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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】国際関係は「分断の時代」、防衛費の飛躍的拡大だけが日本の選択肢ではない

2022年10月19日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


|「フラグメンテーションの時代」に
|必要な外交安全保障戦略

 開幕した中国共産党大会で、異例の3期目続投が確実視される習近平総書記は政治報告で欧米と異なる理念や制度に基づく「中国式現代化」に取り組む方針を示した。台湾についても最大の努力で平和的統一を目指すとしながら、米国を念頭に「決して武力行使の放棄を約束しない」と、強調した。今後、米中対立は一段と厳しさを増すだろうし、ロシアによるウクライナ侵攻の事態を見ても、今世界で起きている対立は、第2次世界大戦後の「東西冷戦」、冷戦崩壊後の「グローバリゼーション」と並ぶ、おそらく今後何年も続いていく国際関係の基調となるだろう。
 私はこの基調を「フラグメンテーション(fragmentation/分断)」の時代と名付けたい。グローバリゼーションの下で維持されてきた秩序が破られ、細分化し、多くの地域で事態が流動化していく。背景には、圧倒的軍事力を持ち続けている米国の抑止力の目に見える衰退と、軍事的安全保障第一主義の結果としての「経済」の衰退がある。日本は国際関係のこの新たな基調を理解し、外交や安全保障戦略を構想していくことが重要だ。

|ウクライナ侵攻を決断させた
|米国の抑止力の衰退

 戦後の国際秩序を無視したロシアのウクライナ侵攻から8カ月がたち、軍事衝突や欧米などによる制裁は長期化の様相だ。だがプーチン大統領は「米国は軍事的介入をしない」というバイデン大統領の言質を早々と得ることがなければ、愚かなウクライナ侵攻を決断することはなかったのではないか。分断の時代の国際関係の現出は、米国が世界の警察官としての役割を果たせなくなったことが最大の要因だ。米国の海外における軍事的関与からの撤退は今に始まるわけではない。オバマ元大統領はイラクからの米軍撤退を掲げ大統領に当選したわけだし、トランプ前大統領も、「アメリカファースト」という威勢の良いフレーズを掲げたが、基本は米国の軍事的関与の縮小を企図していた。そしてバイデン政権の関与縮小の姿勢も明瞭だ。国内の分断やトランプの勢力の再拡大に脅かされ米国社会の統合や内政重視をアピールする必要があったのは間違いがないが、アフガニスタンからの同盟国との調整を欠いた性急な撤退やプーチンに与えた軍事的非介入の姿勢は、米国が抑止力を損なってしまったことを強く印象付けた。「自国が大きな犠牲を払っても主導した秩序を守る」という米国の基本姿勢は、これまでもタリバンやアルカイーダといったイスラム原理主義勢力や、イランや北朝鮮が核開発を進める中で試され脅かされてきたが、バイデン政権の姿勢は、長い間「大国ロシアの野望」を持ち続けてきたプーチンの愚かな行動に道を開くことになってしまった。そして、ウクライナ戦争でも、ウクライナへの武器供与や対ロ経済制裁は続けてはいるが、武器供与や制裁はロシアに戦争をやめさせるだけの力を持ったものではない。米国が究極的な軍事介入も覚悟して戦争を止める意思を明確に示し行動しない限り、ウクライナの悲劇は続くだろう。ロシアが核兵器の使用に踏み切ろうとしたとき、米国はどう対応するのだろか。米国の抑止力は究極に試されることになる。
 中国も慎重に米国の対応を見極めながら、米国の軍事介入を招かない限界まで対外拡張を進めている。香港やウイグルでの自由や人権の抑圧や、台湾進攻、南シナ海での海洋進出など中国の強硬策を止められるのも、米国でしかない。ミャンマーでの軍事クーデターや軍部の圧政も米国が率いる西側社会の隙を突いたものといえる。北朝鮮の今年に入って27回といわれる弾道ミサイルの発射も米韓の足元を見てのことと推察される。
 米国の抑止力の衰退がはっきりしてきた中でバイデン大統領は「民主主義対専制主義」の構図を掲げて欧米や日本に連携を呼びかけている。その理念には何の異存も持たないが、どういう形で現状を変えるかの具体的プランがないきれい事と受け止められてもやむを得まい。行動を伴わないのでは、中間選挙や2024年大統領選を意識した民主党の格好付けとしか映らない。

|国家安全保障の重視で
|自由貿易主義が後退

「経済の衰退」は、自由貿易主義の後退に象徴される。
 グローバリゼーションを支えたのはWTO(世界貿易機関)を中心とする自由貿易ルールの尊重だった。WTOだけでなくEUや東アジア地域包括的経済連携協定、ASEANを中心とする自由貿易協定は世界の貿易を拡大し、経済成長を促進した。それだけではなく、貿易の拡大による相互依存関係は国家間の安定をもたらすと考えられた。中国のWTO加盟も、中国をWTOのルールの世界に引き入れその行動を制することが期待された。しかし中国は人権活動家にノーベル賞を付与することに抗議しノルウェーからのサーモンの輸入を禁止し、領有権問題でフィリピンに対してバナナの輸入を制限するなど政治安全保障目的で貿易自由化のルールを破ることをいとわなかった。ただしトランプ政権のアルミ、鉄鋼に関する輸入制限も国家安全保障目的とされており、トランプ政権のアメリカファースト主義がWTOの諸原則を軽んじる結果となったのは否めず、その意味では米国も責任がある。WTOは自由貿易推進と同時に紛争処理機構として大きな役割を果たすことが期待されたが、トランプ政権の多国間協力軽視の姿勢はWTOの紛争処理機能も形骸化させてしまった。
 そもそも地域的自由貿易協定の原則はWTOの無差別原則に基づく自由貿易の推進をさらに深掘りすることにあり、仲間を選んで政治目的でグループをつくることにあるわけではない。日本が推進したアジア太平洋経済協力の下ではAPECや東アジア経済連携協定、さらにはTPPなどいずれもインクルーシブ(開かれた)協力であり、中国を排除するものではなかった。ところが中国の飛躍的台頭と地域で覇権を求めるような姿勢は大きな警戒心を生むことになった。中国が「一帯一路」構想を通じて影響力拡大を図っていくのに対抗する意味合いで「インド太平洋構想」が日米を中心に唱えられ、経済自由化よりも安全保障を推進する構想が重視されてきた。そして経済制裁の頻繁な導入や「経済安全保障」の下でのサプライチェーンや技術輸出の制限は今後、自由貿易原則をさらに損なうことになるだろう。

|米軍との連携と独自防衛力整備
|日米総計の軍事力が対中抑止力に

 日本は「分断の時代」にどう向かい合うべきなのか。ウクライナ問題の議論の中で、防衛関係者が「もう外交は役割を果たさない。防衛費の飛躍的増大が必要だ。日本人は自国を守る覚悟が必要だ」といった乱暴な議論を繰り返し、メディアでもこうした声が多く取り上げられている。確かにロシアのウクライナ侵略は、NATO諸国に自国の防衛努力が不十分であることを知らしめ、各国は軍事費のGDP比2%の目標に向けてかじを切っている。日本も右に倣って、というのは分かりやすい議論だ。だが私は日本の軍事安全保障を欧州と同列に考えるのは適切ではないと思う。欧州の場合、ロシアは冷戦が終わった後も潜在的脅威と認識され、特にロシアがクリミア併合に踏み切った2014年以降は明白な脅威となったはずだ。フィンランドの加盟により、今後NATOとロシアは1300キロという長い国境を接することとなり、核を持ったNATOとロシアの安全保障上、厳しい関係が続くだろう。
 だが、日本にとって中国は潜在的には安全保障上の脅威であっても貿易をはじめ極めて太い相互依存関係が存在しており、未来に向けて共存の道が閉ざされているわけではない。さらに中国は日本の3倍を超えるGDP大国であり、軍事力も日本を圧する軍事費を擁する核保有国だ。日本が独自で抑止力を持つことは難しい。従って日本の防衛はこれまで踏襲してきた独自の防衛努力と日米安全保障体制の二本立てで万全を期すことがこれからも正しい戦略になる。本と米国が総計としての対中抑止力を強めることが何より重要となる。だとすれば日本の役割は独自の防衛力の強化だけではなく、在日米軍基地を含め東アジアにおける米国の軍事的備えをどう強化するか、日米共同訓練などを通じいかに日米の一体性を強化するかといった点も重要だ。そして韓国や豪州などと安全保障パートナーシップ構築に取り組むことだ。

|米国との強い同盟関係は
|日本の独自外交力の武器になる

 最も認識すべきは、外交が重要な役割を果たす余地があることだ。防衛力の強化はいざという事態になった際の備えをどう整備するか、ということであり、軍事衝突になるような芽を事前に摘み、友好国を増やして今より安全な地域をつくるためには外交の力しかない。これまでを振り返り、日本の外交力がどこにあったのか再度、吟味されるべきだ。日本の外交的力は経済力や技術力もさることながら、日米同盟関係に基づく「米国との関係性の強さ」が大きな外交力になっていたことを忘れてはならない。対中外交だけでなく対朝鮮半島外交や対ASEAN外交でも、日本が超大国米国に強い影響力を持つ国であり、時には米国の政策を変更させることができるという諸外国の認識は日本の持つ大きな力だった。オバマ時代のアジア基軸戦略や小泉訪朝から六者協議に至る対北朝鮮外交などは実質的に日本が主導してきた外交だ。今も、中国は日本を隣国だという観点からだけではなく、米国の強い同盟国日本という観点から日本に気を使っていることも間違いがない。
 日本の最大の戦略目的は安定して健全な日中関係をつくることであり、そのためには、米国とともに対中抑止力を強化すると同時に、中国を国際社会に引き入れる努力を積み重ねなければならない。その場合、時には米国と意見を異にすることがあってもいい。常に米国に追随している図式は日本の外交力を損なうことを認識すべきだろう。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/311474
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