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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】北朝鮮が新型ICBM発射、異常頻度のミサイル連発の裏にある国際政治の変化

2023年04月19日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|「Jアラート」の警報が
|浮き彫りにした朝鮮半島情勢

 北朝鮮が発射した新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)が北海道周辺に落下すると警告を発した4月13日のJアラートには正直、戦慄が走った。アラートは後に撤回されたが、従来の高角度のロフテッド軌道でなく、違った打ち上げのやり方が組み合わされたことで軌道が急に変わり、落下地域の予測が難しかったようだ。北朝鮮が、実際は何を狙ったのか、どういう思惑があるのかは不明だが、今回の事態はいずれにせよ日本の領域が北朝鮮ミサイルの脅威にさらされていることを如実に物語る。まかり間違えば戦争の引き金となるような重大な事件だったが、昨年から、異常な頻度で行われている北朝鮮のミサイル発射実験の背景には何があるのか。朝鮮半島情勢がどう動いているかを正確に把握する鍵は、国際政治構造の変化だ。

|頻繁なミサイル発射は
|米国や国内に存在感示す最大の手段

 北朝鮮は2022年以降、極超音速や軌道を変則的に変える新型ミサイルを含め、かつてない頻度でミサイルの発射を繰り返し、昨年は1年間で過去最多の37回、70発以上に上る。だが一方では、依然、食料不足が深刻なことや「コロナ鎖国」による物資の不足も伝えられ、経済的な困窮を打開できる状況でもなさそうだ。そうした経済危機下においてもなぜ北朝鮮はミサイルの頻繁な発射を続けるのだろうか。米国を意識したものであることは間違いない。米国への打撃力を誇示し米国に北朝鮮の軍事力が無視できないことを意識させ、制裁緩和や核問題の交渉に米国が再び向かわざるを得ない状況を作りたいということだろう。バイデン政権は、北朝鮮がすべての核兵器の放棄に同意しなければ制裁を緩和しないという姿勢を崩しておらず、米韓合同軍事演習を再開するなど、韓国や日本との連携強化で北朝鮮に対する強硬姿勢を強めている。
 今回のミサイル発射もこうした米国や韓国に対抗する「目には目を」的な意思表示であることは論をまたない。ただ同時に、「北朝鮮は米韓に屈しない」という国内に向けたメッセージでもある。これは歴代の「金王朝」に共通するが、祖父の金日成氏や父の金正日氏の時代と同様、金正恩朝鮮労働党総書記の、最高指導者としてのカリスマ性を高めることにつながる。金正恩氏は、11年に金正日氏の死を受けて最高指導者の地位を継承し、今に至るまで恐怖政治によって権力基盤を固めてきた。だが国内の経済問題は依然、体制不安定化の最大の要因であり、経済困窮から抜け出すためには外国の支援が必要なことは十分、認識しているのだろう。そのため、常に対外的なアピールを意識し、国際情勢には敏感だ。ミサイル発射は存在感を示すための最大の手段ということだろう。

|北朝鮮は西側諸国と中ロの対立が
|自国を利すると考えている

 北朝鮮が、米中対立の激化やウクライナに侵攻したロシアと西側との対立といった国際関係の変化が北朝鮮を利する、と考えても不思議ではない。北朝鮮はロシア非難の国連決議に反対し、ロシア支援に回っている。冷戦終了後ロシアは韓国との経済関係を重視し、国際社会と歩調を合わせ北朝鮮核問題にも比較的厳しい態度を取ってきたが、ウクライナ戦争による孤立は北朝鮮との連携に立ち戻る結果となっている。北朝鮮も、ウクライナ戦争でロシアの弾薬や装備不足などがいわれる中で、ロシアに弾薬などを支援していることも伝えられる。今後、双方が米国を意識して関係を強化していくことが考えられる。
 一方で韓国では文在寅(ムン・ジェイン)進歩派政権からの政権交代で尹錫悦(ユン・ソンニョル)保守政権が成立し、対北朝鮮政策は大きく変化した。文前大統領は、いわゆる86世代を背景に対北朝鮮融和政策を掲げてきたが、尹大統領は何よりも安全保障を第一とし、日本との関係改善を重視し、北朝鮮問題を巡る日米韓の連携が強化された。トランプ政権下で停止していた米国との合同軍事演習も復活した。こうした韓国の変化に対して、北朝鮮は、米韓合同軍事演習には頻繁なミサイル発射で応じ、技術的な実験というより、実戦の運用演習といった趣で対抗している。南北間の協力は停止され、軍や統一部の定期的な南北電話連絡も不通となっている。南北間や米朝間での対話のフェーズは過ぎ去ったように見受けられる。

|非核化問題で鍵を握る中国
|「米中協力案件」になる可能性

 こうした状況で朝鮮半島情勢の鍵を握るのは中国だろう。今の中国の対外政策の基本はいかに米中対立を生き抜くか、ということであり、中国は北朝鮮問題を一つのカードとして考えていると思われる。米中対立がさらに厳しくなれば、中国は北朝鮮支援を強化する方向に政策のかじを切る可能性がある。
 いずれにせよ、中ロと西側の対立激化で、既に国連安保理は事実上機能しなくなっており、北朝鮮のミサイル発射に対して安保理が新たな決議をすることはないだろう。ただ、だからといって中国が北朝鮮の核開発を容認するとは考えにくい。中国は北朝鮮の核開発を二つの理由で反対しているものとみられる。第一には北朝鮮が核兵器国として名乗りを上げることは、韓国や台湾、ひいては日本に核保有の「ドミノ」を起こすことを懸念し、阻止すべきことと考えているからだ。
 第二には中国そのものの安全への懸念だ。核物質の安全な管理を含め、中国が北朝鮮を信頼しているとは考えにくい。従って、米中の対立が緩和されるということになれば、北朝鮮問題は再び「米中協力案件」となる可能性がある。これに対して北朝鮮は、中国一国からの支援に頼ることは、自らの独立を脅かされると考えているのだろう。北朝鮮にとって最も好ましいシナリオは核を保持したまま諸外国の支援を受けることだ。トランプ政権時代、18年、19年の米朝首脳会談で北朝鮮は事実上、核を持ったまま支援を受けることに成功しかけたが、米政権内の強硬派の反対で最終的にはそれは達成されなかった。西側でも一部識者の間には北朝鮮が核の量産を進めることは阻止すべきで、北朝鮮が主張するように、いったん北朝鮮を核兵器国と認めた上で軍縮交渉を行うべきだという議論もある。
 しかし北朝鮮の核を認めることは核不拡散体制の崩壊であり、核の脅威をもろに受ける日本にとっても認められるものではない。ただ、非核化に向けてどの程度の長い時間を許容するかどうかは妥協の余地があるのかもしれない。

|北朝鮮が中ロ陣営に組み込まれても
|日本は対話を続ける努力必要

 北朝鮮の核問題はそもそも中ロの協力なくして解決するのは難しい問題だ。ロシアが国際社会から孤立、米中の対立がさらに激化して、場合によっては中ロの連携が強化され、西側諸国と中ロを中心とする諸国の分断が現実となっていく時には、北朝鮮は中ロの陣営に組み込まれるだろうし、核やミサイル、拉致問題を含めた北朝鮮問題が解決される見通しは一層遠のく。
 ただし、ロシアはともかく、中国は先に述べた北朝鮮非核化への関心もあり、米中対立緩和の道筋の中で北朝鮮問題について協力することはあり得るだろう。日本にとっても、米中対立緩和と北朝鮮問題についての米中協力が実現することは好ましいことだ。ただいまの状況が続く限り、朝鮮半島情勢は緊張の度を高めていく可能性が高い。日本はまずは日米韓の協議・協調を強化することだ。とはいえその一方で、北朝鮮との間でも何らかのコミュニケーション・ラインを維持し、対話を続けていく道を決して捨ててはならない。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/321513
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