国際戦略研究所 田中均「考」
【ダイヤモンド・オンライン】ウクライナ「強硬策」選んだプーチン、⽇本は対ロ戦略の⾒直しが必要だ
2022年02月25日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長
|ロシア、「本格軍事侵攻」を開始
|東部に派兵、ウクライナの軍事施設も攻撃
ウクライナ問題で、プーチン⼤統領は東部2州のロシア⼈⽀配地域の「独⽴」を⼀⽅的に承認、平和維持のためのロシア軍の派遣を表明したのに続き、24⽇にはキエフなどのウクライナの軍事施設への攻撃を始めたと伝えられる。キエフでは戒厳令が施⾏され、ゼレンスキー⼤統領と会談したバイデン⼤統領は、ウクライナ⽀援を表明するとともにロシアへの制裁強化などの意向を表明した。EU、そして⽇本も制裁実施を表明、ドイツはロシアとの天然ガスプロジェクトの承認⼿続きを停⽌する意向を表明している。いったんは合意されていたウクライナへの軍事侵攻回避のためのバイデン⽶⼤統領とプーチン⼤統領の直接協議もとりやめになった。ロシアの軍事侵攻はどこまで⾏われるのか、⽶国やNATO(北⼤⻄洋条約機構)の対応など、事態は予断は許さない。国際的な外交・安全保障構造の重⼤な変化が起きたと考えざるを得ず、⽇本は対ロ戦略の練り直しが必要だ。
|親ロ派地域独⽴の⼀⽅的承認は
|「ミンスク合意」を廃棄
プーチン⼤統領はロシアの安全保障にとりNATOの東⽅拡⼤は受け⼊れられないと主張し、ウクライナのNATO加盟を阻⽌するだけではなく、冷戦後の中東欧やバルト三国へのNATO拡⼤を脅威ととらえ、NATO兵⼒の駐留や共同演習の禁⽌を要求している。だが、旧東欧諸国やバルト三国は、むしろロシアを脅威としてNATOに加⼊することにより⾃国の安全を担保することを意図してきた。ロシアの⾔うNATO拡⼤は、ロシアの⾏動⾃体が問題の根源といってよいし、30年かけて欧州で築かれてきた安全保障秩序であり、これを覆すことはNATO側にとってみれば考えられることではない。ましてやウクライナへの侵攻は、⼒による現状の変更であり、また東部2州の親ロシア派組織が名乗る「ドネツク⼈⺠共和国」と「ルガンスク⼈⺠共和国」の独⽴の承認やロシア軍の派遣も、国際社会にとって受け⼊れられないものだ。2014年のロシアによる「クリミア併合」を機に起きた東部2州でのウクライナ軍と親ロシア派の内戦では、15年2⽉に「ミンスク合意」と呼ばれる停戦合意が成⽴していた。合意では、親ロシア派が実効⽀配する地域に「特別な地位」を認めることになっていたが、合意が実施されていないことにロシアは業を煮やしたという捉え⽅もされている。おそらくロシアはロシア⼈⽀配地域に兵を⼊れ、既成事実を固めたうえで、ウクライナをNATOに加⼊させないことを含めロシアの要求を突きつけ、ロシアの強硬な意図を⽰したとみることができる。独⽴の⼀⽅的承認に続き、ウクライナの軍事施設の攻撃にまでロシアが踏み出した。今後のウクライナの出⽅いかんでは本格的な戦争になることも懸念される。いずれにしても今回の強硬策でロシアの意図は鮮明となり、従来にも増してロシアとNATOの対⽴関係は先鋭化する。
|国際政治、安全保障の秩序は変わる
|注視必要なアジアでの中ロ連携
だが、緊張関係は欧州正⾯だけではなく、中東やアジアにも及ぶと考えなければならない。中東では⽶国の軍事撤退による⼒の空⽩に、ロシアや中国が⼊り込んできている。アジアでも⽶ロの対⽴が厳しくなるだろうが、注視が必要なのは、ロシアと中国の関係がどう変化していくかだ。すでにロシアと中国の関係は、両国が対⽶関係を悪化させていることでかつてない緊密な関係となっているが、これがさらに安全保障⾯にも広がり連携が深まる可能性がある。ロシアにとって中国の経済⼒は必要であり、中国に取りロシアの⽯油・天然ガスは必須だ。そして軍事⼒という⾯では、中国をはるかに上回る核兵器を持つロシアの⼒は⼤きい。双⽅とも⽶国に対抗するという意味では、⼤まかな利益の⼀致がある。しかしいまの中国は、ロシアとの深い連携により⽶国との関係を⼀層悪化させることは望まないだろう。中国は当⾯、⽶国との関係を管理する⽅が重要だと考えていると思われる。ましてや、中国⾃⾝が海洋進出や「台湾侵攻」について、国際社会から批判を受け疑念を持たれている中で、ウクライナへのロシアの侵攻を是認する訳にはいかないはずだ。そもそも中国にとって台湾は「中国の⼀部」であり、独⽴国であるウクライナへの軍事侵攻と台湾問題を同⼀視されるのは違うということだろう。北京冬季五輪時に⾏われた習近平-プーチン⾸脳会談でも合意されているのは、NATOの拡⼤には反対という点だけだ。また中央アジアでは、ロシアと「⼀帯⼀路」構想を進める中国は影響⼒を競い合っている。従って、中国とロシアが全⾯的な提携をするとは現状では考え難い。ただ、将来、⽶中の間で例えば台湾を巡り決定的な対⽴となった場合には、この限りではなく、中ロは⽶国に対抗する全⾯的な戦略的連携をしていくのだろう。これは、世界にとっては「第⼆の冷戦」とも⾔うべき事態だ。
バイデン⼤統領は中国を⽶国の唯⼀の競争相⼿と捉え、⽶国の安全保障戦略の中枢に置いてきただけに、ロシアとの対⽴関係を拡⼤することは望んでいなかった。だが今後、状況は変わる。欧州だけでなく、国際的な外交・安全保障秩序が⼀気に不安定度を増し、⼤きく変わろうとしていることを認識する必要がある。
|天然ガス⽣産、制裁対象国に依存
|欧州は4割をロシアから輸⼊
今回の事態は、エネルギー情勢を不透明にするなど、世界経済に対しても暗雲を漂わせるものだ。欧⽶や⽇本が今回の事態に対して打ち出した制裁は、親ソ派⽀配地域の独⽴を承認するようプーチン⽒に要請した議員や新興財閥関係者らの資産凍結やビザ(査証)発給制限、ロシアのソブリン債発⾏規制などにとどまるが、本格軍事侵攻が懸念される局⾯になったことで、⽶国やEUでは追加制裁策として、かつてない強⼒な対ロ制裁を実施することになるのだろう。⾦融のほかテクノロジーやエネルギー分野も何らかの形で含まれると思われる。ウクライナを迂回(うかい)する形で新規に建設されたロシアからの天然ガス供給のパイプライン「ノルドストリーム2」については、ドイツ政府は稼働に向けた⼿続き停⽌を表明したが、いまだ稼働していないので、ロシアの天然ガス輸出に直ちに悪影響があるわけではない。しかし、ロシアは世界最⼤の天然ガス埋蔵量を持ち、⽶国に次いで世界第2位の天然ガス輸出国だ。もしエネルギー分野で厳しい措置を打ち出した場合には、世界のエネルギー需給に⼤きな影響が出るのだろう。⽶国は最⼤の天然ガス⽣産国だが、2位はロシア、3位はイランであり、いずれも制裁対象国で複雑なエネルギー需給の構図となっていかざるを得ない。天然ガスは、気候温暖化対策として⽯炭からの切り替えが進んでおり、とりわけEUは天然ガス輸⼊量の約46%をロシア産ガスに依存している。制裁措置だけでなく、ロシアが制裁の報復に天然ガスの供給を⽌めることも考えられる。仮にそうなれば、特に温暖化対策が遅れている欧州の中東欧や南部の国々にとってみれば、深刻な影響を受けることになる。ロシアは、2014年のクリミア併合後の⽶欧の制裁を受け、外貨準備の拡⼤や⽯油天然ガスの輸出先を中国向けにするなどで多角化を図っている。今後、制裁を強化するにしても、どういった効果が期待できるのか、⼀⽅でそれにロシアがどう反応するのかなど、慎重な検討が必要だろう。
また武器とあわせ⾼度な技術製品の対ロ輸出についても制裁対象として厳しい規制がかけられる可能性があるだろう。冷戦時にココム規制で汎⽤品を含めソ連への武器関連技術の輸出が制限されていたが、再び、そのような道をたどっていくことになりそうだ。
|平和条約締結優先の戦略は⾒直しを
|北⽅領⼟問題解決は遠のく
⽇本にとっては、ウクライナ問題は遠い欧州やNATO加盟国の話ということでは、もはやなくなっている。⽶国・欧州とロシアの戦略的対峙(たいじ)は、欧⽶からは同盟国⽇本にも役割を果たすことが求められるだろうし、⽇本の防衛戦略は変更を余儀なくされるだろう。⽶国は中国およびロシアを抑⽌するという観点から、欧州でNATO同盟国の負担の拡⼤を求めていくだろうし、アジアでも⽇本など同盟国の負担拡⼤を求めてくると考えられる。冷戦時、⽇本ではソ連の脅威に備える防衛体制が敷かれていたが、冷戦終了後には東アジアの安全保障環境の悪化に対応した体制にシフトしてきた。再び変化した安全保障環境に適合した防衛体制を組んでいく必要があるだろう。そもそも2021年10⽉に、中ロの駆逐艦10隻が津軽海峡、⼤隅海峡を通過し⽇本列島を半周したのも、中ロの連携を誇⽰するデモンストレーションだった。安倍晋三政権でプーチン⼤統領との⾸脳会談を繰り返し、平和条約の締結に⼒を⼊れた背景には、ロシアとの関係改善により中国・ロシアの連携を防ぐといった考慮もあったとされる。ロシア側も⽇本との経済協⼒などに積極的な姿勢を⽰してはいたが、中国との連携を強化するというロシアの戦略はクリミア併合以降の既定⽅針だったのだろう。⽶ロともアジアにおける安全保障戦略の強化を図っていく中、北⽅領⼟問題の解決は⼀層困難を増すことになる。ロシアはクリミア併合後、G8からも離れ、⽶国との関係が悪化しだした頃から、⽇⽶安保条約と北⽅領⼟の関係を正⾯から問題として取り上げ始めた。領⼟返還に応じれば、国後島などが安保条約の適⽤地域となり、そこに⽶軍基地が置かれる可能性に強い難⾊を⽰しだしたのだ。ロシアにとって、オホーツク海から太平洋への出⼝として重要な北⽅四島は対⽶戦略上、⼿放せないということだろう。東アジアで⽶ロの戦略的対峙が強まる状況では、北⽅四島問題の解決はさらに遠のくことになるだろう。
|厳しい制裁に躊躇してはならない
|「第2の冷戦」避ける外交努⼒を
⽇本は、ウクライナ問題で改めて何をすべきか。まずは、ロシアに対して⽇本の基本的考え⽅を明確に伝え、外交的解決を促すことだ。今回のロシアの⾏為は国際法違反であり、ウクライナの主権の侵害、⼒による国境の変更は断じて容認できないことを⾔うべきだ。そしてロシアの本格軍事侵攻に対しては、⽶欧とともに厳しい制裁措置をすることに躊躇(ちゅうちょ)があってはならない。クリミア併合の際は、⽇本はロシアと領⼟問題などを抱えるということで、制裁には⼀番最後に、形だけ加わった。だがそもそも北⽅領⼟問題打開の⾒通しがない中で、⽇ロ関係への影響をおもんばかってロシアにあいまいな態度を取るといった、当時のような対応を繰り返すわけにはいかない。
それと同時に、結果的に中ロが連携を強化して「第⼆の冷戦」のような事態になるのは、⽇本にとって決して好ましいことではない。軍事的対⽴は軍備拡⼤競争を⽣むだろうし、ヒト、モノ、カネの⾃由な移動により国際社会全体が利益を受けるグローバリゼーションを根本から否定するような分断は、世界の安定を損ね、繁栄の障害となる。第2次⼤戦後の世界の安全保障・国際秩序が⼤きく崩れかない深刻な事態に、⽇本は先進⺠主主義国の⼀員として外交⾯でどういう対応をしていくかを、G7でしっかり協議していくべきだ。
ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
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