国際戦略研究所 田中均「考」
【朝日新聞・論座】2023年を占う 国際関係の最悪のシナリオは回避できるか
2022年12月28日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問
2023年国際社会にとっての悪夢はウクライナ戦争が終わらず、悲惨な光景が繰り返されることだ。プーチン・ロシア大統領は非人道的で国際法を大きく逸脱する攻撃を続け、米国やNATOもゼレンスキー大統領のウクライナに軍事支援を続ける。ウクライナ国民の英雄的な行動は称賛されるべきだが、戦争を止めるのは指導者の役割だ。もしも米中関係が一層悪化し、中国がロシアとの結託に舵を切れば、分断される国際社会は構造的危機を迎える。もちろん直ちに世界戦争が起きるわけではなかろうが、東西冷戦時代を超えるブロック対立時代を迎える。グローバリゼーションがもたらした経済相互依存関係は崩壊し、気候変動などのグローバルな課題での国際協力も停止する。このような最悪のシナリオを止める力があるとすれば、それはバイデン米国大統領と習近平中国国家主席だろうが、果たして指導者は合理的な判断をするのだろうか。
中国は試練の一年になる
中国についてみれば、共産党独裁体制と資本主義的経済運営、豊かになりつつある国民と共産党の締め付けの矛盾が指導者の方針転換を余儀なくさせるかどうかだ。ゼロ・コロナ政策への不満が中国全土に「白紙」デモ(表現の自由がないことを暗示する白紙を掲げたデモ)を生み、習近平総書記はゼロ・コロナ政策を一気に緩和せざるを得なくなった。この決定が感染者の増大を生むことは明らかだろうし、経済再生を妨げる結果となるかもしれない。圧倒的な経済成長を続けられればともかく、労賃の上昇や各種バブルを通じて成長率が下がらざるを得ず、米国が率いる経済圧力も含め習近平総書記にその都度方針の変更を迫るのだろう。その鍵は、おそらく本年3%程度まで下降する経済成長率の回復が可能かどうかにかかっているといえよう。中国は米国の強い圧力に屈することはせず、反転するかもしれない。先の党大会で人事面を中心に大きな不満を持つ勢力はいるのだろう。国民の不満に乗じ権力闘争が始まることは容易に想像することが出来る。習近平政権はナショナリズムを煽ることを選択するのかもしれない。ナショナリズムの行き先は台湾統一に向かったとしても不思議ではない。
バイデン大統領は指導力を発揮できるか
バイデン大統領は中国の状況をどう見るのだろう。中国の共産党政権を打倒する好機と見るのか。2024年大統領選挙に向けて民主・共和両党は対中強硬論でコンセンサスが出来つつあるようだ。国務省には中国室が設けられ、共和党は新議会で下院に中国特別委員会を設けるという。米国特有の敵か味方か、黒か白かという二項対立の見方で対中強硬論が強くなっていくのだろう。そもそもバイデン大統領が唱えた「専制主義対民主主義」は世界を融和させるはずもなく分断を強める結果となる。米国は中国を巻き込み中国の変化を促そうとする「関与政策」は失敗だったとし、特に習近平政権が独裁化の道を進むにつれ、中国をけん制し、経済「デカップリング」を進め中国の台頭を止める政策の色彩が濃くなった。
しかし米中関係の実態は引き続き「4C」関係である。即ち、安全保障面でのConfrontation(対峙)、政治面でのCompetition(競争)、経済面でのCoexistence(共存)、グローバル課題でのCooperation(協力)という四つの側面のバランスにより成り立っているのである。
両国の国内圧力が4C関係のバランスを変えることは想像に難くないが、両国の指導者が合理的な判断をするかどうか。
日本は抑止力と経済協力の強化を
日本はどうか。GDP比2%への防衛費の大幅拡大、反撃能力の取得といった安保政策の歴史的転換は対中関係で大きな意味をもつ。日本の抑止力は日本の防衛力と安保体制の持つ抑止力の総和であり、今後、米軍との一体化が進むのだろう。米国は日本列島を対中軍事戦略の最前線という捉え方をする可能性が高い。日本が考えなければいけない問題は、中国は米国にとっては地理的に遠い国であっても日本にとっては引っ越しが出来ない隣国であり、歴史的結びつきや経済的相互依存関係の濃密さから日米の利益が全て一致する訳ではないという点だ。日本にとって中国を巻き込む戦乱は何としてでも回避しなければならない。
対中抑止力の面では強化されていくのは間違いがない。一方日本の国益を考えれば対中牽制だけで良いはずがない。経済面では中国を巻き込みルールを重視する関係構築のため日本がイニシアティブをとるべきだ。東シナ海の資源共同開発、TPPへの加入問題など日中で話し合いを進めるべき課題は多い。安保面での抑止力の強化と経済面での協力強化のハイブリッド戦略こそが日本がとるべき道だ。
最近の米中首脳会談は問題解決からは程遠い結果となったが、少なくとも対立を認めつつ衝突には至らないように関係をマネージしていく事で合意されたのは良いニュースだ。今後米中間では国務長官レベルを含め数多くの対話が行われていく事になるのだろう。日中間でもあらゆるレベルで対話を再活性化していかなければならない。国際社会の安定は日米中関係の安定にかかっている。
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2022122600010.html