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国際戦略研究所 田中均「考」

【朝日新聞・論座】ロシアが中国と連携すれば世界は分断 その危機を回避するには

2022年04月27日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 ウクライナの戦争は近い将来終わる⾒通しがない。ロシアは東部ドンパス地⽅とクリミアをつなぐ回廊の占領⽀配を目的とするというが、ウクライナの抵抗は強い。現時点では、停戦に向かって動き出すより、戦況が膠着し戦争が⻑期化していく蓋然性の⽅が⾼い。ただ、いずれにせよ国際法を正⾯から無視して侵略を⾏い、非⼈道的な戦争を遂⾏したロシアと国際社会の関係は戦争前に戻ることはなく、国際秩序も⼤きく変容せざるを得ないのだろう。この情勢にどう向き合っていくべきだろうか。

かつての東⻄対⽴が再来するのか
 現在のおよそ倍の⼈⼝を持ち、広⼤な⼟地を⽀配し、東欧の国々を含むワルシャワ条約機構(1955年)を率いたソ連と、今⽇のロシアは国⼒の⾯において⽐較にならない。ソ連は強⼤な軍事⼒と⽶国と同等の核戦⼒を持ち、⻄側と厳しい対⽴をしてきた。しかし、⻄側との経済格差が拡⼤し、情報の流⼊により社会が脆弱になり、東欧諸国が⺠主化の道を辿り、ゴルバチョフなど指導者の判断によりソ連は解体された。
 30年以上の道のりを経て、ロシアがソ連邦に⽴ち戻るとは考えられない。今⽇のロシアは複数政党による選挙で統治体制を選ぶ⺠主主義の形をとりながら、プーチン⼤統領は2000年から22年に渡りトップの座にあり、改正された憲法下では2036年まで⼤統領の座に居続けることが出来るという独裁体制だ。ただ、社会主義的イデオロギーや共産党独裁体制の下にあったソ連邦時代と異なり、プーチン⼤統領が交代すればロシアの体制も政策も⼤きく変わる余地はある。
 そのロシアと対峙するNATOの体制も、バルト三国や東欧諸国もNATOに加⼊し、ソ連時代とは⼤きく異なり強⼒な連帯がある。ソ連と敵対するのは避け中⽴政策をとってきたフィンランドやスウェーデンといった諸国も、ロシアのウクライナ侵攻を⾒てNATOへの加⼊を急ぐだろうし、ベラルーシ、モルドバ、ジョージアといった諸国もロシアを離れ欧州に近づくのは時間の問題かもしれない。ロシアは核使⽤の可能性を⽰唆しており、NATOも戦術核を開発し、再び核軍拡が起こり緊張は増⼤するといっても、NATO対ワルシャワ条約機構といったブロック的対⽴とは異なり、ロシアは結果的には抑え込まれるのだろう。

韓国並みの経済⼒にして常任理事国
 経済的にはGDP規模では世界11番目で韓国並み、⽇本の三分の⼀、ウクライナ侵攻の結果、今年のGDPはIMFによれば-8.5%と推定されている。ロシアは経済⼤国ではなく中規模国だ。エネルギーについては、世界最⼤の天然ガス埋蔵量、世界第三位の⽯油埋蔵量を有しており、ロシアからの輸⼊を⽌めるインパクトは⼤きい。しかしロシアのガス・⽯油に依存する欧州ではロシア依存を⼤幅に減らす努⼒が⾏われるだろうし、⽶国のシェールの価値は⼤きい。原⼦⼒発電も役割が⾒直されるのだろう。それにもましてロシアにとっては、⽯油・天然ガスは最⼤の外貨収⼊源であり、他の地域への輸出に振り向けることも時間がかかり、ロシアが受ける負のインパクトの⽅が⼤きい。
 国際場裏においてロシアは安保理常任理事国であり、G20のメンバーであり、ロシアがいる限り、これまでにもまして国連やG20に⼤きな役割を期待することは出来ない。国際的統治体制も再びG7や⽶国を軸とする政治安全保障の枠組みに戻っていく蓋然性は⾼い。 
 これらの情勢を踏まえれば、相対的国⼒が著しく低下したロシアが単独で冷戦時代の様な対⽴軸を構築できる⼒を持つとは全く考えられないし、厳しい経済制裁の下で⻑期的に抑え込まれ凋落していくのは⾃明だ。しかし、このようなシナリオを覆すことになりうるのは、唯⼀、中国がロシアと⼿を結び、⻄側と対峙することを選択する場合だ。

中国が対⽶共闘でロシアと⼿を結ぶ可能性
 おそらく⽶国は今⽇ロシアの脅威は⼤きく⾼まったとしつつも、「中国が唯⼀の競争相⼿」とする戦略意識を変えることはないだろう。ただ中国がロシアと⼿を結び、⽶国と正⾯から対⽴することを選択する場合には、冷戦を超える規模の世界の分断が起こるのだろう。それも「冷戦」というよりも欧州正⾯や台湾で「熱戦」が起こりうるような深刻な対⽴関係となっていく可能性がある。
 少なくとも今⽇の時点では、中国がロシアと⼿を結び⽶国と対⽴を深めるという選択をするとは考えられない。習近平総書記はプーチン⼤統領と同じように政権の⻑期化、専制体制の維持を狙う。しかし習政権にとっての最⼤のプライオリティーは経済成⻑だ。共産党統治の正統性は経済成⻑の維持に求められており、習近平政権が掲げる「中国の夢」の中⼼概念は⽶国と肩を並べる「社会主義現代化強国」の完成であり、そのためには経済成⻑が必須となる。中国が⼀貫して取っている「ゼロコロナ政策」も武漢での新型コロナウイルス蔓延を⽌め経済成⻑を他国に先駆けて軌道に戻した成功体験に基づいているのだろう。今年第⼀四半期の経済成⻑が4.8%にとどまり5.5%前後という通年の経済成⻑目標に達しない可能性も云々されている。もし中国が全⾯的にロシア⽀持に回る場合にはおそらく中国に対する⻄側の経済的市場分断(デカップリング)の動きは急速となるだろう。中国もここ数年来「内循環」の概念を重視し、ハイテクを含め国内⽣産の拡⼤を急速に進めているが、未だ⻄側に依存する分野も多く、分断は中国の経済発展の展望を⼤きく損ねることになりかねない。そのような状況は政権⻑期化を狙う習近平総書記にとっても好ましいことではないし、むしろロシアとは⼀定の距離を保とうとするのだろう。
 ただロシアと中国は⽶国に対抗するという意味において共通利益があり、ロシアを全⾯的にサポートすることは無いにしても、ロシアとの友好関係を続けていくと思われる。中国はロシアにとってのエネルギー引き取り先、ハイテク製品の供給先であり、国際場裏でロシアの孤⽴を防ぐ⾏動はとっていくのだろう。
⽶中はロシアを巡る関係だけではなく、多⾯的な分野での対⽴関係であるが、今後の対⽴の様相は台湾や⾹港、新疆ウイグル⾃治区、南シナ海などの戦略的課題がどう展開していくかにも⼤きく係わる。⽶中対⽴が決定的に深刻となる結果として、中国はロシアとの連携を選ぶ可能性は⾼い。⾊々な可能性を念頭に中国はロシアのウクライナ侵攻を巡る諸外国の対応や経済制裁の実効性などを慎重に観察しているだろう。核⼤国たるロシアとの関係で⽶国は早々と軍事介⼊しないことを鮮明にしたことが、⽶国内における戦争介⼊に対する否定的な受け⽌めを反映してのことであることも中国にとっては重要な要素なのかもしれない。

⽇本の戦略はどうあるべきか
 これから6⽉にドイツで、明年には⽇本で開催されるG7、秋にはASEAN関連会議やAPEC、東アジアサミットなど目⽩押しだ。⽇本はしっかりした戦略をもって臨むべきだし、能動的で緻密な外交を展開してほしい。
 ロシアのウクライナ侵略は⼒による現状変更であり、⽇本の⽴場とは全く相容れない。⽶欧とともに厳しい経済制裁措置を実施し、ロシアを国際社会から徹底的に排除するという姿勢をとるべきなのだろう。北⽅領⼟を⽶国との対峙の戦略的要衝と⾒るプーチン政権と北⽅領⼟交渉を⾏っても解はなく、⽶欧との連帯を優先すべきだ。⽯油やガス、⽊材などの資源輸⼊についてもロシアからの代替を真剣に探究した⽅が良い。
 しかし、この戦争がウクライナの犠牲の上に⻑期的に続くことも好ましいことではない。ロシアは⽇本を「非友好国」と位置付けているが、⽇本は軍事⽀援をしているわけではなく、NATOのメンバーでもない。森元⾸相や安倍元⾸相がプーチン⼤統領と近い関係にあるからということではなく、国家として⽇本は早期の停戦や和平合意を促す役割を果たせるはずだ。⽶国と強い同盟関係にあり、⽶国に影響を与えられる国であることが⽇本外交の梃⼦となる。北朝鮮との交渉でも⽶国を恐れる北朝鮮は⽇本を重視せざるを得なかった。
 更に、⽇本はグローバリゼーションの恩恵を受けている国であり、中ロが結託する結果世界が⼤きく分断されることは何としても避けなければならない。特に⽶国は秋の中間選挙では与党・⺠主党は下院で相当議席数を減らす可能性があり、また2024年の⼤統領選挙に向けての党派的対⽴の中で、ロシアや中国に対する更なる強硬策が頭をもたげ、結果的に中国をロシアとの連携に追い込む恐れもある。
中ロが結託し彼らの経済圏を拡⼤しようとする場合、ブラジルやインドといった新興国、中国市場に⼤きく依存するASEANなどの諸国がどう動くのか不透明な要素は多い。インドやインドネシアなど、アジアの有⼒国もロシアへの制裁措置には加わらない旨明確にしているし、中国は⼀帯⼀路などを通じて途上国対策を集中的に進めてきている。膨⼤な市場を持つ中国の影響⼒は過⼩評価すべきではない。途上国の多くは⺠主主義的価値に共鳴して⻄側につくというより、国づくりのためにどういう⽴場をとるのが利益にかなうかという判断をするものであり、場合によっては中ロの影響⼒が⻄側と拮抗する場合も⼗分考えられる。ロシアを世界市場から分離してもその経済的インパクトは限られているが、中国市場を分離する場合には⽇本の成⻑の展望は⼤きく損なわれる。
 勿論、戦略の⼤前提は強い⽇⽶同盟関係であり、ロシアの脅威が拡⼤している今⽇、⽇本は防衛予算を段階的に拡充し安保体制の強化に努め、中国に対しても抑⽌⼒の強化に努めるべきは当然としても、抑⽌⼒だけで⽇本の⽣存と繁栄が保てるわけではない。⽇本は抑⽌⼒の強化と同時に中ロを結託させないように中国との対話や協⼒関係を拡充していくべきだし、⽶国とも協議を⽋かさず、戦略的アプローチを共有していくべきだ。

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2022042500006.html
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