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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】米中が衝突を回避する「4C関係」、日本が“嫌中・媚中煽り”より優先すべきこと

2022年01月19日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 今年も⽶中対⽴は激しさを増すだろうが、中国の意図をどう読むのか、中国に抗する⽶国の戦略は奏功するのか、そして⽇本が⽶中対⽴の先鋭化から不利益を受けるとしたら、どういう状況なのか――。⽇本は冷静な分析と判断が必要だ。中国は、当⾯、アジア太平洋の⻄半分の覇権的統治を目指しているのではないか。経済的にもデカップリングで追い詰められるほど、国家資本主義を基本にした我が道を⾏こうとするだろう。そうさせないためにも、⽇本の役割は重要だが、気がかりな点がある。

|⼤きく変わった中国の「意図」
|太平洋の⻄半分の覇権を求める

 習近平総書記(国家主席)が登場するまでの中国は、基本的に鄧⼩平⽒の路線に従っていた。鄧⼩平⽒は⽂化⼤⾰命で混乱に陥り、経済が停滞してしまった中国の近代化のために改⾰開放路線を唱え、「⽩猫であれ⿊猫であれ、ネズミを捕るのは良い猫である」として、経済成⻑のために外資の導⼊を図った。⺠主主義を基盤にした市場経済との「⼀国⼆制度」を提唱し、⾹港の返還に道を開いた。外交姿勢も、中国が強くなるまで⽖を隠し対外的に低姿勢を取るべしとする「韜光養晦」を提唱し、中国は⺠主主義諸国との関係強化を進めた。
 だが、今の中国は鄧⼩平路線を⼤きく離れている。習近平総書記は「中国の夢」を語り、2049年の中華⼈⺠共和国建国100周年までに「社会主義現代化強国」を構築することを掲げている。要するに⽶国と並ぶ強国の地位に上り詰めようということだ。改⾰開放路線は放棄されてはいないが、「中国の特⾊ある社会主義」構築のため、共産党の指導⼒を強化している。グローバルに活動するIT巨⼤企業に対して、独禁法の下での多額の罰⾦や「共同富裕」の下での巨額の資⾦供出を求めたり、最近では芸能⼈の⾼額報酬や中性的な化粧、ファッションなどもやり⽟に挙げられたりして、党による引き締め強化は企業や国⺠にも向けられている。そして⾹港の「⼀国⼆制度」も事実上、放棄され、中国の対外政策も「戦狼外交」と⾔われるほど攻撃的になり、海洋への軍事的進出も顕著となった。国内総⽣産(GDP)で10年に⽇本を追い越し、すでに⼗分に強くなり⽖を隠す必要がない、ということのようだ。13年の⽶国オバマ⼤統領との⾸脳会談で、習近平国家主席は「新型⼤国関係」として太平洋を分割統治しようという提案をしたと伝えられる。おそらく、ここに中国の本⾳があるのだろう。中国は当⾯は、グローバルな覇権を求めるわけではないだろうが、少なくともアジア太平洋の⻄側の覇権確保を求めている。
 習近平総書記は国家主席の任期を撤廃し、5年ごとに⾏われる今年の第20回党⼤会では、前任・前々任の総書記が2年10期で退いた前例を踏襲せず、異例の3期目に⼊る決定をしようとしていると推察される。⾃らの⼿で、「社会主義現代化強国」実現に向けての布⽯が着実に打たれている。

|⽶国は中国の覇権を認めない
|軍事⼒の格差は依然⼤きい

 だが、中国が意図するような形で「社会主義現代化強国」を完成させ、⽶国と肩を並べる国⼒を持つ存在になるのかどうか、越えるべき障壁は⼤きい。とりわけ⽶国は、中国の覇権を認めないだろう。
オバマ政権のアジアへの「ピボット(回帰)」政策も、今のバイデン政権の「⺠主主義対専制主義」のアプローチも、習政権の下で中国が覇権を求める動きに出るのを阻⽌することを本来の目的としている。軍事的に⾒れば、中国は軍事装備・能⼒を急速に拡⼤してはいるが、⽶中の軍事⼒格差はあまりに⼤きい。中国はアジア太平洋地域、とりわけ中国沿岸に近い東・南シナ海で⽶国軍の艦船などが近づけないようにする戦⼒の集積を図っている。だが、⽶国の動きも素早い。「インド太平洋」構想のもとで、⽇⽶豪印(QUAD)に、安全保障や経済で中国に対抗する戦略的意味を与え、昨年9⽉には、AUKUS(⽶英豪)という新たな安全保障の枠組みを成⽴させた。特にAUKUSは、テロとの戦いやイラク戦争など、⽶国が英豪とは⼀緒に戦争をしてきたこともあり共同実戦経験の豊富な同盟体制だ。⽶英が技術⽀援をして豪州に原⼦⼒潜⽔艦の能⼒を持たせることの意味も⼤きい。⽶国は中国のいかなる軍事的動きに対しても対抗していくのだろう。1995〜96年に中国が台湾海峡で、当時、総統選挙で独⽴機運が⾼まった台湾を威嚇する軍事演習を⾏った際、⽶国が空⺟を近海に派遣したことを思い起こす。
 経済的には、⽶中は市場経済主義と国家資本主義との競争だが、中国の国家資本主義経済運営も曲がり角に来ている。輸出先導型経済からリーマンショックを経て内需拡⼤を図り、今も⽶国のハイテクを中⼼とする「デカップリング」の動きに対して、「双循環」を掲げて、国際的な貿易や投資の循環を維持しながらも、国内での⽣産と消費の循環を主とするため、サプライチェーンの再構築、とりわけ国内⽣産の拡充の動きを加速させている。だが⼀⽅で、共産党による企業指導体制の強化や所得格差是正のため巨⼤企業への管理を強める動きは、企業の⽣産効率を著しく悪化させるだろう。⽶国も産業競争⼒の低下による経済的衰退期があったが、それを乗り越えてきた最⼤の要因は、国家の指導ではなく市場のダイナミズムだった。富める者はますます富むという資本主義の悪性はあり、それが政治を揺さぶることは今後もなくなることはないだろう。ただ⽶国は統制経済には決してならないだろうし、国境を越えた巨⼤情報産業の活⼒は統制が加えられた中国巨⼤企業の⼒を凌駕していくのだろう。
 14億の⼈⼝を持つ中国がGDPで⽶国を超えるのは、2020年代なのか30年代なのかはわからないにしても時間の問題だ。だが中国の成⻑率も⾼齢化などで減速していかざるを得ず、国の豊かさや活⼒という意味では、⽶国に追いつくとはとても想定できない。経済規模でも⻑期的には再び⽶国が中国に追いつく可能性は⾼い。

|「4C」の⽶中関係安定の鍵は
|ナショナリズムの管理

 今後、両国関係は緊張の度を強めていくだろうが、どういう推移をたどっていくのかは⾒通せない。ただし⽶中関係は「4C」の関係にあって、決定的対⽴に⾄らない要因が内在している。つまり、軍事的対⽴(Confrontation)や政治的競争(Competition)の関係はあるが、経済的共存(Coexistence)とグローバルな協⼒(Cooperation)の必要性によって中和される。したがって⽶中両国政府は、それぞれが「4C関係」をうまく管理していかねばならないと認識しているだろう。軍事的対⽴は続くだろうが、⽶国のアジアにおける軍事⼒は同盟国との連携とともに⼗分強⼒になっており、中国がこのような軍事的連携を突破できるとは思われない。政治的競争は続き、⽶国の⺠主主義が再⽣していくことができるかどうかは、2024年の次の⼤統領選挙に⾄る2年間が極めて重要だ。⼀⽅で中国共産党の権⼒基盤は盤⽯にみえるが、経済成⻑が著しく低下したときには危機を迎えるのだろう。ただ⽶国にとり膨⼤な中国市場との貿易の必要性は衰えることはなく、また気候変動や核不拡散といったグローバル協⼒の必要性もなくなることはない。
 ただ、⽶中の「4C関係」のバランスが崩れる可能性はある。それは⽶中両国でのナショナリズムやポピュリズムがコントロールできなくなり政策が合理性を失うときだろう。中国では成⻑率の低下により共産党が国⺠を充⾜させられず、統治の正統性が崩れそうになったときに、対⽶ナショナリズムを喚起し、対⽴をあおることで求⼼⼒を維持しようとする危険はある。⽶国でも、国内の分断がさらに深まって⺠主主義が真に危機を迎えるようなときに、対外的な危機を強調して政治的求⼼⼒を得ようとする動きが出てくる可能性は否定できない。このような対⽴の危機は、両国の国内政治に帰着するわけで防ぎようがないのかもしれない。だが、⽶中の軍事対⽴がいったん⽕を噴けば、⽇本にとっての影響は甚⼤だ。⽶国が勝利するのだろうが、この間、⽇本の犠牲は⼤きい。⽶中衝突の事態は、何としてでも避けなければならない。⽇本の役割は、⽶中の間に⽴ち中⽴的⽴場から両国の⼒の均衡を図ることではない。⽇本は⽶国と⺠主主義的価値を共有する同盟関係にあり、⽶国側にあることは議論の余地がない。中国がアジア太平洋を分割して⻄半分で覇権を取るようなことは⽇本としても阻⽌しなければならないし、このため⽶国と協⼒することも当然だ。
 ⽇⽶安保体制はインド太平洋構想の中でも要だ。しかし、⽶中対⽴が⽕を噴くといった状況を阻⽌することも⽇本の重要な国益だ。経済成⻑を今後とも続けていく上で、中国市場との貿易や投資交流、ひいては中国⼈観光客のインバウンドは不可⽋だ。
 ⽶中が決定的対⽴に⾄るのは、中国が追い詰められ対⽶ナショナリズムが⽕を噴く場合の可能性が⾼い。例えば、台湾が独⽴に向けて明確な⾏動を取り、⽶国がこれを⽀援するような場合には、中国国内でナショナリズムが燃え盛り、中国は軍事的⾏動を起こすだろうし、⽶国は軍事介⼊を⾏うだろう。

|「台湾有事」をあおるのは危険
|重要なのは「変化の余地」を与えること

 そうした可能性を考えれば、台湾を⽀援し「台湾有事」をあおるかのような発⾔を繰り返すのは何とも危険なことだ。⽇⽶とも台湾と断交し、⼤陸中国と外交関係を締結したことを忘れてはならない。中国には、ある意味、「変化する余地」を与えなければならない。冷戦時代のように封じ込め政策を取れば、中国は旧⻄側諸国との経済関係を切ってでも中国の世界を拡⼤しようとするだろう。⽇本が中国に「変化する余地」を与えるというのはどういうことか。「4C関係」の中で、⽇本が中国を念頭に置いた安保体制を強化することや⺠主主義体制を守るために⾏動するのは当然だが、ただ、それを喧伝して「中国は敵性国家なり」といった印象を作る必要はない。是々非々で適切に⾏動するということだ。その⼀⽅で、中国をアジア太平洋の地域協⼒や経済連携に巻き込むことだ。中国がそのルールを守るのなら、中国が歓迎される道を開き、同時に信頼醸成に努めていくことが重要だ。要するに中国に対する抑⽌⼒は強化しつつ、同時に、中国をアジア太平洋という「コミュニティー」に引き込むことで、中国に「変化する余地」を与えるのだ。この点を考えると、近年の⽇本外交が、⽇本が主導したはずの「開かれたインド太平洋」構想が対中国包囲網のような印象を与え、従来重視してきた「アジア太平洋」協⼒に取って代わる印象を与え続けているのはいかがなものか、と思う。中国は今年発効したASEAN諸国と⽇中韓、豪州、ニュージーランドの地域的な包括的経済連携(RCEP)のメンバーだが、英国や台湾、将来的には韓国とともに環太平洋パートナーシップの包括的先進的協定(CPTPP)への加⼊も認めるべきだろう。中国と⺠主主義社会のバランスを取った上で、中国を市場主義経済のもとのルールに従わせることは、中国が国家資本主義に基づいて「我が道」を⾏くのを再考させる効果があるはずだ。
 「反中」、「嫌中」、いや「媚中」だといって国⺠感情をあおるのはあまりに非⽣産的だ。各種の調査では、⽇本の世論の9割は反中国的だといわれる。今年夏には参院選を控えるが、台湾有事をあおり、「反中」に乗っかったポピュリスト的政治は最も危険だ。政治の役割は膨張する隣国中国とどう向き合うのか、冷静な議論を⾏い、世論を誘導することだ。⽇本の未来は、⽶中対⽴の本質を理解し、中国に対して現実主義に基づく賢明な政策を取っていくことができるかどうかにかかっている。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/293608
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