国際戦略研究所 田中均「考」
【ダイヤモンド・オンライン】「分断の時代」の広島G7サミット、結束強化だけで終わらせるな
2023年05月17日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問
|対中ロ、核軍縮が主要課題
|時代の節目、G7の役割問われる
5月19日から広島でG7サミット(主要先進国首脳会議)が開かれる。主要な3つの課題は、ロシアのウクライナ侵略への対応と膨張する中国への向き合い方、そしてロシアの核使用や北朝鮮、イランの核保有が現実味を増す中で核軍縮の取り組みをどう強めていくかだ。ほかにも気候変動問題や脱炭素、金融システム、食糧などのグローバルな課題があるが、この3つの問題は、政治的・軍事的な緊張を高め、世界全体の先行きを不透明にするリスクに直結する。G7の経済規模が世界のGDPの7割に達していた90年代から4割に縮小した今、世界の政治経済にガイダンスを与えるG7の役割は大幅に低下したと言われて久しい。だが一方で、世界のGDPのおよそ8割を占めるG20(G7に中・ロ・ブラジル・インドなど主要新興国を加えた集合体)は、G7のような民主主義という共通の価値観を持つわけではなく、主要課題で合意を作るのは至難だ。世界の分断化という状況で、先進民主主義国の結束をもって対峙していくしか道はなく、G7の役割に再び光が当てられようとしている。その意味では広島サミットの役割は重要だが、G7の「結束強化」を確認するだけの機会にしてはならない。
|インド、ブラジルなど首脳も招待
|グローバルサウスとの協調必要
ロシアのウクライナ侵略と攻撃的な中国の行動によって、世界はかつての冷戦時に戻るかのような状況だ。だが米国が世界の警察官として国際関係をリードしていく時代ではなく、超大国といえども、核大国ロシアの侵略や経済大国中国の一方的行動を抑えられるものではないことが明らかとなった。G7の結束は重要だが、世界の分断が自国の利益にならないグローバルサウス諸国(新興国と途上国)との協調も必要になる。広島サミットには、G7以外にグローバルサウスの主要国であるインド、インドネシア、ベトナム、ブラジルなどの8カ国首脳も招待されており、3つの課題への取り組みではこの8カ国の首脳の賛同や合意を得ることも重要だ。
|ロシアへの圧力強化のほかに
|ウクライナ問題解決の展望示せるか
ウクライナを一方的に侵略したロシアに対する米・欧・日の結束はかつてなく強固であり、広島サミットでも一層の結束がうたわれるだろう。だが重要なのは停戦など、問題解決に向けての足掛かりをどういった形で作っていくかだ。ウクライナは、西側からの武器供与や兵員の訓練が進み、近く反転攻勢に移るとされている。一方でロシアは民間軍事組織ワグネルと正規軍の不協和音や兵員の動員不足など受け身の姿勢が目立つ。ただ仮にウクライナが反転攻勢に転じることができても、東部・南部を回復するといった決定的勝利を得るとは考えにくい。一方でロシアが劣勢になったときに、核兵器など大量破壊兵器に訴える蓋然性を増すことになりかねない。ウクライナが戦い続ける限りNATOの軍事支援は継続されていくとみられ、そうなると文字通り、終わりなき戦いとなる。米国では、今年秋以降、大統領選挙のプロセスが本格化するに伴い、際限なき軍事支援への反対もより強くなるだろうし、また、対ロ経済制裁が効率的なのかについて議論も活発化するのだろう。経済制裁がロシア経済に打撃を与えたことは間違いがないが、制裁に参加せず、ロシアとの関係を続ける中国やインドに、ロシア産の原油などが流れ、貿易も拡大している結果、ロシアの昨年のGDPは2.1%減にとどまっており、当初予想された効果を上げているわけではない。ロシアとの取引を巡っては、グローバルサウスと西側諸国との間で事実上のデカップリング(市場分断)が生まれている。戦争が続く限り、経済的デカップリングも続くわけであり、世界の経済停滞に一層拍車をかけることとなりかねない。
従って広島サミットの課題は、G7の結束を強化しロシアに更なる圧力を加えることと同時に、将来に向けての何らかの展望を示せるか、ということになる。ウクライナ戦争がどういう状況にあるにせよ、ロシアとNATOあるいはG7との継続的対話の場が必要になる。フィンランドのNATO加入により、NATOとロシアの国境は大幅に拡大した。今の軍事的緊張が軍事衝突になることはないように、管理していく仕組みも必要になるだろう。だが当面はロシアをたたくことが優先されるということになれば、この道は難しくなる。
|それぞれ国益が異なる対中国戦略
|コンセンサスを作るのは難しい
対中国戦略については、このところG7諸国では急速に見直しが行われている。米国はこの10年で、中国を民主主義や市場経済体制に巻き込んでいく対中関与(リンケージ)政策を放棄し、軍事面では同盟国と共に統合的抑止力を強化し、同時に軍事転用の恐れがある半導体を中心としたハイテクの規制を強め、対中デカップリングを進める気配を見せた。しかし、現実には、2022年の米中貿易は過去最大規模に達している。また先端半導体についても中国に流れるのを完全に規制するのは難しい。TikTokなどの中国系アプリも、米国内の規制の動きとは裏腹に急速にシェアを増やしているのが実情だ。こうした状況で、米国は安全保障政策については統合的抑止を強化しながら、経済についてはデカップリングからEUの主張するようなデリスキング(リスク回避)に重点を移し、相互依存関係を減らしつつ、経済的安全保障政策として同盟国などとのサプライチェーン強化・再構築を進めるという方針を取りつつある。
欧州も、経済面では米国同様に中国への過度な依存は減らす方向だが、中国を自らの覇権を脅かす脅威と捉える米国とは異なり、国家戦略の面では中国に対する警戒心は薄い。とりわけフランスは、マクロン大統領が先の訪中でも、台湾を巡り米国と中国のどちらの側にもつかない、という趣旨の発言をしたと伝えられている。伝統的に米国に依存しすぎたくないという強い意識が働いているということだろう。広島サミットでは、中国の現状を変える一方的行動への反対や、台湾海峡の平和と安定の重要性の再確認といった点については、先日、軽井沢で行われたG7外相会議の合意を踏襲すると思われる。だが今後、中国とどう向き合っていくのかという点では、G7間でも違いがあるし、グローバルサウスは米中のどちらか一方にくみしないという意識は強い。日本は同盟国として米国と基調を一にするのは当然だとしても、今後の中国との向き合い方については、米国に同調し厳しすぎる姿勢を取り、対立を厳しくしてしまうことはするべきではない。日本は欧米以上に中国との深い相互依存関係にあり、中国との建設的関係を追求すべき立場だということを忘れてはならない。G7議長国として、G7の議論をまとめる際にもこの点は重要だ。
|日本独自の姿勢求められる核問題
|核不拡散条約の原点に立ち返る
核問題では、唯一の被爆国である日本の立場はより重要性を増す。核のない世界を主張しつつ、米国の核の傘に依存せざるを得ないのは日本外交が長年背負ってきたジレンマだ。だが岸田文雄首相はサミットの開催地として広島を選んだわけで、核不拡散・核軍縮に向けて独自の発信が求められる。ウクライナでは核が使用される現実的な懸念があるし、分断されつつある国際政治情勢の下で、北朝鮮やイランの核保有はますます現実味を帯びてきている。米ロの中距離核戦力全廃条約(INF)が破棄されたほか、ロシアによる新戦略核兵器削減条約(START)の履行停止など核軍縮とは逆行する動きが大きな懸念となっている。東アジアでは米韓の核協議の制度化や日本の「反撃能力」の取得など中国や北朝鮮に対する抑止力を強化する動きも急だ。岸田首相は、核軍縮と核不拡散を定めた核不拡散条約(NPT)の原点に立ち返ることの重要性や、特に東アジアにおける軍備管理・軍縮の必要性を強く訴えるべきだ。
広島サミットは国際秩序が大きく変わる節目に行われることもあり、今後の世界を決定付ける可能性がある。民主主義体制と専制体制といった二項対立に陥りがちな米国バイデン政権、そうしたアプローチを嫌うロシアや中国、分断を好まぬグローバルサウスと、世界は求心力を欠いている。G7は先進民主主義国の集まりとして、その価値観に基づきロシアや中国の行動を厳しく批判する立場にあるが、G7の目的は平和の達成であり、世界の分断は好ましいことではないことを明らかだ。広島サミットではロシアや中国との対話を維持していく姿勢も明確にするべきだろう。
ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/322993