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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】習近平新体制の狙いは「米中衝突」への備え、今後の鍵握る3要因

2023年03月15日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|全人代で見えた習氏の思惑
|治安など3分野を共産党直轄に

 13日に終わった中国の全国人民代表者大会会議(全人代)の最大の眼目は、「米中衝突」に備える体制の構築にあったと考えられる。習近平総書記の異例の国家主席三期目が決まったが、これは三期(残り5年)で終わるということではなく、おそらく今後10年の独裁体制を色濃くしたと言えるだろう。習氏は首相に側近の李強氏を据えたが、李氏は副首相などの政府要職経験がなく、また政治局常務委員や4人の副首相にも後継となるような人物も見当たらない。従来のように首相が経済運営について責任を持つという体制が変わり、習氏が経済も含めて実質的に差配すると考えられる。さらに治安、金融、ハイテクの三分野を共産党の直轄とすることも決められた。これから米中対立が厳しさを増すこと想定し、習氏が不安を感じる三分野について共産党が直接監督する体制を作るということなのだろう。実際に米中衝突が現実のものになるのか、今後の米中関係は3つのことが鍵になってくる。

|ハイテク、金融は自力更生
|ウクライナ問題での制裁を想定?

 3分野が共産党直轄になったが、治安については、ゼロ・コロナ政策に対する国民の不満が「白紙運動」といった形で表現の自由を求める運動に繋がったことを深刻に受け止め、迅速に強権を発揮していくということかもしれない。金融とハイテクについては、米国の「中国デカップリング」の動きやウクライナを巡る対ロ制裁のようなものを中国が受けた場合に備えるという狙いがあると言えるのではないか。共産党は、中国のITなどの大企業に対する規制を強化する観点から「共同富裕」を掲げて、企業から膨大な寄付を求め、また、独禁法の下での規制を強化するなどの方法をとってきた。金融やハイテクについては、米国を中心とする西側社会の規制がさらに強化されることを想定し、自力更生を行っていく為、リソースをつぎ込みやすい体制を作るということなのだろう。さらに国防費については成長率目標を超える前年比7.2%の高い伸びを掲げている。

|増大する国際社会への影響力
|サウジとイランの国交正常化仲介

 米国との対立の激化を想定した行動は国内政策だけに止まらない。中国は対外政策でも、バイデン政権が民主党政権の特色である人権・民主主義などの「価値観」を前面に出した対外政策を進める間隙をついて、着実に国際社会への影響力を強めている。最近でも、米国の同盟国サウジアラビアとイランの国交正常化は、中国の仲立ちにより実現したと伝えられる。バイデン政権はサウジアラビアの人権抑圧問題を重視する姿勢は変えておらず、また長年の反イラン感情は未だ強い。今回の中国の仲介によるスンニ派サウジアラビアとシーア派イランの正常化は、イエメンなどでの代理戦争に終止符が打たれる可能性を高めるほか、中東地域全般の緊張緩和要因になる。中東だけに止まらずアジア、アフリカ、中南米で中国はその影響力強化のため着々と手を打っている。
 中国はウクライナ戦争でも、12項目の和平提案を行ったが、これも中国の存在感と将来のロシアとの連携強化の可能性を示す伏線と考えられる。米中対立の状況如何で中国はロシアとの連携に大きく舵を切る余地を残しているのではないか。中国気球の米領域侵犯問題で、米国内の反中感情は刺激され、ブリンケン国務長官の訪中が延期された結果、米中対立を緩和していく機会も遠のいた。

|今後の米中関係で三つのキーワード
|共産党統治の鍵は経済立て直し

 今後の米中関係をどのように展望していくべきなのか。それには三つのキーワードがある。第一は中国経済、第二は2024年大統領選挙に向けての米国内政情、そして第三が日本の役割だ。
中国の共産党統治の正統性は過去、高い経済成長が支えとなってきた。しかし昨年は5.5%前後の成長目標に対して成長率は3%に落ち込み、低成長が続けば共産党政権の信認の問題ともなっていく。成長“失速”は、直接にはゼロ・コロナ政策の影響という面は免れないが、他方で、少子高齢化の下での生産年齢人口の減少といった構造的問題も今後大きな影響を持つのだろう。低成長に対する貧困者の不満や急増する若年失業者の不満は、共産党政権が強権的に抑え込もうとしても容易に収束するものではない。求心力を回復するため対米ナショナリズムを煽るといった事態も想定されないではない。
 一方で米国は、2024年大統領選挙に向けて今年末から政治の季節に突入する。今後、国内の二極化分断は激しくなるだろうし、対外関係ではウクライナへの軍事支援の継続と対中政策が焦点となるだろう。バイデン政権は共和党の要求に従ってウクライナへの継続的支援を再考することはないだろうが、対中政策についてはむしろ民主・共和両党が一致して強硬論で固まっていく可能性は高い。中国気球の領域侵犯のように国家安全保障にかかわるとされる問題が、米中衝突の引き金となってもおかしくない。

|日本の「ハイブリッド」アプローチは重要
|中国のTPP加盟サポートを

 過去10年日本は安倍・菅・岸田政権の下で、対中牽制の度合いを強め、中国の「一帯一路」に対抗する「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)を掲げ、QUAD(日米豪印)などを通じ結束した対中連携を図ってきた。ワシントンの友人たちは、日本はアメリカ以上に対中強硬論で固まっており、アメリカの対中国政策に大きな影響を与えていると話す。中国が日本をGDPで追い越す2010年頃までは、日本はどちらかといえば中国を世界の秩序に関与させる友好的なアプローチ(エンゲージ政策)をとってきた。それが尖閣問題や南シナ海での中国の攻撃的行動、さらには「戦狼外交」などを目の当たりにし、国内の反中感情の高まりとともに対中強硬論が強まってきた。今後5年間でGDP比2%とする防衛予算の飛躍的拡大の決定や日米首脳会談での日米軍事一体化の合意は、米国にとって日本の大きな政策転換と映り、ますます米国の対中強硬姿勢を支えることになっている。
 だが成長停滞が続き、人口減少などで国内市場の大きな成長が期待できない日本が、今後、ある程度の成長を続けようと考えるなら、最大の経済パートナーである中国との関係が対決一色になってしまうことが良いはずはない。安全保障面では同盟国米国とともに鉄壁な抑止体制をしくことは必要だが、経済面では中国を巻き込んで東アジアの経済連携を進める道を探求するべきだ。安全保障上の抑止力強化と経済協力推進のいわゆる「ハイブリッド」アプローチを目指すことが重要だ。日米の対中貿易は昨年実績でも拡大しており、引き続き貿易投資の拡大を図っていくべきだ。そして中国も希望するTPP(環太平洋経済連携)への中国の加入交渉を始めることはハイブリッド政策を体現する絶好の機会になる。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/319455
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