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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】北朝鮮「ミサイル発射」22年は50発超え、軍事力の示威を超えた異常な頻度の思惑

2022年11月23日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


|今年だけで50発超えるミサイル発射
|核・ミサイル能力の示威を超えた思惑

 北朝鮮は2022年になってこれまで50発を超える弾道ミサイルを発射した。異常な頻度の実験だ。おそらく打ち上げに要した費用は数億ドルを超えるのだろう。厳しい制裁下で貿易量も激減し、合法的な手段で外貨を稼ぐことも難しい北朝鮮がこれだけの頻度でミサイル発射を行うのは、いかなる理由によるものか。インドについてもパキスタンについてもそうだったが、通常は核兵器とその運搬手段である弾道ミサイルを保有していることを数回の実験で示すことができれば、他国に攻撃しようという気を持たせないようにする十分な抑止力にはなる。北朝鮮のように6回も核実験を繰り返し、極めて高い頻度でミサイル実験を行うのは、他国に対する核・ミサイル能力のデモンストレーションを超えた思惑もあるとみるべきなのだろう。それは「金王朝」の維持を懸けたものといっていい。

|北朝鮮と米国の根深い相互不信
|攻撃受ける恐怖と核開発への疑惑

 北朝鮮の核・ミサイル開発の歴史を見ると、2005年9月の、南北朝鮮と米中ロシア日本による6者協議合意と、同時並行的に米国が実施した金融制裁の実施が分水嶺になった。この時の6者協議の合意は、検証できる形での北朝鮮の核放棄と米国や日本と北朝鮮との包括的な国交正常化を取り決めるもので、過去、北朝鮮問題に携わってきた者の目から見て、北朝鮮問題の解決にはこれしかないと思われるような合意だった。ところが米国財務省は、共同声明の採択後、北朝鮮要人の口座があることで知られたマカオのバンコ・デルタ・アジア(BDA)をマネーロンダリングに関与した疑いがあると指定。マカオ当局は北朝鮮口座を凍結し、他の金融機関を含め実質的に北朝鮮との銀行間取引ができないという事態になった。北朝鮮は核合意の裏での金融制裁は裏切り行為だとして激しく反発し、折から行われていた核廃棄の「検証」のあり方を巡る交渉は決裂した。
 その後の核・ミサイル問題の推移を見ると、やはり米朝双方の根強い相互不信が問題の進展を阻んできたとみることができる。もともと米国の北朝鮮に対する不信感は強く、北朝鮮が黒鉛減速炉の開発を凍結するのと引き替えに米国が発電用軽水炉を提供することになった1994年の米朝枠組み合意を巡っても、米国は北朝鮮が合意の裏でウランの濃縮を進めていたのではないかとの疑いを持ち、結局10年近く続いた米朝合意もブッシュ共和党政権により廃棄される結果となった。一方、北朝鮮の米国に対する警戒感も際立っている。特に2002年、ブッシュ大統領が一般教書でイラク、イランと並び北朝鮮は「悪の枢軸」であるとの発言をし、その後にアフガンとイラクへの攻撃に移っていったことを見て、いつか北朝鮮も米国の攻撃にさらされるのではないか、との強い思いを持つようになった。ちょうどこの頃、日本は北朝鮮と水面下の交渉を行い、2002年9月の小泉首相訪朝につなげたが、当時、交渉に当たった筆者は、北朝鮮が米国に対する強い警戒感を持つ一方で、米国と強い同盟関係にある日本とは関係改善を進めようという意欲を感じた。
 米国の対北朝鮮政策は政権交代により大きく揺れたことも事実だ。クリントン政権下でカーター元大統領が訪朝して米朝核合意ができたが、ブッシュ政権下では「ネオコン」勢力の対北朝鮮強硬論が支配し、オバマ政権下では「戦略的忍耐」の名の下、北朝鮮はいつか崩壊せざるを得ないのだから積極的に関与する必要はないというアプローチが取られた。トランプ政権になりトランプ大統領自身の関与による対話路線で、2回の金正恩総書記との首脳会談が行われたが、具体的な成果は生まなかった。バイデン政権の下では日米韓の強い連携の下に対北朝鮮抑止力を強化しようという動きが目に付く。
 こうした米朝の強い相互不信がある中で、北朝鮮の核・ミサイル実験には米国による軍事行動を抑止するためという理由があることは確かだろう。しかし、それだけが全てではない。

|「金王朝」維持を意図
|中ロにも一方的な依存は回避

 そもそもの北朝鮮の核・ミサイル保持の思惑は、金日成氏以来の「金王朝」維持を意図したものだということは明らかだろう。北朝鮮のような権威主義独裁政権の核保有は、国家というより権力者の独裁的な統治を維持する狙いがあることは間違いない。ただそこには、北朝鮮の特異な歴史的民族意識も反映されている。北朝鮮との交渉を経験して強く思うのだが、北朝鮮は近隣大国にじゅうりんされてきた歴史もあって、自国が独立しているためには他国に依存せず、てこを持っていなければならないという意識が強い。これは日本や米国との関係だけではなく、支援を受けてきたとされる中国やロシアとの関係にも当てはまる。核を持つことは中国やロシアへの一方的な依存関係を断ち切ることになると考えているのだろう。一方で韓国に対しては、もはや経済的に競争できる相手ではないので、核・ミサイルを保有することが両者の関係のバランスを取るための唯一の手段と考えていると思われる。
 これほど頻繁に弾道ミサイルの実験を行うのは、米韓の合同軍事演習や日米韓の連携協議への不快感の表明ということでもあると思う。言葉による声明は全く重視せず軽く考えており、具体的行動で相手に対抗するのは北朝鮮の伝統的行動様式だ。もちろん頻繁なミサイル実験は、技術的進歩の検証という側面や国際社会に能力を見せるということもあるが、何よりも米韓の合同演習にはミサイルの発射という同じ軍事的手段で「目には目を」という北朝鮮の「本気度」を示すものだろう。特にロシアのウクライナ侵攻を機にNATOとロシアの関係は厳しい敵対関係となり、米中関係は競争・対立が弱まる傾向にはない今の状況で、北朝鮮は、独自に軍事力増強を進め「金王朝」の基盤を固める戦略的好機と映っているのかもしれない。そう考えると、もはや朝鮮半島の非核化は実現できないということになる。「金王朝」が崩壊しない限り、北朝鮮は核・ミサイルを保持し続けるということなのだろうか。

|朝鮮半島非核化の夢はついえたか
|日本は6者協議合意に戻る説得を

 ただ一方で、今の北朝鮮は厳しい経済制裁とコロナ禍の影響で経済はマイナス成長が続いていることは容易に想像ができる。こうした現状が何時まで続くのか。いずれ再び外国からの支援を求めざるを得ない時期が来るのではないか、とも考えられる。その際に中国が米中関係のさらなる悪化を承知で北朝鮮に本格的支援を送るとも考えにくい。韓国の保守政権も強硬姿勢を変えるとも考えにくい。北朝鮮にとってのベストシナリオは、パキスタンやインドのように核不拡散(NPT)体制上、認められない核保有が事実上、許容され、地政学的な理由により米国など西側諸国の本格的な支援を受けることなのだろう。インド、パキスタンの核は南西アジアでの相互抑止の意味合いを持つものとして、ある意味黙認され、テロとの戦いでパキスタンを支援し、対中関係を考慮してインドを支援するなど、地政学がより重視される結果になっている。北朝鮮もこうしたことを考えているのではないか。しかし朝鮮戦争に始まり、北朝鮮が携わったミャンマーでの韓国閣僚襲撃事件や数々のテロ事件を見れば、世界が北朝鮮の核・ミサイルを容認することのリスクは余りに大きい。北朝鮮の核を容認すれば、韓国や台湾などが核保有に動く「核のドミノ」も起こりかねない。とりわけ日本は、拉致事件をはじめ北朝鮮の主権侵犯の被害に遭ってきた。正式に北朝鮮の核を容認するわけにはいかない。
 ただ厳しい制裁を維持して北朝鮮に圧力を加え続けることは必要だが、制裁の目的は圧力の強化ではなく、問題解決であり、水面下での協議はどうしても必要だろう。その場合は、米韓日の中では日本は非公式にその役割が果たせる可能性を持つ。解決の方法は2005年9月の6者協議合意に戻ることしかないが、そこに戻るための説得をなんらかの形で試みるべきではないか。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/313296
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