国際戦略研究所 田中均「考」
【ダイヤモンド・オンライン】G7サミットを象徴するバイデン大統領の“影の薄さ”、日本の「ポスト広島」外交課題
2023年06月02日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問
|国際関係の構造変化如実に映す
|対中政策も欧州主導で「デリスキング」に
広島で行われたG7サミット(主要7カ国首脳会議)は、ゼレンスキー・ウクライナ大統領を迎え、ウクライナへのF16戦闘機供与などの新たな軍事支援や対ロ経済制裁の強化などで、G7の結束を固めることに成功した。やはりゼレンスキー大統領がサミットに対面で参加し、被爆地である広島で戦争の悲惨さを語ったことは世界に大きなインパクトを与えた。インドやブラジルなど対ロ経済制裁に参加せず中立的立場を取る国に対する働き掛けについてもゼレンスキー大統領の参加は一定の圧力となった。
だが一方で、目立ったのは米国の影の薄さだ。かつては圧倒的な軍事力と経済力を背景に一国主義と言われるほど自己主張を通す傾向があったが、今回のサミットでは協調姿勢に終始し、対中国政策では欧州主導のデリスキング(過度な依存の回避)が打ち出された。また気候変動やエネルギー問題だけでなく経済安全保障でも、インド、ブラジルなどのグローバルサウス諸国との関係づくりや連携強化が図られるなど、広島G7サミットは国際関係の構造変化を如実に映し出した。
|米国は「一国主義」から「協調」に
|G7全体で結束強化図る
米国の影の薄さを印象付けたのは、これまでバイデン大統領がこだわってきた「民主主義対専制主義」といった二項対立や中国に対する強硬姿勢を貫く気配が少なかったことだ。ウクライナに対するF16供与問題にしても、欧州諸国が主導した。これまでは米国はロシアとの直接対決の可能性を誘引するとして避けてきたが、英国などが供与を表明したのに追随するように、パイロットの訓練実施に踏み込んだ。米国の自国第一の言動にこれまでG7内では批判があったことを考えると、協調的な米国は歓迎されるべきことなのだろう。だが他方、ウクライナ戦争を終了させるといった強力な指導力が欠けている面も否めない。もはや米国は「世界の警察官」ではないことを改めて示しているのだろうか。
バイデン大統領にとっては、最大の関心事は、共和党が下院の多数を占める議会との連邦債務上限問題であり、交渉の難航からサミット後の豪州や太平洋諸島訪問などをキャンセルせざるを得なかった。しかし、米国の影の薄さは、今の国際関係の実相を反映した姿なのかもしれない。米国が唯一の超大国であることには変わりがないが、経済だけではなく軍事の面でも相対的に力は低下している。また米国国内の格差や人種問題での分断、前回の大統領選挙を巡る混乱は米国の「民主主義」の権威を著しくおとしめる結果となっており、米国が掲げる「民主主義」の道義的優越性も衰えた。今後は、G7も、米国に大きく依存した対外関係の構築よりも、G7全体で主要民主主義国として結束した行動を取ることが求められるのかもしれない。
|対中関係は新しいフェーズに
|「市場分離」から「過度な依存回避」
米国の存在感の弱まりは、対中国政策にも影を落とすことになった。サミット前に北京を訪れたマクロン仏大統領が台湾問題について、米中いずれの側にもつかないなどと述べたことに象徴されるように、経済・商業的利益を重んじ、それほど戦略的懸念を持たない欧州諸国と日米の間では対中関係では立場の差がある。広島サミットでは基本的な立場については、サミット諸国の結束が示された。力や力の威嚇で現状を変えるのは認められないことや、台湾海峡の平和と安定の重要性、東シナ海・南シナ海やウイグルなどに関する懸念表明など一致した立場が表明された。だが同時に、中国と関与し協力することの重要性についても首脳宣言では示されている。特に、これまで米国が掲げ中国が嫌ってきたデカップリング(市場分離)を否定し、デリスキング(過度な依存の回避)の考え方が示されている。その上で中国に対してG7は個々の国が直接懸念を伝え対話を行っていくべきものとされている。
米中関係も、気球問題で中断した対話は再開されている。おそらくブリンケン国務長官の訪中やバイデン大統領と習近平国家主席の直接会談につながっていくのだろう。「戦略的競争関係」にある米中関係が一挙に改善することは考え難いが、対立や緊張が暴発につながらないように管理していくことを目指しているのだろう。中国は広島G7に対しても、G7は中国を中傷しているとして厳しく非難したが、今後中国とG7各国は、交流を積み重ねていくのではないか。
|「核なき世界」の理想は遠く
|核抑止力の重要性、強調される結果に
岸田首相が力を入れた核軍縮問題では、G7や招待された諸国の首脳が平和記念公園を訪れ原爆資料館を見学したことは大変有意義だった。日本の一部には、米国の国内世論を刺激するのではとの懸念から米国大統領を広島に招待することには少なからずの躊躇があったが、核軍縮に積極的なオバマ大統領(当時)が平和記念公園を訪れていたことで、今回、バイデン大統領の訪問は米国でも大きな問題にはならなかった。
核の悲惨さを伝える広島に脚光が当たったことは、今回のサミットの成果といえるが、「核のない世界」に向けての具体的進展は見ることはできなかった。むしろG7の声明では核抑止力によりG7の安全を守ることの重要性が強調される結果となった。INF(中距離核ミサイル全廃条約)の廃棄や新START(戦略核兵器削減条約)の履行凍結により核の「軍備管理」が全く存在しなくなり、ロシアがウクライナに対して戦術的核の使用をほのめかし、北朝鮮がミサイルの頻繁な発射を行うなど核開発を進める現状では核軍縮を進める雰囲気はないということだろうか。
|低下したG7の経済力や発言力
|「グローバルサウス」との関係づくり鍵に
サミットは首脳会談で終わるわけではない。日本は年末まで議長国としてサミットで提起された課題のフォローアップの先頭に立つことになる。今回のサミットでも40ページという長文の声明が出されたが、これは時の世界の主要課題の現在地を示す役割を持っている。G7は民主主義という価値を共有する諸国の集まりだけに国連やG20などの他のフォーラムに比べ合意が比較的容易だ。ただG7の力は相対的に低下しており、合意は単にG7の一方的な意見表明に終わり、かえって、ロシアや中国との分断を深める結果に終わってしまう可能性もある。世界の平和と繁栄という本来の目的に資するためには、G7自体の結束だけではなく、中ロとの対話や「グローバルサウス」と総称される新興国・途上国との交流を進めていく必要がある。今回のサミットではインド、ブラジル、インドネシアなどグローバルサウスとの交流が進んだが、今後のサミットで中ロにくみしないグローバルサウスとの対話をどう位置付けていくのかは重要な課題だろう。
ウクライナ情勢については戦争にいかに早く終止符を打てるかが課題だ。NATOはウクライナが軍事的攻勢を強め、ロシアを押し戻すことが停戦や和平に向けての早道だとして、そのために必要な武器の提供を表明している。しかしロシアは軍事大国であり、戦争は勝者なく、ますますエスカレートしていく危険をはらむ。議長国として日本は広島サミットの結果を踏まえ、ロシアとの何らかの対話の場を模索すべきだろう。戦争終結に向けて直ちに結果が出るとは到底思えないが、今後のプロセスの中で役割を果たすべく対話のチャンネルを確保するのは重要だ。
もともとG7は、産油国の資源戦略に対して石油消費国である先進国がいかに対抗する狙いで発足したが、政治的には、NATO主要国に経済的台頭著しい日本を加えた形で、旧ソ連との冷戦に向き合い、民主主義陣営の連携を図るという狙いがあった。かつてはG7全体の経済規模はGDPで世界のおよそ7割に達し、マクロ経済の調整などに極めて効果的で、政治課題についても民主主義的価値を共有しているので政策調整は比較的容易だった。しかし、中国やインドなど新興国の台頭により先進民主主義国との経済格差は縮小し、G7のGDPは今では世界の4割に落ち込み、もはやG7だけで物事を決められる時代ではなくなっている。
他方、主要な新興国などを加えて発足したG20は世界のおよそ80%のGDPを占めるが、民主主義といった共通の価値観は存在せず、問題意識を披歴するという意味では有用だが合意を作ることは難しい。その意味ではロシアに対して主要国の結束を図る上でG7の重要性は増したが、同時に明らかな限界もある。今回のサミットでは、インドなどグローバルサウスの国がいくつか招待され、G7首脳やゼレンスキー大統領との対話も行われた。だがそもそもインド等は伝統的に対中牽制から親ロの姿勢を取り続けており、安価な石油の購入といった実利もある。G7がウクライナ問題で連携強化を図ろうにも簡単なことではない。グローバルサウスとの対話や関係づくりは始まったばかりだ。
|日本は対中戦略確立が焦眉の急
|最大の経済パートナーとして重要
日本にとって特に重要なのは対中戦略だ。日本は中国脅威論が高まる中で、防衛力拡充と米国との統合的抑止力の構築に精力的に動いてきたが、サミットでも議論された通り、中国とリスクを軽減しながら(デリスキング)も協力関係を構築していくことが重要となっている。G7諸国は中国との安定的関係に向けて対話を進めていくだろう。果たしてどの程度、相互依存関係を減らしていくのかは各国特有の事情があるだろうし、各国が決めていく問題だが、日本は隣国であり最大の経済パートナーとして、対中関係には格別の考慮を払う必要がある。中国脅威論を振りかざし対中抑止力が全てであるような議論はいただけない。中国を排除する概念として捉えられがちな「インド太平洋」戦略や日米豪印のクアッドの枠組みだけを走らせるのではなく、従来は日本の地域協力の中心的概念だった中国を含む「アジア太平洋」協力にも、引き続き力を注いでいくべきだ。さらに中国が加盟を申請しているTPP(環太平洋連携協定)についても日本は交渉開始に積極的な役割を果たすべきだろう。対中抑止力の拡充はもちろん必要であり、日米安全保障条約に基づく統合的抑止力は強化していくべきだが、それは積極的な日中協力と相矛盾するものではない。
中国にとっての最大の課題は引き続き経済成長の維持であり、そのためには中国も日中関係の強化を望むはずだ。
ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/323795