国際戦略研究所 田中均「考」
【ダイヤモンド・オンライン】「統合的抑止力強化」で日米合意、対中国政策“片肺飛行”では危うい
2023年01月18日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問
|「盾と矛」の役割分担の変化
|ごまかさず、反撃能力の議論深める必要
合意された「日米同盟の現代化」による統合的抑止力が真に機能するためには、第2次大戦後、長く続いてきた日本が「盾」で米国が「矛」という、日米の役割分担を事実上変えていくということにならざるを得ない。日本国憲法から導き出されていた「専守防衛」の枠もはみ出していかざるを得ないだろう。日本が防衛的役割に限るということで抑止力の統合はできないし、米国が反撃能力の遂行に全面的に協力することは、日本が敵のミサイル発射を待って反撃するといった厳密な交戦規定(ROE)にはなり得ないだろう。こうした意味で、今回の合意は安保政策の大転換であることは日本国内でも明確に説明されなければならない。従来、政府は国会で矛盾を突かれそうな行動は、あえて明確な説明を控えるといった姿勢を繰り返してきたような気がする。例えば、イラク戦争で沖縄の米軍基地から派遣された米軍機がイラクを攻撃した際には、派遣された米軍は沖縄でイラクでの従軍命令を受けたわけではなく、移動の途中で命令を受けたとして、日米安保条約上の日本への事前協議の義務には当てはまらないという苦しい説明をしてきた。筆者は今後の厳しい安全保障環境に備えていくためには、日米の軍事力の統合は必要だと思うし賛成だが、もう「虚構」を重ねていくことは許されない。その上で、専守防衛の基本的概念は維持しその精神は守っていくとするなら、ある程度、明確な歯止めは必要だろう。自衛隊の装備は、ミサイルに限らず長距離戦闘機など無制限に攻撃的武器に拡大するのではなく、「反撃能力」の武器を特定化するとか、「反撃能力」を使う判断基準などの議論を今後、深めていくことが重要だ。
|同時並行して進めるべき
|中国との外交活性化
また、日米の統合的抑止力の拡充だけで日本を取り巻く安全保障環境を良くする結果にはならないことも、改めて認識する必要がある。むしろ抑止される側の軍備拡張の結果を生むかもしれないし、中国との関係はさらに緊張が深まるのかもしれない。従って、当然のことながら外交が機能しなければならない。米国はバイデン大統領と習近平総書記の首脳会談の合意に基づき、米中間のあらゆるレベルの交流を強化するということで、ブリンケン国務長官の訪中の準備が行われていると伝えられている。米中関係は安全保障面の対立や政治体制の競争はあるが、一方で経済面の相互依存、グローバル課題の協力といった複雑で多面的な関係であり、安全保障面の対立だけにとどまるものではない。米中首脳の合意は対立が衝突にならぬよう管理していくということなのだろう。だが果たして日中関係でも同じような努力が行われているのだろうか。日中も米中と同じような多面的な関係であり、特に経済面の相互依存関係は圧倒的に深い。岸田首相と習近平総書記の首脳会談の後、林外務相の訪中が計画されたようだが、いつの間にか立ち消えとなっている印象だ。公明党・山口代表の訪中も見送りとなったようだ。最近では新型コロナ感染の水際対策を巡り、日中の不協和音も目立つ。中国にしてみれば日米が一体化していく以上、米国との関係に集中し、日本との関係は二の次であっても良いと考えているのかもしれない。
|繊細で多様な外交努力が必要
|経済連携や文化、議員交流
日中関係は米中関係以上に繊細な外交努力を必要とする。米中の場合は、力を背景とした大国関係であり、双方は常に相手を凌駕する軍事力を保有することが中心課題となっている。一方で、日中は日清戦争や日中戦争など戦争を経験し、歴史的、経済的、文化的にも極めて深い交流を持つ隣国関係であり、容易に国内感情に火が付く。日本にとって中国は、体制を異にし、人権などの普遍的価値が軽視されているという点では相いれない国であり、中国の軍事的台頭に対して、米国とともに抑止力を強化するのは適切な対応だ。しかし同時に、日中間の交流を増やし信頼醸成を強化する努力を行うのは当然のことだろう。「専制体制の中国とは交流すべきでない」といった感情論にのみ込まれてはならない。
日米で抑止力の統合が行われていくにしても、対中関係について日米で全ての利益が一致するわけではなく、日本は自らの国益に従った独自の対中外交を展開していくことに躊躇があってはならない。いくつかの分野で外交努力を強化するべきだ。
特に東アジアでの経済連携や東シナ海の共同資源開発など日中間で協力を行うべき案件は多い。またコロナ後に備え、日中間の交流は再活性化する必要がある。政府間だけでなく、国会議員交流も近年極めて低調だ。文化的交流や青年交流も止まったままである。日本が採用したコロナに関する対中水際対策、中国による入国ビザの停止措置も日中間で包括的に見直すべきだろう。
さらに緊急時の連絡体制や軍事的信頼醸成措置は抜本的に強化していくべきだ。日米安保体制の一体化を行いつつ、こうした多面的な外交努力で対中関係を活性化させることが日本の安全保障を確保する王道だ。
ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/316230