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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】ウクライナ戦争が導く「分断の世界」の深刻度

2022年04月20日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


|世界秩序を変えるロシアの侵攻
|ポスト冷戦時代の終わり

 ロシアによる軍事侵攻から約2カ⽉。欧⽶の⽀援を受けたウクライナ軍の抵抗にロシアは戦術を転換し、キーウ周辺からは撤兵、東南部の兵⼒を集中させて攻撃を強め、東部ドンパス地⽅の⽀配とクリミアへの回廊設置に向かっているようにみえる。⻄側社会はロシアの非⼈道的な侵略戦争を糾弾し、経済制裁を強化するとともにウクライナへの軍事⽀援に注⼒するが、戦争は⻑期化しそうだ。仮に停戦が実現しても、ロシアのウクライナ侵略がもたらした破壊的インパクトは世界の秩序を⼤きく変えることになるのは間違いがない。ポスト冷戦期はここに終わりを告げ、グローバリゼーションをたどった世界は再び分断に向かう。分断への流れを変えることはできるのか。

|厳しい戦略的分断の世界に
|核政策も⼤きく変わる

 核を持つロシアが国際法や⼈道法といった規範を全く無視した⾏動は世界に衝撃を与えた。同時に核⼤国の暴⾛を⽌められないことへの無⼒感と不安が世界を覆う。⽶国はあらかじめ侵略の意図を知りながら、ウクライナは同盟国ではないから軍事介⼊することはしないと早い段階で表明し、ロシアの正⾯切ってのウクライナ侵略を許した。ロシアが「核の使⽤」の脅しをかける中で、欧州でもロシアと表⽴って敵対することは避け中⽴を保ってきたフィンランドやスウェーデンが、安全担保のためにNATO(北⼤⻄洋条約機構)加盟に向けた動きを加速させる。これまで軍事に低姿勢を取ってきたドイツは国防費のGDP⽐2%を達成すべくおよそ13兆円を積み増すという。冷戦終了後、NATOは政治機構としての⾊彩を強めてきたが、再び軍事機構としての機能を強化させていくようだ。NATOは中国に対する戦略の⾒直し作業を⾏ってきたが、今後、再びロシアを最⼤の脅威として、特にポーランドやバルト3国への軍事的テコ⼊れを強化していく⽅針を⽰している。冷戦期を超えるような軍事的緊張が欧州に再来する。
 ⼀⽅でロシアはアジアの国でもあり、ロシア脅威の再来に対してアジアの安全保障構造も変わっていかざるを得ない。ロシア軍は、中国の艦船と共同演習と称して津軽・⼤隅海峡を通過したほか、北⽅領⼟での軍事演習を⾏うなど⽇本周辺での軍事活動を強化している。冷戦後、⽇本もロシアの脅威がなくなったことを前提とした防衛体制を敷いてきたが、再び北海道など北⽅の防衛体制を強化せざるを得ないのだろう。このところ、中国の海洋進出が意識されてきた⽇⽶安保体制も戦略の変更を必要とする。
 核政策も⼤きく転換する。ロシアは以前から戦場での戦術核使⽤を作戦計画に含めてきたといわれるが、ウクライナ戦争に関して核の使⽤を⽰唆した。冷戦時代の相互確証破壊(MAD――核の引き⾦が引かれれば報復が⾏われ⼈類は滅亡)理論で、核は使えない兵器と考えられてきたが、今後は使える兵器としての核が議論されだすのだろう。⽶国は核の役割を低下させることを検討してきたが、今や⼩型核の開発などを含め核戦略は⾒直さざるを得ない。欧州における核戦争は起こり得るとの前提でNATOの戦略も⾒直しがされていくのだろう。
 ロシアが核⼤国であるが故に、⽶国やNATOが軍事侵攻を⽌められず、また、軍事介⼊もできなかったことは、イランや北朝鮮だけではなく中東やアジアの国々で核を保有しようする核のドミノが起こってもおかしくない状況になり得る。NPT(核兵器不拡散条約)体制は核保有国の核軍縮の努⼒を義務付けるとともに、非核保有国の平和利⽤の権利を認めているが、NPT体制の基盤は⼤きく揺らぎ、核保有国の核軍拡と非核保有国の核兵器保有への動きが強くなる可能性は⾼い。

|経済・エネルギーのデカップリング進む
|友好国とそうでない国で⾊分け

 ウクライナ戦争前には、ハイテク分野での⽶国による中国排除(デカップリング)の動きが急だった。⽶中対⽴の脈絡の中で、ハイテク技術機器が軍事転⽤されていく可能性が危惧され、中国へのハイテク製品の輸出や投資を規制していく⽅向性が明確になり、さらには「経済安全保障」の議論が⾼まり、安全保障の観点から機微製品の国内⽣産やサプライチェーンの⾒直しが⾏われてきた。この流れもロシアを対象に広げた形で強まるだろう。
 ロシアのウクライナ侵攻に対して、⽶国はかつてない強⼒な経済制裁を先導した。経済制裁はロシアへの懲罰的な意味もさることながら、ロシアの違法⾏為を⽌めさせるための⼿段として適⽤されている。従ってロシアがウクライナの原状回復を⾏わない限り経済制裁を解除するのは難しい。北朝鮮やイランに対する経済制裁を⾒ても制裁は⻑く続く。ウクライナ戦争が停戦に⾄ったとしても、ロシアによる東部やクリミアへの回廊の実効⽀配が解消されない限り、経済制裁は続いていくだろう。
 ロシアに対して取られたSWIFT(国際銀⾏間通信協会)からの排除やロシア産の⽯油・天然ガス・⽯炭の輸⼊規制、貿易・投資の規制などの措置が⻑く続くということになる。しかしこうした措置は、これまでの制裁レジームのように国連決議に基づいたものではなく、G7諸国の意思で⾏われている。ロシアは制裁措置を取らない諸国との貿易投資関係を続けるだろうし、結果的に事実上市場の分断となっていくと思われる。ロシアは有数のエネルギー、⾷糧、⽊材などの資源輸出国であり、⻄側諸国に⾏われていた輸出は、中国などの新興国に向かうことになるだろう。EUは天然ガスの46%をロシアからの輸⼊に依存してきたが、ロシア依存を減らす⼯程に⼊っている。
 冷戦時代には戦略物資について、ココム(対共産圏輸出統制委員会)で審査が⾏われ、軍事転⽤可能な製品・技術については輸出が規制されてきたが、今後、同様の規制が⾏われていくのだろう。ただ、戦略物資を輸出できるのは、いずれ⻄側先進国だけではなく、中国などの新興国もその能⼒を持つし、実際にロシアと中国の間のハイテク貿易は今後、拡⼤していくと予想される。
 ⻄側諸国のサプライチェーンについても安全保障の⾒地から⻄側にとって好ましい国とそうでない国の⾊分けが進んでいくのかもしれない。このようにして対中国で議論されてきた市場分断の流れは、ロシアに対する経済制裁によって事実上さらに加速されていくだろう。

|ネット空間の遮断で
|専制主義国家の⾏動制御難しく

 ウクライナ戦争ではネットを通じる情報発信が⼤きな役割を果たしてきた。ウクライナに対する⽀援を得るためにゼレンスキー⼤統領は極めて効果的にオンラインでの演説を活⽤してきた。主要国議会における⼤統領の呼びかけの結果、各国は⼤きな⽀援をウクライナに提供した。また戦場でもSNSによる情報発信が極めて重要な役割を果たしている。
 本来、オンラインのコミュニケーションやSNSの情報発信はロシア国⺠に対しても「プーチンの戦争」の実態を伝えることになったはずだが、ロシアでは情報の厳しい規制が⾏われている。ロシアや中国などの専制主義国家では国営放送によるプロパガンダが⽇常茶飯事となっているほか、国内の批判が⾼まるのを防ぐために、⻄側諸国のSNSを遮断し、独⾃のSNSを創出しようとしている。
 グローバリゼーションとともに情報通信⾰命によって開かれたネット空間までもが、分断される事態になっている。このような流れは専制主義国家を⼀層専制的⾏動に突き進ませることにもなり、ネット空間の分断は世界の分断をさらに深める。

|⼆項対⽴を好む欧⽶社会
|G7が再び重要な役割担う

 欧⽶の社会が⼆項対⽴を好むことも、このような世界の分断に拍⾞をかける。バイデン⼤統領は「⾃由⺠主主義体制と専制体制の戦い」という図式を掲げ、⺠主主義サミットを開催した。これは現状の理解としては正しくとも、現実には世界を⺠主主義的価値に向けて統合していくのではなく、分断をあおる結果となった。また⽶国内でも分断がますます激しくなり、中間選挙では⺠主党が議席を⼤きく減らすことが予想され、⺠主党はさらに左に、共和党はさらに右に⾏く危険性をはらんでいる。⽶国内の分断加速が国際的な分断をさらに深めることになってはいけない。
 世界の分断化はロシアのウクライナ侵略という秩序破壊⾏為に原因があることは間違いがないが、分断化は世界全体にとって好ましくないのは明⽩だ。厳しく軍事で対峙する世界、経済がブロック化しグローバリゼーションの恩恵が急速にしぼむ世界、情報の⾃由な流れが阻害されていく世界は、⼈間社会の未来にとって暗雲だ。
 分断を緩和していく外交が世界に必要だ。先進⺠主主義諸国で、分断緩和の外交を主導するのは、⽶国だけでなく、G7が共同で再び重要な役割を果たす時代だ。具体的には、まずはいくつかの課題をこなしていく必要がある。第⼀にはウクライナでの停戦とロシアとの政治的合意の実現だ。ウクライナの中⽴化と安全の保障はウクライナ、ロシア、NATOの間で合意される必要がある。東部地域やクリミアの⽀配権については停戦が実現すれば、話し合いが⾏われなければならないが、ロシアの⼀⽅的な主張を通すわけにはいかず、⻄側の経済制裁の解除をてことして合意を作っていくことが⼤事だ。第⼆には、ロシアとNATOの緊張緩和の枠組み作りだ。核兵器をもって厳しく対峙していく状況を緩和するためには、ロシアとNATOの間で軍備管理、信頼醸成の対話を進める必要がある。アジアでも単に中国に対する抑⽌⼒強化だけではなく、中国との信頼醸成の対話も強化していかなければならない。
 そして第三の課題は、グローバル・ガバナンスの枠組みの再構築だ。これまで国連改⾰については、G7の中でも既得権を持つ安保理常任理事国の⽶英仏は熱⼼には取り組んでこなかった。だが現状のままでロシアや中国が拒否権を⾏使する状況では国連の機能はマヒする。拒否権に何らかの制約を設ける必要もあるのではないか。G7が⼀致して国連改⾰に取り組むことが肝要だ。G20についても、ロシアの参加を排除し、参加の場合はボイコットをするという動きもあるが、まずはロシアに⾏動の説明を求める機会とするべきだ。もしロシアの排除が必要となれば、排除について合意を作る努⼒をするべきだ。これからは⽶国も含め⼒を持つ国の⼀⽅的⾏動が⽀配するのではなく、⼿続きを尽くしてパートナーシップを確⽴していく時代にしていかなければならない。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/301916
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