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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】米領域侵入の中国気球撃墜は米中衝突の「前奏曲」なのか

2023年02月15日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|対話軌道に戻ったばかり
|米中に新たな緊張

 中国から飛来し米領域に侵入した気球を、米軍がミサイルで撃墜した問題は、米中の対立をさらに一段引き上げかねない危険性をはらむ。気球飛来に対して米国議会、特に共和党やトランプ前大統領は、バイデン大統領は中国に弱腰だとして批判を強め、数日内に予定されていた米中外相会談もキャンセルされ、気球もサウスカロライナ沖で撃墜された。中国は報復措置があり得ると、猛反発している。何やら60年以上前の、決定付けた米国のU2偵察機のソ連領域侵入・撃墜事件を彷彿させる。対話軌道に戻ったばかりの米中関係は再び悪化せざるを得ないが、懸念されるのは、これが本当の米中衝突の引き金になってしまわないかだ。

|米国のU2偵察機侵入も
|当初は気象観察と説明されていた

 1960年5月1日のメーデーの日、米国の高高度偵察機U2(気球と同じ2万メートル以上の高高度を飛行)が、ソ連の地対空ミサイルにより撃墜された。当初、米国は「高高度での気象データー収集を行っていた民間機が故障により操縦不能に陥った」との声明を発表したが、これは、今回気球を捕捉された中国の声明と驚くほど類似している。U2事件では、操縦していたパワーズ飛行士が脱出生存していることが明らかとなり、米国もソ連上空でのミサイル基地偵察を認めざるを得なかった。結果、2週間後にパリで予定されていた米ソ首脳会談はキャンセルされ、翌年のキューバ危機など一触即発の戦争の危機へと向かっていった。
 今回の問題で中国には、米国は何度もU2で中国本土の偵察を行っていたではないか、偵察活動は大国外交の常ではないかという思いがあるのかもしれない。気球の撃墜は米国の過剰反応だとして報復措置があり得るとも言っている。

|双方の大国ナショナリズム
|衝突の引き金になるか

 ソ連がキューバにミサイル基地を建設し核を持ち込もうとしたキューバ危機に対するケネディ大統領の決断や、「9.11」テロ事件に示されたように、米国が標的になる他国の試みに対し断固立ち向かうのは超大国米国の顕著な姿勢だ。一方中国も、米国に対して弱腰であることはナショナリズムに火をつける結果となる。
 1999年に起きたユーゴでの中国大使館誤爆事件(米国のステルス爆撃機により中国大使館が攻撃を受け中国人記者など3人が死亡)では、中国は米国の「誤爆である」との説明を受け入れ、対抗措置を取らなかった。しかし2016年になって習近平総書記はベオグラードを訪問した際、真っ先に中国大使館跡地を訪問し、追悼式を行った。17年の時が経過したとはいえ、中国人が亡くなった地で追悼をするのは何ら不思議なことではないが、中国の象徴主義に鑑みれば、おそらく米国により屈辱を味わったことは忘れないというメッセージだったのだろう。2012年に最高権力者の座に就いてからの習近平氏の思考には常に米国に対する強い敵愾心が感じられる。中華人民共和国創建100周年の49年までに達成すべき「中国の夢」は、米国を豊かさで凌駕することが含まれている。

|台湾海峡は大丈夫か
|軍事バランスは逆転

 気球が撃墜されたからといって中国が報復的に軍事措置を取る可能性が強いと言っているわけではない。だが、気球事件の前に両国の政府に支配的だったと考えられる「米中は競争するが衝突はしない」という方針が崩れる余地が出てきているということだ。どちらも全面的な戦争を望んでいるわけではないだろうが、局地的に限定される衝突の可能性は皆無ではない。
 これまで、そうした衝突の現実になりかねないと思わせたのが、1996年春の台湾海峡危機だった。台湾での初めての総統直接選挙に際して台湾独立の意識が強かった李登輝総統の再選を阻む目的なのか、中国は軍事演習を実施し、台湾海峡をまたぐミサイルの発射実験を行った。これに対して米国は2隻の航空母艦を派遣し、台湾の領域には直接には入らなかったが、近海を航行し中国をけん制した。軍事バランスが圧倒的に米国に有利だった1990年代に比べ、現状では、局地的なバランスはむしろ中国優位に傾いている。中国側が局地的衝突を制御できると考えても不思議ではない。
 いずれにせよ来年1月にも行われる台湾総統選挙がどのような結果をもたらすのか注視される。昨年11月の統一地方選挙では与党民進党は大敗した。香港での「一国二制度」の崩壊を目の当たりにしたことで、これまでほど野党国民党が中国に融和的だとはいえないが、総統選挙は一つの節目として、中国との関係をどうするかが最大の争点になるのは間違いがない。

|日本は習近平主席の姿勢を
|見誤ってはならない

 日本では対中政策が真正面から取り上げられることは少なく、防衛能力の飛躍的拡大、米国との軍事の一体化の議論に終始する傾向があるが、習近平主席がいったん決断すれば、日本との関係でも一切の柔軟性をなくし強硬な行動に出るといったことになりかねないことをよく考えておく必要がある。岸田首相は防衛力の拡大は外交を強くするといった趣旨の発言をしているが、日本が軍事力を背景に外交ができるわけではない。一方、中国は対外関係を自国の有利に導いていくためには、軍事を含む強硬措置を躊躇しない。目には目を、の国である。過去数多くの中国と対立したケースで、日本は妥協を強いられてきた。2010年に尖閣諸島付近の海域での違法操業を行っていた中国漁船が海上保安庁巡視船に体当たりし衝突した事件は象徴的だった。拘留した船長の司法手続きが行われていた段階で、中国は邦人の拘留、レアアースの事実上の対日輸出停止などの強制措置を繰り出し、結果的に日本は船長を処分保留で釈放せざるを得なかった。
 国際社会でも筋が通る措置を日本が取り、中国の強権的な行動は許さないという固い決意をもって中国に対峙していくのであれば良いが、そうするのであれば万全の体制をもってする必要がある。だがそれよりも日本は中国の意図を見極めつつ、米国との同盟関係を活用して戦略的かつ柔軟に対応していくことが大事だ。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/317736
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