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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】世界を変えたロシアのウクライナ侵攻、「第3次世界⼤戦」の可能性

2022年03月16日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


|世界は核保有⼤国の軍事侵攻で
|ロシア排除の新たな構造に進む

 ロシアのウクライナ軍事侵攻は核を保有する⼤国が⼀⽅的に⼒で他国を侵略するという暴挙であり、第2次世界⼤戦後の秩序を根底から覆した。それは安全保障秩序を変えるだけではない。冷戦終了後のグローバリゼーションは、貿易や投資を含め国境を越えた⾃由なヒト、モノの移動が繁栄を⽣んだが、そこからロシアとロシアにくみする国を排除していくデカップリングの新しい構造に代わっていかざるを得ない。このまま進めば、ロシアとの厳しい対⽴が「第3次世界⼤戦」を引き起こしかねない情勢を⽣む。そうならないうちに何とか政治的解決に持ち込まなければならない。

|「世界の警察官」をやめた⽶国
|安全保障構造は⼤きく変わる

 アフガニスタンからの⽶軍の撤退に続き、今回のウクライナ危機に対して⽶国の軍事介⼊が⾏われない2つの例が⽰しているのは、⽶国がもはや「世界の警察官」の役割を果たせなくなっているということだ。冷戦が終わった後の⽶国の戦争は、条約上の同盟国以外に対しても、侵略などの無法な⾏動をした国には軍事介⼊するといった「世界の警察官」としての役割が中⼼だった。例えば、1991年の湾岸戦争はイラクのクウェート侵略という平和への脅威に対して国連安全保障理事会の決議に基づき英国や豪州の「同志国」とともに軍事⾏動を取ったものだ。2003年のイラク戦争も、安保理決議は成⽴しなかったが、⼤量破壊兵器の拡散防⽌という観点から同志国とともに⾏動した。そして「テロとの戦い」の下にアフガニスタンのタリバン政権を打倒した。しかしアフガン戦争やイラク戦争で⽶国は⼈的、物的に甚⼤な負担を強いられ、戦争に疲弊し、ブッシュ政権以降のオバマ、トランプ、バイデン政権は⽶軍の撤退を⾏うことを主要課題としてきた。同盟国を防衛する場合を除けば、世界の秩序を維持するために再び海外で戦争をすることは国内的にも著しく難しくなったということなのだろう。バイデン⼤統領がロシアの軍事侵攻に対して、早々と「⽶軍を派遣する意図はない」と⾔い放ったのは、ウクライナは同盟国ではないので防衛する義務はなく、そのつもりもないということなのだろう。今後は⽶国に「世界の警察官」の役割は期待できないということだ。

|⼆国間、多国間の同盟が重要に
|欧州の中⽴国のNATO加盟加速︖

 安全保障構造はこれまでと⼤きく変わり、各国には⾃国の安全保障を図る上で⼆国間、多国間の同盟関係がさらに重要となっていく。そしてウクライナ戦争がこのまま続いていけば、ロシアとの間に「第3次世界⼤戦」につながりかねない厳しい軍事的緊張が続いていくということになる。まず、ロシアの周辺国はNATO(北⼤⻄洋条約機構)への加盟を真剣に考えていくことになるのだろう。フィンランドやスウェーデン、さらにはスイスなど、⻄側の国でありながら中⽴政策を取ることが⾃国の安全を担保する上で賢明と考えてきた国々も、NATOという集団的⾃衛機構(⼀国に与えられた攻撃はメンバー国すべてに与えられた攻撃とみなし防衛する)に⼊らない限り⾃国の安全は危ういと考えるだろう。バルト3国や東欧諸国は共同演習やミサイル配備、NATO軍の駐留を通じて対ロシア安全保障を強化しようと願うだろう。NATOの欧州主要国も国防負担の拡⼤を図っていくだろうし、すでにドイツはこれまでの軍事⼒拡⼤に消極的な姿勢を180度変換し、今年度の国防予算に13兆円を積み増し、国防費をGDP⽐2%まで早急に増やすことや、殺傷兵器についても他国に⽀援する姿勢を⾒せている。

|核軍備管理の流れは逆流
|「核抑⽌⼒」の概念も変わる

核保有国との関係で⽶国の抑⽌⼒が機能しないという点も⼤きな問題だ。ウクライナ侵攻は核⼤国であるロシアの⼀⽅的 な侵略⾏為であり、これを許したことは⽶国の抑⽌⼒は働かなかったということになる。現にロシアはポーランド国境から20kmという近さにあり、NATOによる武器⽀援が⾏われていた訓練基地にミサイルを撃ち込み壊滅させた。間違えば第3次世界⼤戦につながりかねないような攻撃を⾏うのは、NATOが軍事介⼊することに対するけん制だろうが、同時に⽶・NATOの抑⽌⼒が機能していないことを意味する。ロシアはウクライナの原発など3つの原⼦⼒施設を占拠したといわれているが、これも場合によってはNATO諸国にも影響がある放射能汚染を引き起こす⽤意があると解釈されてもおかしくない。⼀⽅でロシアはNATOによる戦闘機のウクライナに対する⽀援や⾶⾏禁⽌区域の設置は戦争⾏為であるとし、逆にNATOの直接的な軍事⾏動を抑えている。このように⽶国が抑⽌⼒を失うと、今後、ロシアや同じく核を保有しロシアより圧倒的に⼤きな経済⼒を持つ中国の⾏動をどう抑制するかという深刻な問題が⽣じることになる。
 「核抑⽌⼒」の概念も変わることとなるだろう。冷戦時代は核の使⽤は相⼿の報復により間違いなく国家が壊滅的打撃を受けることにつながり、そのため核保有国は相互をその使⽤を抑⽌するという「相互確証破壊」理論の下で、⽶ソ双⽅が膨⼤な核弾頭と核ミサイルを保有した。冷戦終了後、核軍備管理は進んできたが、その流れは今回の事態を機に逆転していくのだろう。プーチン⼤統領は核の使⽤をにおわせたこともあり、とりわけ欧州正⾯での中距離核ミサイル配備の動きが加速していくと考えられる。ロシアは戦術核兵器の使⽤を前提とした作戦計画を持っており、戦術核の役割も⾒直されるだろう。ロシアは、もし⽶国やNATOが介⼊すれば核の使⽤を含め「第3次世界⼤戦」に⾄る可能性を⽰唆しけん制をしてきた。⽶国が、いともあっさり軍事介⼊の可能性を否定したことにより、ロシアはフリーハンドを得たと考えても不思議ではない。核抑⽌⼒は双⽅が相応の覚悟を持って初めて機能するものであり、核保有国が核の使⽤を軽々に⽰唆したり、逆に⼀⽅が早々に軍事介⼊をしないことを表明したりする状況では、核抑⽌⼒の本来の機能が働かないということだろう。

|「ロシア排除」は抑⽌⼒となり得るか
|軍事的冒険主義に⾛らせる懸念

 今後も、ロシアを現代国際社会の枠組み規範からことごとく排除してロシアに痛みを強いようとする流れは、⽶国の先導により確実に進むだろう。だが軍事的な抑⽌⼒が機能しない時に、国際社会から排除することが抑⽌⼒となり得るのかどうかだ。ロシアを排除することは、欧⽶など旧⻄側諸国にも跳ね返ってくることは間違いなく、要はどこまで覚悟をするのかという点に尽きる。SWIFT(国際銀⾏間決済システム)からの排除やロシア航空機の⾶⾏の排除、⽯油天然ガス輸⼊の規制、MFN(最恵国待遇)の撤回など措置が打ち出され、また欧⽶などの企業がロシアからの事業撤退などを表明している。もしこれに対してロシアが撤退企業を接収していくということになれば、外国投資は戻ってこない。冷戦終了後、ロシアはIMF(国際通貨基⾦)や世界銀⾏、WTO(世界貿易機構)などのブレトンウッズ体制に組み込まれてきた。これらの国際機関は門⼾を開き、諸国の相互依存体制を拡⼤し繁栄するという思想で構築されてきたものであり、脱退除名の規定はない。今後、このような国際機関からもロシアを排除していく仕組みが検討されていくのだろう。
 軍事的措置でロシアの⾏動を抑⽌し、懲罰することが現実的ではない以上、徹底的にロシアを国際社会から排除することでロシアの経済を壊滅的状況に追い込む以外に道はないのかもしれない。だが⽯油の禁輸措置などがさらに拡⼤されれば、エネルギー価格が⾼騰し、インフレ加速の懸念が世界を覆っている今の状況では国際社会の打撃は⼤きい。天然ガスのおよそ45%もロシアに依存しているEUはとりわけそうだ。それでもEUは対ロシア依存率を下げていく具体的計画作りを急ぐようだ。また機微技術の禁輸は冷戦時代に軍事技術や軍事転⽤可能な汎⽤技術について輸出を規制していったココム時代に戻らざるを得ないのだろう。そして⼈の移動についても厳しい規制をかけていく必要も出てくる。ロシアは経済的圧迫を受け、中国を向くのだろうが、当⾯の中国の最⼤のプライオリティーは経済成⻑の維持であり、これを阻害する可能性がある対ロ⽀援には踏み出さないだろう。経済的にも⼿だてを失ったロシアの体制が崩壊していく前に、軍事的冒険主義に陥る可能性もあることを考えなければならない。

|⽢すぎた対ロ領⼟交渉は反省が必要
|政治的解決に向けG7と共同歩調を

 ロシアのデカップリングが進むことには、エネルギーや⼀次産品などを輸⼊している⽇本も打撃は⼤きい。だが⽇本は⽶欧と同⼀歩調を取らねばならない。また北⽅領⼟問題解決の⾒通しは遠のくことを覚悟すべきだ。ロシアのクリミア併合時に⽇本が確固たる制裁措置を取らず、逆に経済協⼒を進めたことがプーチン⼤統領に間違ったメッセージを与えたのは反省しなければならない。30回近く、プーチン⼤統領と⾸脳会談を続け、あたかも平和条約締結や北⽅領⼟の問題が動いているといった印象を与え続けた。プーチン⼤統領にとり⽇本はくみしやすい存在と映ったのだろう。だが厳しい⽶ロ対峙は当時から始まっていたわけで、オホーツク海から太平洋に⾄る戦略的要衝の地にある北⽅領⼟の返還をプーチンが考えていたというのははなはだ疑わしい。憲法で領⼟の移転を禁じ、特区の創設に⾄ったのはまさに既定路線に従い実効⽀配の固定化を意図したものだろう。⽇本が北⽅領⼟問題の解決を図れるのは、プーチン⼤統領の下のロシアとではない。プーチン体制が崩れロシアが開かれた国に変化していかない限り展望はないと考えることだ。
 ⽇本はG7と共同歩調をとり、間違えば「第3次世界⼤戦」につながるような結果を⽣むウクライナ戦争を早期に終らせることだ。まず何よりもウクライナの⼈命の損失や都市破壊はこれ以上許されてはならない。このためにはNATOとロシアの間に極端な軍事緊張を⽣まないような枠組みを構築することが重要だ。こうした政治的解決が早急に実現するよう⽇本は全⼒で取り組まなければならない。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/299151
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