齢ということになるが、2期目のバイデン政権が安定を欠いたものとなる可能性もある。
 トランプ氏が勝利しなくとも米国の政治が不安定になっていくのは不幸なことだ。米国人は他の国が米国のことをどう見ているかということには関心が薄いが、米中対立やウクライナ戦争を機に世界が分断の危機を迎えている時に米国のリーダーシップがさらに弱体化することは好ましいことではない。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/324805
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