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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】「反撃能力」は日本の国力を本当に強くするのか、安保政策大転換で考えるべきこと

2022年12月23日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|今後5年で防衛費の総額43兆円
|「GDP比2%」は正しい政策か

 政府は国家安全保障戦略(NSS)などの安全保障関連3文書を改定し、反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有や防衛費を2023年度からの5年間で総額43兆円にまで増やすことを閣議決定した。総額43兆円の防衛費は現行計画の1.6倍という大幅な拡大となる。
 22年度補正後予算で防衛費は5.4兆円で、文教および科学振興費とほぼ同額だが、今後5年で教育や科学技術開発の予算が大幅に伸びることは想定できず、27年度に「GDP比2%」を達成する防衛予算との間で大きな差ができるということだ。国の総合的な力を強くしていくということでは、教育や科学技術も防衛と劣らぬ重要性を持つと考えられるが、厳しい財政事情の下で国策としてのプライオリティーは正しいのか。
 日本は「軍事大国とはならない」という誓約の下で国際関係を営み、それが日本の外交力の支えになってきたが、巨額の防衛費を持つ以上、軍事大国ではないと強弁するのも難しい。軍事大国ではない平和国家としての、日本の外交的アイデンティティーを今後どう構築していくのか――。
 安全保障戦略の「大転換」の意味を十分に議論する必要がある。

|「平和国家」から世界有数の軍事大国に
|国際社会はどう受け止める

 日本の防衛予算は、1976年三木武夫内閣が「日本は軍事大国となるべきではない」としてGDP比1%内とする原則を閣議で決定した。その後87年になり中曽根康弘内閣がこれを撤廃したものの、おおよそGDP比1%内外で推移してきた。三木内閣が防衛費GDP比1%枠を決めた翌77年、福田赳夫首相が東南アジア歴訪中のマニラで表明した「福田ドクトリン」には、三原則の一つに「軍事大国とはならぬ」という声明が含まれ、大いに歓迎された。日本は軍事力によらず政府開発援助や技術移転を通じて平和に資する国としてのアイデンティティーを確立したのだ。
 だが2012年の第2次安倍内閣発足以降、中国の軍拡やミサイル発射実験を繰り返す北朝鮮の脅威が指摘され、防衛費は右肩上がりで伸び続けた。ロシアによるウクライナ侵攻もあって、このところは防衛費増額が当然視される状況だ。現段階で日本の防衛費は世界第9位にランクされているが、今後5年の防衛予算の飛躍的増大の結果、日本は米国、中国に次ぐ世界第3位もしくはインドに次ぐ第4位の防衛費を持つ国になると想定されている。
 「平和国家」を目指すとしてきた日本の姿勢は、外交の場でも日本の発言力を強めることになってきたが、その日本の軍事力の飛躍的拡大を国際社会はどのように受け止めるだろうか。

|「反撃能力」は「専守防衛」に反しないのか
|敵の攻撃「着手」の特定は曖昧

 安保政策の大転換を象徴するのは、反撃能力の保有だ。他国を攻撃できる軍事力を持つことで日本を攻撃すれば痛い目に遭うと思わせ相手に攻撃を思いとどまらせる狙いだという。これまで日本は、「座して死を待つわけではなく、自衛のためには日本を標的にミサイルが発射されようとする敵基地をたたくのは専守防衛を旨とする憲法に反しない」という解釈をしてきたが、一方で政策判断として、長射程のミサイルを保有することは現実にはしてこなかった。今回の転換では、ミサイル技術の進展で、日本が持つミサイル防衛システムでは安全が担保できないとされ、安保3文書では「反撃能力」と言い換えて、相手国領域でミサイル発射を防ぐことができるスタンドオフ防衛能力などを持つことが明記された。そして、これは「専守防衛」に反することはないと説明されている。
 だが果たしてそうだろうか。専守防衛の原則に従うためには、自衛権の発動でなければならず、2014年の新安保法制導入時に発表された武力行使の新三要件に従うことになる。三要件は武力行使の条件として、(1)日本ないしは密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生したこと、(2)これを排除し、日本の存立を全うし、国民を守るため他に適当な手段がないこと、そして(3)必要最小限の実力行使にとどまるべきことなどを定めている。
 しかし武力攻撃が発生したとする状況や時点、つまり敵の攻撃着手をどう特定するのかは、専門家の間でも意見が違い、また技術的にも難しい問題だ。仮に反撃能力を取得しても、相手国が日本を狙ってミサイルを発射するか否かを特定するのは難しく、高い情報能力がなければほぼ無理だろう。場合によっては「先制攻撃」となる危険を限りなく秘めているということになり、先制攻撃となれば日本がまさに戦争を引き起こすということになる。また日本は長い射程のミサイルだけでなく航続距離の長い戦闘機や輸送機などは専守防衛の範疇に収まらないとして保有を控えてきた。しかし今後はそのような装備も保有するということなのだろうか。歯止めなく装備が拡大していく懸念が強い。

|「抑止力」の強化になるのか
|中国、北朝鮮には日米安保協力強化で

 安保3文書に明記されているわけではないが、「抑止力」の強化が念頭にあるのは北朝鮮であり、中国なのだろう。
しかし、反撃能力の保有や防衛費をGDP比2%に拡大することが、中国や北朝鮮の日本への攻撃を思いとどまらせるという意味の「抑止力」として、本当に機能するのだろうか。筆者は過去30年以上、北朝鮮と向き合ってきたが、北朝鮮は核を含む軍事力を使うハードルは低く、これまでもミサイル発射場を特定されないように、移動発射台や潜水艦、トンネルなどからの発射を試みてきている。日本が反撃能力を持ったからといってミサイルの発射をためらう国ではない。
 中国についても日本に届く2000発を超える中距離ミサイルを保有しており、日本の反撃能力は直接の抑止力にはなり得ない。中国や北朝鮮との関係で、これまで有効な抑止力として機能してきたし、今後も機能するのは米国の存在であり、日米安全保障条約だ。2002年に小泉首相の訪朝につながる北朝鮮との交渉が可能だったのは、米国が北朝鮮を「悪の枢軸」と名指して強硬姿勢を取ったことに、北朝鮮がたじろいで、米国と強力な同盟関係にある日本との関係改善を望んだからだ。
 中国との関係では、米国が、尖閣諸島について日米安保条約の適用範囲であることを明らかにしていることにより、中国の尖閣諸島への領土的野心がそがれているとみるべきだろう。新しい国家安全保障戦略でも、反撃能力については、「日米が協力して対処」することが明記され、米国との安保協力を強化する一環として位置付けられているが、日本の安全保障政策の歴史的転換が、抑止力を強める効果を持つのは、米国との安保協力がさらに密接になるということで、だ。
 米国は、日米摩擦が激しかった時期には「安保ただ乗りをする日本」として非難し、防衛費増大に圧力をかけてきたし、このところも米中対立が本格化するなかで、日本独自の防衛力整備を求めてきた。したがって日本の安保政策転換は大歓迎なのだろう。今後、日米の安保政策のさらなる一体化を進めていくことが重要なことは確かだ。ただ、沖縄の米軍基地問題をはじめ、日本が米国に日米安保体制の下で改善すべき課題については、強く主張するべきだ。

|対中で日米の利害は異なる
|中国を巻き込んだ地域ビジョンを

 安保政策の歴史的大転換の意味合いが最も大きいのは、中国との関係で、だろう。米国は中国を唯一の競争相手と位置付け、対中戦略を最重視している。米国にとって、今回の日本の安保政策の大転換が望ましいのは対中戦略に対する効果だろう。米国は中国との覇権争いを有利に進めるには日本の役割が必要と考えているようだし、東アジアの安全保障では韓国が北朝鮮抑止の最前線であるように、日本の政策転換により日本を対中国の前線基地として安保戦略の一体化が可能になると考えているのではないか。
 日本もSNSでは、中国の対外姿勢や軍事動向は「深刻な懸念事項でこれまでにない最大の戦略的挑戦」として、米国と呼吸を合わせた。しかし、日本が考えなければならないのは日本と米国は対中関係で利益が完全に一致するわけではないということだ。米国は中国の覇権を阻止しようと動くだろうし、日本も中国が一方的に覇権を求めるような言動には強く反対しなければならない。
 しかし中国は日本の隣国であり、絶つことができない経済的相互依存関係もある。米国にとっては中国は遠く、さらに強硬になり得るのだろうが、日本にとっては、この地域が戦乱にまみれないことが最大の利益であることを忘れるべきでない。日本が安全保障政策の大転換をしようとするのなら、同時に、中国を含むこの地域の平和と安定を実現するためのビジョンが必要だ。中国との関係で抑止力の増強は必要だが、それだけで平和が築かれるわけではない。相手をけん制する政策の羅列ではなく、中国を巻き込んでどういう地域を作りたいか協力の真摯なビジョンと外交努力があってこそ、抑止という目的が達成される。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/314987

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